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天の王朝

カストロが愛した女スパイ10

▼録音テープ2
 マクドナルドは「特殊部隊」の話には興味を示さず、質問の焦点をダラスに向けた。
「彼(スタージス)とは、ダラスの件について話したのですか?」
「ダラスへ行ったときの話です。それから、同じく五九年から私が知っている、ニューヨークのフランク・ネルソンという男から別の脅迫がありました。"お前はダラスの件をぶちまけやがったな。どうしてそんなことをしたんだ?"って」

ネルソンは、CIAやFBI、マフィアと関係がある武器商人だ。カストロ暗殺計画にも携わった。ロレンツは1959年に、カストロ転覆計画を練っていたCIAのエージェントからネルソンを紹介された。ロレンツの口ぶりから、おそらくケネディ暗殺事件にも絡んでいたとみられる。

 「その会話もテープに録音しましたか?」
「はい」

 「それもまだ持っていますか?」
 「はい。同じテープには別の会話も入っています。スペイン語を話す女が電話を掛けてきて、"お前はもう終わりだよ"と私に告げました」

 「ロレンツさん。今年(78年)の三月、正確に言うと三月二十八日、あなたは我々のスタッフの一人であるフォンジと電話で話をしましたね」
 「はい」

 「その中で、あなたはニューヨークの福祉局との間で問題あると話しましたね」
 「その通りです」

 「それで、あなたの娘が学校を辞めなければならなくなるとの趣旨のことを言いましたね?」
 「その通りです」

 「ハーレムで配達人として働くために」
 「その通りです」

 「ニューヨーク市の福祉局とはどのような問題があったのですか?」
 「もう何もありません」

「でも、そのときは問題があったのでしょう?」
 「問題はありません。私に問題があったのです」

 「今年三月の時点で、あなたは生活保護を受けていましたか?」
 「はい、受けていました。同時にフランクは、私の息子の父親であるエドワード・リーヴァイ(編注:自伝では、マークの父親はエドではなくルイスになっている。エドワード・リーヴァイとエドが同一人物かどうかも不明)の命を脅かしていました。彼らは私の命も取ると脅しました。私は生活保護、合法的な生活保護を受けていました」

 「まだ生活保護を受けているのですか?」
 「いいえ、受けていません」

 「職に就いているのですか?」
 「今は就いていません」

 「七八年三月、つまり今から二カ月前ですが、以来、職に就きましたか?」
 「いいえ。だけど今は金持ちのボーイフレンドがいます」

 「あなたは、我々のスタッフであるフォンジ氏から今年五月一日に電話がかかってきて話をしましたね。そのとき、あなたはバハマにいた」
 「その通りです」

 「あなたは休暇でバハマにいたのですか?」
 「いいえ、私は逃げていました」

 「だれから逃げていたのですか?」
 「私は再び命を狙われていたのです」

 「だれから命を狙われていたのですか?」
 「ニューヨークのシェリー・アベンド氏です。彼は私と娘に対し肉体的な危害を与えると脅しました。そして私はそのテープも持っています」

自伝に登場するシェリー・アベンドは、ロレンツの長年の友人で、ニューヨーク州北部に放牧場をもっている。保護拘束が受けられるよう弁護士を紹介した人物でもある。その長年の友人が危害を与えようとしているというのだから、一体ロレンツの仲間は誰で、敵は誰なのか、非常に混乱する証言である。

 「そのテープを持っているのですか?」
 「はい」

これらの一連の質疑応答でわかるのは、ロレンツらはマイアミで保護拘束を受けた後、ニューヨークに戻り、再び危険が迫ったので、今度はバハマで身を隠していたということだ。そして、金持ちのボーイフレンドができて、多くの人間から命を狙われていた。ロレンツにとっては、“いつもの話”が続いていたわけだ。

▼数々の罠
この後マクドナルドは、保護拘束下に置かれてから委員会で証言するまでの間のロレンツの行動についてしばらく質問をするのだが、ここでは本筋とあまり関係がないのでカットする。

では、この質疑応答をマクドナルドの“最後の質問”から再開しよう。

 「議長、もう一つだけ質問があります。これが最後です。ロレンツさん。あなたが今日述べた出来事(編注:スタージスラとのダラス行きの件)というのは六三年に起きたことですね?」
 「はい」

 「記録のために、何故その話を七七年まで秘密にしていたか教えてもらえますか?」
 「何故かですって? 第一に、報道機関にダラスについてばらしたのは、私ではありません。第二に、母が死にそうになるまで、私は確信が持てずにいたのです。第三に、私は報道機関とうまくやっていくために、その情報を認めたのです」
少し補足しよう。
第一の点に関しては、ダラス行きのことを話すことは自分の命を危険にさらすことでもあった。だからロレンツは、ずっと沈黙を守っていた。スタージスが蒸し返さなければ、新聞に載ることもなかったのだ。第二の点は、母親が預けていた写真の件を差していると思われる。

第三の主張については、参考までに次のような事実関係がある。
ロレンツを脅した疑いで逮捕されたスタージスは1977年11月3日、証拠不十分で無罪放免となった。翌4日記者会見を開いたスタージスが、ジョンソン元大統領は共産主義者と並々ならぬ関係があった(編注:この発言は重要なので、後で解説する)とか、ロレンツはKGBから脅されていたなどと話したことから、ロレンツもテレビ番組に出演するなどして、FBIのためにKGBを見張っていたことや、カストロ暗殺計画に参加したことなどを話したのだ。

つまり、ロレンツのほうから積極的に話をしたわけではなかった。主導権はいつもスタージスが握っており、スタージスがロレンツの過去を小出しにばらすので、ロレンツが仕方なしに事実関係を認めるというパターンが続いていた。

しかしマクドナルドには、そうした状況が分からなかった。
 「すみません、あなたが何のことを言っているのか分からないのですが」
「その後、報道機関が私のところへ来たのです。それに私は、アンゴラへ行くつもりはなかったので、フランクとけんか状態にあることも分かっていました。私はニュージャージーでフランクが望むようにソ連人を罠にはめるつもりもありませんでした。とにかく大きな理由は、私がフランクと一緒にアンゴラなどへ行くつもりがなかったことです。彼の計画では、私はアンゴラにいるカストロの軍事顧問のところに潜入することになっていたのです」

マクドナルドにアンゴラの作戦のことを説明しなければならないのかと考え、ロレンツは少しうんざりした。マクドナルドにはスタージスの意図など分かるはずもなかった。スタージスはロレンツの口を封じるためにアンゴラ行きをロレンツに勧めたのだ。それは危険をかえりみない冒険好きの人間には誘惑となったかもしれないが、そのときのロレンツには、CIAによる陰謀、つまり都合良くロレンツを消し去る策略にしか思えなかった。

 マクドナルドはややキツネにつままれたように聞いた。「彼はあなたをアンゴラにいる
フィデルの軍事顧問のところに潜入させたかったのですか?」
 「その通りです」

▼呪われた写真
 マクドナルドはもう、アンゴラのことまで詳しく聞く余裕はなかった。これまで聞いた話でさえ、マクドナルドの理解を超えていたのだ。アンゴラの話までされたら、収拾がつかなくなる。そこでマクドナルドは、スタージスについて聞くことにした。

「何故七六年に彼はあなたのところに来たのですか?」
「私が知りたいぐらいだわ。分かりません。彼はよく電話を掛けてきました。何回も、ポルトガルや英国、フランスから。そして飛行機に乗るよう言いました。そうすれば、あの二人のキューバ人が面倒を見てくれるとも言いました。ダラス行きのときに一緒だったあのキューバ人です」

 「あのダラス行きのときの?」
 「はい」

 「スタージスはその二人と、今でも一緒に仕事をしているということですか?」
 「はい、そうです。私は、"いいえ、フランク。私にとってそういう時代は終わったのよ。母も死にかけているし"と返答しました。
 すると彼は"アンゴラに行きたくないのか?"と聞き返しました。それで彼は、私のところに飛んできたのです。彼は私の息子の父親と大喧嘩しました。そのために私は家を失ったのです」

 「ロレンツさん。写真に関してですが、あなたのアパートに写真が何枚か残っていますか?」
 「おそらくあります。私のアパートは引っ越して来たばかりなのでごった返しています。それに部屋も小さいので、すべてが箱の中に入っていて、半分は倉庫に、半分は地下室に眠っています」

 「もちろんお分かりでしょうが、もし写真を提供していただければ、非常に興味深い証拠となるんです」
 「私はファジアンを見つけようとしています。私は彼の仲間からブルックリンに呼び出されました。彼らは私のせいで彼が殺されたと疑っていました」

 ある日突然、証拠の写真を持っていた人物が消えてしまう。CIAにとって、都合の悪い人を闇に葬り去るのは難しいことではなかった。マフィアだろうと、一般市民だろうと、関係ない。ターゲットになった人間はどこへ逃げようと、どこに隠れようとも見つけ出され、そして殺される。ロレンツにはCIAの怖さがよく分かっていた。

▼書き込まれたメモ
 マクドナルドが議長に対して言った。「議長、私の質問はこれで終わります。それから、我々は証人が提出した彼女自身による陳述書について質問をしてきました。そこで、今日の証人喚問中ずっと話題になったところの彼女の陳述書を、JFK証拠物件123番として記録に残したいと思います」

 このとき弁護士のクリーガーが陳述書に何者かによって書き加えられた事実についてただした。
「議長。いま提案された証拠物件の12,14,15ページに証人のものによらない書き込みや下線があることに注意していただきたい。だれが書き加えたかについて我々は関知しません。また、どうやってマクドナルド氏や貴委員会がこの陳述書を手に入れられたかも、我々の関知しないところです。

 12ページの書き込みに関してですが、8行目の"アレックス"の後の言葉の上と下に証人によらないところの手書きの言葉が書いてあります。だれの手書きであるかは、我々の関知しないところであります。

 14ページには、二段落目のページの左側に証人の手によらないところの書き込みが一行あります。だれの手によるものなのか不明です。

 15ページには、右上のところに手書きで"ブレーメン、ドイツ"と書かれています。これも証人の書き込みではありません。最初の段落の今度は左側に、証人が書いたのではない書き込みがあります。

 そのページの下には、4行ほど下線が引かれていますが、これは証人によるものではありません。加えて、その次の行から最後の行にかけて、"フランク"という言葉が下線とともに丸で囲んであり、"我々だけに言った"とか何とか書かれています。ゼロックスが悪いため残りは何と書かれているか分かりませんが。このことは、この陳述書がいつの時点か何者かによりフランク・フィオリーニに見せられたことを推測させます。

 これらの書き込みは、記録の一部として取り扱われるべきです。同時に、だれの書き込みで、何故証人が極秘裏に第三者に提出した陳述書に書き込みがされたのかを解明することは貴委員会調査員の義務ではないかと考えます。

 この指摘が認められれば、その物件を証拠として供せられることになんら異論はありません」

 議長がたずねた。「クリーガー氏が言及した陳述書への書き込みについて意見のある委員はいますか?」

 マクドナルドが発言した。「陳述書に書き込まれたメモに関するクリーガー氏の意見は正しく、我々としても、彼が指摘した箇所に従って、書き込まれたメモを削除するなど彼女の陳述書を訂正すべきではないでしょうか。私には、だれがそれらを書き込んだのか分かりませんが、証拠物件として、そうしたメモは削除しておくべきでしょう」
 クリーガーが意見を述べた。「私は削除してほしいと言っているのではありません。それらも証拠の一部なのです。議長、私は削除すべきだと思いません。私はそれらを残しておきたい。強くそう希望します。削除すべではないのです」

 議長が聞いた。「つまり、その陳述書に書き込まれたメモは、だれが書いたか分からないということですね」

マクドナルドも意見を述べた。「明らかにメモの書き込みがしてあります。私はどうやって当委員会がこの陳述書を手に入れたかも、委員会の委員と調査員の一体どちらが手に入れたかも定かではありません。メモが書き加えられたかどうかも、我々の知らないところであります。彼女の手によって書かれた部分のみが我々の興味の対象です」

 議長が意見をとりまとめた。「それでは、その陳述書は委員によって提案された制限を条件とすることで証拠として認めることにします」
 こうしてロレンツの陳述書は、JFK証拠物件123号として正式に認められた。

▼確執
 マクドナルドが議長に言った。「議長。事務局員に手渡したコピーは、書き込まれたメモの部分が消されています。このコピーは休憩中にクリーガー氏に見てもらっており、今お手元にあるのは、メモが書き込まれているコピーです。我々はメモを消しており、それが今事務局員の持っているコピーです」

 これを受けて議長が発言した。
「いいでしょう。我々はずっとメモについて議論してきましたから、メモに関するすべての意見は、そのメモの説明とともに記録に残しておくべきでしょう。委員会の方から最後に質問はありませんか?
 クリーガー氏は、さらに説明が必要だと思われる分野に関して、いくつかの質問をした
いと主張しておられます。(クリーガーに向かって)この際、議論を展開させるための質問がありますか?」

 「はい、議長。たくさんあります。まず私は、司法省、FBI備え付けの手紙を証拠として提示したい。それらは一九七一年十月二十九日に証人に送られて来たもので、担当者であるジョン・F・マローンのサインがしてあります。マクドナルドさん。ご覧になりますか?」

 マクドナルドはクリーガーのやり方にあまり賛同できずにいた。「議長。それを証拠とすることに何ら異議はありませんが、その手紙が何を意味するのか弁護人の説明を求めます。それは非常に一般的な手紙です」

 反抗的なマクドナルドの態度にクリーガーが反論した。「マクドナルドさん。手紙はそれ自体、意味があるものです。証人のFBIでの働きを高く評価している手紙なのです。だからそれ自体非常に意味があるのです。だれからも説明の必要のないものです」

 マクドナルドはなおも執拗に意見を述べた。「議長。私も有益な証拠だとは思います。FBIに協力したという証拠にはなるでしょう。だけれども、その手紙が証人のもとに送られた理由を知るのに役立つかどうかは別問題です」

 マクドナルドは依然としてロレンツに不信感を持っているのは明らかだった。
 クリーガーが言った。「ならば、ご自由に彼女に質問して下さい。あなたは質問の形で証人に聞きたいのですか?」
 「ええ」

 「質問したければ、聞きなさい。私はその手紙を出すだけで十分ですから。質問したいのならどうぞご勝手に。そうすれば関係ないことが分かってくるだけですから」
 「私の理解では、議長、五分かそこらの質問時間がありましたが、それを保留します」

 議長が言った。「その手紙を証拠として認めます。証拠物件として番号が付いていますか?」
 事務員のウィルズが答えた。「JFK証拠物件124号です」
 JFK証拠物件124号が登録された。
 これを受け議長が宣言した。「証拠として認められました」

▼JFK暗殺の真相
この後、ロレンツの弁護士であるクリーガーは、依頼人のロレンツに対する補足質問を始める。だがかなり長くなるので、ここでは物語を先に進めるために割愛させていただく。ただし、この質疑応答自体は、研究者にとっては非常に重要な内容を含んでいるため、巻末に全文(「弁護人クリーガーによる質問」)を掲載する。

クリーガーによる質問で個人的に最も興味を引かれた部分は、スタージスがジャック・アンダーソン(ピューリッツアー賞を受賞した敏腕ジャーナリスト)のことを「ワシントンのPR担当者」と呼んでいたとロレンツが述べるくだりだ。アンダーソンは、ケネディ暗殺にはカストロが関与していたと信じて、報道を続けていた。

実は、ケネディ暗殺とカストロを結びつけることこそが、スタージスら反カストロ暗殺グループが意図したことであった可能性が強い。ケネディ暗殺をカストロのせいにして、キューバ侵攻を正当化しようと考えたのだ。アンダーソンのカストロ陰謀説は、スタージスらにとってはまさに「PR」であった。

ところが、暗殺グループの思惑は大きく外れはじめる。リンドン・ジョンソン大統領はCIAがもたらした「カストロ陰謀説」をまんまと信じたものの、皮肉なことに、それを信じたがゆえにカストロ陰謀説を握りつぶす。前年のキューバ危機を何とか乗り越えたばかりのアメリカがキューバに侵攻すれば、米ソ両大国の激突は避けられなくなることを恐れたからだ。そのためジョンソンは、カストロとケネディ暗殺を結びつけるような証拠はすべて隠蔽、ウォーレン委員会にはオズワルドの単独犯行と結論付けさせた。

CIA内部の暗殺グループには大誤算であった。ケネディを殺したものの、真の目的である、キューバを共産主義者カストロの手から取り戻すという「大義名分」が達せられなかったからだ。

スタージスは事件から約14年経過した1977年11月4日の記者会見で、ジョンソンがケネディ暗殺事件の“真相”を隠蔽したことや、ジョンソンが共産主義者の団体から支援を受けていたと吹聴する。スタージスにとって、ケネディ暗殺後キューバに侵攻しなかったジョンソンは、共産主義国家の肩をもった裏切り者に映ったのであろう。

実際には、ジョンソンは共産主義国家の肩をもったわけではなく、米ソ間の戦争、すなわち第三次世界大戦に発展することを恐れたのだ。

スタージスによる一連の発言の意味を理解するには、彼を含むCIAの暗殺グループがカストロを犯人に仕立て上げようとしたという仮説がいちばん説得力をもつわけである(詳しくは、拙著『ジョン・F・ケネディ暗殺の動機』(近代文芸社刊)を参照してください)。

▼議長による最終質問
クリーガーによる質問の後、今度は議長が最終質問をするため発言した。
「もしほかの委員に質問がなければ、私が質問したいのですが・・・。
(ロレンツに向かって)あなたはこの五年間、フィデル・カストロと間接もしくは、直接的に接触したことがありますか?」
 「いいえ」

 「最後に彼に接触したのはいつですか?」
 「フィデルにですか?」

 「はい」
 「そういうことはありません」と、ロレンツはずっと会っていないという意味で答えた。
 
クリーガーが議長の質問をかみ砕いた。「議長は何年前に会ったかを聞いているのですよ」
 ロレンツが答えた。「最後に彼と会ったのは、一九六〇年初めに彼を殺せと命令されたときでした」

 議長が質問を続けた。「あなたはジャック・ルビーにキューバのリヴィエラホテルで見かけたと言いましたね? それが一体いつだったか分かりますか?」
 「七月二十六日運動の名誉会員としてフィデルと一緒にいた最初のころだったに違いありません。フィデルはカジノを閉鎖しようとしていました。彼は給仕たちと会合を持っていました。そのときロビーで、ジャック・ルビーを見ました。確信は持てませんが、そのときだと思います。彼はフィデルの部下に抗議していました。フィデルの部下たちは、ギャンブル台をひっくり返したり、スロットマシーンをたたき壊したりしていましたから。このことから私は、ジャック・ルビーが賭博場の用心棒か何かで、マフィアのために仕事をしているのだと思ったのです。フィデルはキューバではマフィアのような暴力組織の存在を許しませんでしたから」

 「その場にジャック・ルビーはいたのですね?」
 「彼は止めようとしていました」

 「賭博場の所有者の代理として、ギャンブル場破壊に抵抗していたのですか?」
 「はい、フランク(スタージス)も同様でした」
 
「それが最初のころなのですね?」
 「一九五九年八月。七月か八月です」

 「ウォルターズ氏はCIAとつながりがあったと言っていましたね?」
 「いいえ。フランクがCIAとつながりがあったのです」
ロレンツにとってウォルターズは単なる悪徳弁護士だった。

 「私が誤解していました。私は、ウォルターズがスタージス、すなわちフィオリーニとつながりがあると、あなたが言ったと思っていました」
 「フランクは銃を買っていました。彼はまた、マルコス・ペレス・ヒメネス将軍から援助金を得ていました。そうした資金は、ウォルターズを通して合法的な金にされ、フランクに渡されたのだと思います。だから彼らはお互いに知っていたのです」

 ウォルターズはいわばマネーロンダリングをやっていたわけだ。実際、金の面でスタージスとウォルターズはいいコンビだった。

 「ヒメネス将軍からの資金?」
 「その通りです」

 「スタージスへ」
 「はい」

 「この際、他のメンバーに質問があれば、質問をして下さい」
 議長の最終質問が終わった。ここでフィシアンが質問をしたいと申し出て、認められた。

▼オズワルドの謎1
(前回までのあらすじ)ロレンツの委員会での証言も終盤に差しかかった。決定的な証拠写真の存在やロレンツの諜報活動について質疑応答が進むが、委員会のメンバーとロレンツとの間に大きな認識ギャップがあるため、なかなかかみ合わない。しかしロレンツの発言の端々からは、ケネディ暗殺を請け負った、CIA工作員スタージスと、その背後にある国家的な陰謀が浮かび上がってくるのであった。

さて、ここでフィシアンの最終質問が始まるのだが、フィシアンもマクドナルド同様、ロレンツの驚愕すべき体験について半信半疑であった。とくにケネディが殺された直後、なぜ暗殺集団とともにダラスに行ったことを警察に話さなかったのか、などとフィシアンは疑問を呈する。賢明な読者ならば、すでにその答えはご存知だろう。

読者にとってはすでに当たり前となったテーマに関する質疑応答部分は、巻末に「フィシアンの最終質問」としてまとめておく。細部のやりとりは、研究者にとっては興味深いはずだ。

それでは、フィシアンがオズワルドとオペレーション40のメンバーによるダラス行きについて質問する場面から、この物語を再開させよう。

「証人に日付の件で確認したいのです。(1963年)十一月十七日の夜、リー・ハーヴィー・オズワルドとダラスのモーテルにいたということになっていますが」
 依然として、ダラス行きの日にちが問題になっていた。ロレンツが思い出すように言った。
 「私は十八日に発ったので・・・」
 ロレンツも日にちについて混乱していた。

 フィシアンが聞いた。「あなたたちは十六日にマイアミを出発した」
 「はい」

 「二日かかりましたね。つまり、あなたは十六日の朝、マイアミを発ち、ダラスに向かった。そして二日かかった。ということは、一日目の夜は運転し続け、次の夜か、次の夜のいつかの時点であなたたちはそのモーテルに泊まった。ということは十一月十八日になるでしょう」
 「十一月十八日です」

 「十六日の朝発ったのなら、二日かかって運転・・・」
 「私は昼間出発したのです」

 「そうですか。私に確認させて下さい」
 「私はダラスに向け、昼間発ちました」

 「あなたはマイアミを午前中に出発したのですか?」
 「いいえ、午後です」

 「午後。オーケー、ならば分かります。それではあなたたちは十六日の夜と十七日の昼間はずっと運転し、十七日の夜のいつかの時点でダラスに着いた」
 「はい」

 「あなたは十七日ダラスで泊まり、翌日飛行機でダラスを発った。そうですね?」
 「いいえ。十九日か二十日です。正確な日にちは覚えていません」
 十五年も前のことなのでロレンツの記憶はあいまいになっていた。

 「では、こういう風に聞かせて下さい。ダラスのモーテルでその七人の男たちと何泊一緒に泊まったのですか?」
 「二泊です。多分。それよりは長くないと思います」

 「いいでしょう。それでは一九六三年十一月十六日から十九日までの間ですね?」
 「はい」

 「それ以前では、リー・ハーヴィー・オズワルドを最後に見たのはいつですか?」
 「それ以前?」

 「そう。今度は少し過去の話に戻りつつあります。それ以前で最後にオズワルドを見たときです」
「家の中です。十六日の前では、彼をボッシュの家で見ました」

 「いいでしょう」
 「二週間前かもしれません」

 「というと、大体十一月の初めごろですね」
 「はい」

 「つまり、あなたは一九六三年十一月一日ごろ彼を見かけた」
 「はい」

 「そこからもう少し過去に遡りましょう。ボッシュの家で彼を見かける前に最後に彼を見たのはいつですか?」
 「おそらく隠れ家か、訓練場です」

 「隠れ家で? あなたがビラを折っていたとかいうあの隠れ家ですか?」
 「はい」

 「それはいつだと言いましたっけ?」
ロレンツは少し苛立った。自分の記憶がおぼろげであることに加えて、フィシアンがあまりに細かく日時を聞き出そうとしたからだ。「正確には分かりません。でも何だって言うんです? 八月から十一月まで三カ月もあるんですよ」

▼オズワルドの謎2
 フィシアンは聞いた。「ということは、八月に隠れ家で(オズワルドに)会ったのですか?」
 「いいえ。八月には将軍の本国送還があったのです」

 「それでは、あなたはそのときはオズワルドに会わなかった。ならば、将軍の本国送還とボッシュの家で彼を見たときまでの間に、オズワルドを見かけたことはありますか?」
 「隠れ家で」
 ロレンツは隠れ家でオズワルドに会ったことをはっきりと覚えていた。しかし、それがいつのことだったのか。ピッグズ湾事件、ヒメネスの本国送還、ケネディ暗殺。あまりにも多くのことがロレンツの周りで起きすぎていた。ロレンツはめまいがした。

 フィシアンが言った。「そうですか。それでは、将軍の本国送還があった八月の後で、かつボッシュの家における会合の前に、あなたは彼に隠れ家で会ったのですね?」
 「はい」と、ロレンツは細かい日時などどうでもいいと思って答えた。

 「ということは、九月とか十月といった話をしているわけですね?」
 「はい、大体その辺です」

 「隠れ家で彼に会った前では、最後にオズワルドを見たのはいつですか?」
 「おそらく訓練場か、ボッシュの家です。ボッシュの家の方かもしれません」

 「エバーグレーズの訓練場で彼に会ったのは何年だと言っていましたか?」
「一九六〇年か六一年です」

 「六〇年から六一年にかけて」と、フィシアンはもう一度念を押した。
 「はい」

 「それはピッグズ湾事件の前ですね?」
 「はい」

 「本当ですか?」
 「ピッグズ湾事件は一九六一年四月です」

 「あなたは六一年四月の前に彼を見たと確信しているのですか?」
 「はい。何故ならアレックスが写真を撮っていますから」
 ロレンツはフィシアンの質問にうんざりしていた。ロレンツは何故、フィシアンがこんなにもオズワルドに会った日にちにこだわるのか分からないでいたからだ。

 フィシアンはロレンツの発言が正確かどうか知ろうとして質問した。
「その訓練の目的は、ピッグズ湾事件に参加もしくは手助けをすることだった?」
 「はい」

 「だからピッグズ湾事件の前に違いないということですね?」
 「はい」

 「あなたは、一九六一年四月に先立つ六一年初めから六三年の隠れ家で彼に会うまでの二年間に、オズワルドを見たことはありますか?」
 「いいえ。だけどフランクとは接触がありました。アレックスとも接触がありました」

 「今はオズワルドだけの話をしているのです」
 「覚えている範囲ではありません」
 
「いいでしょう」
 「その期間は私が将軍と一緒だった時期です」

 「最初にオズワルドに会ったのはエバーグレーズの訓練場だったと証言しましたね?」
 「はい、最初はそうです」

 「まさに一番最初」
 「一番最初ではありません。一番最初は隠れ家で、その次に訓練場で彼を見たのです」

 「それでは別の機会にも隠れ家で会っているのですね?」
 「はい」

 「いいでしょう。そしてそれも六〇年か六一年だった?」
 「そうです。その早い時期です」

 「六一年の早い時期ですか?」
 「六〇年の早い時期です。六一年にはピッグズ湾事件があり、私は将軍と関係を持って
いました。だから六〇年だと思います」

 「ピッグズ湾事件の前、さらに訓練場で彼に会う前、あなたは隠れ家で彼に会っていた
というのがあなたの証言ですね?」
 「はい」

 「それで最初に彼に隠れ家で会ったのは、ピッグズ湾事件の一年ぐらい前だった?」
 「六〇年だと思います」

 「六〇年のいつかということですね?」
 「六〇年の終わりのころです」

 「そうですか。では、あなたが言う日付が正確だかどうか再確認します。最初にリー・ハーヴィー・オズワルドに会ったのは六〇年にマイアミの隠れ家だったと言いましたね」
 「はい」

 「次に彼を見たのは、六〇年初めから六一年にかけてエバーグレーズのキャンプ場やいろいろな場所で訓練を受けているときだったのですね?」
「はい」

 「そしてその後、再び隠れ家で彼に会った?」
 「はい」

 「それからダラス行きの二,三週間前の十一月の初めにボッシュの家で彼を見かけた」
 「はい」

 「その通りですか?」
 「はい」
 ロレンツはただ、うなずくだけだった。

 「そしてダラスに行くときに彼に会い、ダラスでの短い滞在中にも彼は一緒だった?」
 「はい」

 「ほかの機会にリー・ハーヴィー・オズワルドに会ったことはありますか?」
 「覚えている限りありません」

 「彼に会ったというのはこれですべてですね?」
 「はい」

 「今言った日付についても確信している?」と、フィシアンは執拗に聞いた。
 「はい。覚えている限り、ほかに会っていません」

 「日付について確信できるのは何故ですか? 隠れ家で最初に会ったときからエバーグーズの訓練場で見かけたときまでの一年間で、何か記憶を確かにするものがあったのですか?」
 「写真がありました。それから周りで起きた事件も」
 ロレンツにとって一年前に再び見つけた写真と自分の周りで起きた事件の記憶だけが頼りだった。

 「もう一度言って下さい」とフィシアンが聞いた。
 「アレックスが撮った写真です。どこへ行くときでもアレックスは写真を撮っていました」

 「そう」
 「その写真を見たときに何もかも思い出しました。それで、それを渡したのです」

▼証言の矛盾
 フィシアンはここまでのロレンツの証言を聞いて、ロレンツとロレンツの弁護士に翻弄されたと感じていた。フィシアンは機会が到来すれば逆襲を始めようと考えていた。その機は熟したように思えた。フィシアンにとって、オズワルドを見たとするロレンツの証言が、自分が知っている事実と異なることは明白だったからだ。その事実をロレンツに突きつけ、たじたじにさせ、さも鬼の首を獲ったかのようにフィシアンは勝ち誇りたかった。

 しかし、フィシアンが本当に真相を知りたかったのなら、証人を自分の罠にはめるよりも、ロレンツがピッグズ湾事件の前にオズワルドに会ったと証言した時点で、オズワルドがその時期、米国にいたはずがないことを指摘すべきだったのではないか。ロレンツはこの委員会での証言の後、写真に関して訂正を申し入れていることを考えるとなおさらだ。

記憶の根拠になっていた写真が撮られた日付は一九六〇年ではなく、六三年の八月十八日から同年九月二十日にかけてフロリダで撮られたと訂正したのだ。写真にはフランク・フィオリーニ、リー・ハーヴィー・オズワルド、ジェリー・パトリック・ヘミング、マリタ・ロレンツらが写っていたとロレンツは主張している。

 フィシアンがあえて時期の矛盾点を最初に指摘せず、反撃の機会をうかがっていたのは、おそらくロレンツを最初から信じる気になれなかったからではないか。

 フィシアンが口を開いた。「ロレンツさん。あなたの弁護士は、議会の委員会の前で偽証するとどういうことになるか説明しましたか?」
「ええ、しました」

 「それを理解しているのですね?」
 「はい」

 「それらの日付について証言を変えたいとは思いませんか?」
 「いいえ、思いません」

 「それらの日付について証言を変えたいとは思わないのですか?」とフィシアンはしつこく聞いた。
 ロレンツの答えは同じだった。「いいえ、思いません」

 「リー・ハーヴィー・オズワルドは一九六二年の六月までソ連から戻ってきたことはないという厳然たる文書による証拠があるのですよ」
 フィシアンは得意になった。これでロレンツがうそつきであることが立証できると確信したからだ。
 ロレンツは困惑しながら答えた。「私はそんなことは知りません」

 フィシアンは言い放った。「それ故に、六〇年にあなたが隠れ家で彼に会っているはずがない。六〇年においても六一年においても、エバーグレーズで彼に会えるはずがない。加えて、それらの場所で写真を撮れるはずもなければ、その時期に撮った写真も持っているはずがないんだ」
 「本当に?」

 ロレンツは慌てふためくと同時に混乱した。そんなロレンツを見て、フィシアンがとどめを刺すように断言した。「不可能です」
 ロレンツはなおも反論した。「そんなこと知りません」
 ロレンツは本当にオズワルドが六〇年に会ったと信じていた。まさか、その年にはソ連にいたなんてロレンツには初耳だった。

▼確信と疑念
フィシアンが追い打ちをかけた。「ではあなたが、日付について何故こんなデタラメな情報をこの委員会でしゃべったか説明してもらいましょうか?」
 「私はデタラメな情報なんて話してないわ」とロレンツは怒って言った。

 「ロレンツさん。私はちょっと前にあなたの証言について慎重に吟味しました。そしてあなたは、ピッグズ湾事件の前にリー・ハーヴィー・オズワルドに確かに会ったと我々に証言したのですよ」
 「そう証言しました」

 「二度も証言しましたよ」
 「はい」

 「リー・ハーヴィー・オズワルドはその期間ずっとソ連にいたのです」
 「そんなことは知りません。知らなかったんです。私が会ったリー・ハーヴィー・オズワルドは写真の男とも隠れ家にいた男ともフランクが知っている男とも同じ人物です。彼があなたの情報によるとどこにいたか何て私は知りません。知りません。彼について言われている、そうした仮説など読んだこともないんですから」

 「それは仮説などではありませんよ」
 ロレンツは感情を抑えきれずに、早口で話した。「私は自分が真実を語っていると知っています。もしあなたが真実はいらないというのなら、お気の毒様としか言いようがないわ。私は無償でここに来ているのよ。何も得るものはないのよ。何も。あなたは殺人事件の捜査をやっているわけでしょう。私にけんかを売ったり、私を裁判にかけたりするようなことは止めてちょうだい」

フィシアンはさらに皮肉を込めて、ロレンツを突き放した。「我々も完全で誠実な証言さえ得られればね」
 ロレンツは訴えるように言った。「ちゃんと証言したじゃないですか。私はあなたたちに完全で誠実な証言をしたんです。私はほかの人のことは知りません。私には失うものはないし、隠し立てすることもありません。何もありません」

 フィシアンは言った。「あなたは、隠れ家やエバーグレーズの訓練場で出会った人物がダラスで会った人物と同一であると確信していると証言しましたね?」
 「実際、そうです」

 「モーテルで会った人物と」
 「そうです」

 「同じ時期に二人のリー・ハーヴィー・オズワルドが存在するのをどう説明するのですか?」
 「説明できません。だけど私は、自分が会った男のことを知っています。彼は嫌なやつで、私は彼が嫌いでした。私はここにいる必要なんて全くないんですよ。何も得るものがないんですから」

 ロレンツ証言の信ぴょう性が崩れ落ちるのを見て取ったフィシアンは勝利の味をかみしめながら言った。「ありがとう。これで終わります」

▼ウソの記録
 フィシアンとロレンツの論争はおそらく、委員会のメンバーの印象としてフィシアンの圧勝に終わった。彼らにとってロレンツの証言に矛盾があるのは、疑う余地がなかった。ソ連にいた人間をマイアミで見ることはできない。委員会室には奇妙な沈黙が支配していた。ロレンツ証言の衝撃度と、一体どこまでロレンツを信じていいか分からない戸惑いのような感覚が微妙に混じり合い、静かな緊張感を作り出していた。

しかし、いわゆる「文書による記録」がいかにウソで満ちていることは、この後に紹介するエピソードからもわかる。ロレンツが1959年の強制出産により子供を産めない体になっていたとする医者の診断記録が、参考資料として委員会のメンバーに配られていたのである。これはウソの診断記録であった。CIAが望めば、医者の診断書だろうと出入国記録であろうと、偽造することは難しいことではない。オズワルドがどれだけの期間ソ連に滞在したかも、必要とあらば簡単に記録を改竄することができたであろう。オズワルドの出入国記録の“変更”など多くのアリバイ工作の一つでしか過ぎないのではないだろうか。

 朝から始まったロレンツの長時間にわたる証言も後、わずかで終わろうとしていた。その一瞬の静けさを破ってドッドが発言した。「議長」
 議長がドッドに質問を許可した。

 ドッドがロレンツに聞いた。「あなたの子供たちの誕生日はいつですか?」
 それは今までの緊張をほぐすようなたわい無い質問だった。
 ロレンツは気を取り直して静かに答えた。「娘のモニカは六二年三月九日、ニューヨーク生まれです。息子は・・・」

 「モニカはだれの娘・・・」 
 「将軍、マルコス・ペレス・ヒメネス将軍です」

 「もう一度誕生日は?」とドッドが聞いた。
 「六二年三月九日。息子のマーク・エドワードは六九年十二月十三日ニューヨーク生まれです」

 「オーケー。ニューヨークのドクターズ病院の患者になったことはありますか?」
 「なったことがあるって・・・」
 ロレンツはドッドが変な質問をしたので思わず聞き返した。

 ドッドが質問の一部を繰り返した。「ドクターズ病院です」
 「ドクターズ病院の患者ですか?」

 「五九年に」
 「いいえ」

 「ないのですか?」
 「何のために?」
 ロレンツには何の質問なのか少しも検討がつかなかった。

 ドッドが続けた。「ただ五九年にドクターズ病院の患者だったかどうかだけ知りたいのです」

 ドッドの質問には訳があった。ロレンツ証言に先立って事前に配られたロレンツの経歴の中で、ロレンツが五九年にドクターズ病院で左の卵巣の摘出手術を受け、さらに翌年にはルーズベルト病院で右の卵巣を摘出、子供が産めない体になったと書いてあったからだ。それらはFBI情報源で信頼できるはずだった。しかし、ロレンツはその後二人も子供を生んでいる。ドッドはこの情報が正しいかどうか知りたかった。

 ロレンツは質問の意図が分からないまま答えた。「いいえ、ありません」

 「六〇年の初めにルーズベルト病院の患者だったことはありますか?」
 「はい。五九年か六〇年のころにあります」

 「その病院に入院した理由は何ですか?」
 「私はパラテンディニティス(敗血症のことだと思われる)にかかっていました。だけどそれがこの委員会と何の関係があるっていうんです?」

 「ただ質問をしているだけです」
 「私はへたくそな中絶手術、キューバでの中絶手術の結果、パラテンディニティスを患っていたんです」

 「そこで手術を受けたのですか?」
 「はい」

 「手術の結果はどうでしたか? その手術の目的は何だったのです?」
 「私の命を救うことです」

 「つまり何だったのです?」
 ロレンツは答えをただ繰り返した。「私の命を救うことです」

 「彼らは何かを取り除きましたか?」
 「肥大したところとか、掻爬術とか」
 依然としてロレンツには質問の意味がピンとこなかった

 ドッドはさらに聞いた。「ドクターズ病院の患者ではなかったという証言ですね?」
 「患者ではありませんでした」
ロレンツにとってドッドの質問は全く意味をなさなかったが、当時、カストロのせいでロレンツが手術を受け子供が産めない体になったと騒いだタブロイド紙があったことをぼんやりと思い出していた。

▼嘘つき呼ばわり
 埒が明かなかったのでドッドが別の質問をした。
「フィシアン氏は日付のことを持ち出しました。記録のために申し上げますが、ロレンツさん、公的な記録にのこっているのです。リー・ハーヴィー・オズワルドは五九年十月十六日にモスクワに着き、六二年六月十三日の水曜日にニューヨークに戻ってきたのです」
 「そのことについては、私は知りません」
 ロレンツにはこう答えるしか答えようがなかった。

 ドッドが続けた。「私はただ、五九年十月の後半から六二年六月という期間の重要性を認めていただきたいだけなのです。そこには二年半、いや二年半以上の年月があるということです。そして残念なことに、その期間はあなたがフロリダ州エバーグレーズの訓練場でリー・ハーヴィー・オズワルドに会ったと、この委員会に対して証言した期間と重なるのです」
 「十月ですか?」

 「五九年十月です」
 ロレンツは依然として混乱していたので、気が抜けたようにこう言った。「私はまだキューバにいました」

 「それは知っています。五九年十月にリー・ハーヴィー・オズワルドはモスクワにいて、六二年六月十三日まで米国に戻ってこなかったのです」
 「それについては知りません。それが私と何の関係があるって言うの?」

 「でもあなたは、リー・ハーヴィー・オズワルドを見たと証言しましたね」
 ロレンツは段々腹が立ってきた。「いいですか、私は好きでここにいるんじゃありません。自発的に来てあげているんです」

 ドッドがロレンツの突然の反応に驚いて聞いた。「何ですって?」
 ロレンツははっきりと言った。「見たものは見たんです。そうでしょ。あなたがどんな情報を持っていようと私は知りません。私には全く関係ありません」

 ロレンツの予想外の剣幕にドッドは「ありがとう」とだけ言って引き下がった。ここでこれ以上議論してもしょうがないと思ったからだ。

 ロレンツは興奮が冷めずにさらに言った。「チェストン氏が持っている写真を探しなさい。そうすれば私は、ピノ(ファジアンのこととみられる)が持っているであろうもう一枚の写真を見つけ出してあげるわ」

 冷ややかで鋭利な空気が流れていた。議長が雰囲気を和やかにする口調で、他の委員に対して聞いた。「これで質問は終わりですね」

 マクドナルドが議長に聞いた。「議会での投票はまだあるのですか?」
 「いいえ」

 マクドナルドがそれではとばかりに発言した。「ロレンツさん。私はもう一つだけ質問があります。第一に、あなたの弁護士は知っていると思いますが、あなたは二度、ここにいる必要がないと言いましたが、あなたには証人としての召喚令状が出ているのです」
 ロレンツは意地になっていた。「私はずっと国外にいたってよかったんです」

 ロレンツは召喚令状が出る前は自分と自分の子供たちの命を守る目的も兼ねてバハマの首都ナッソーに隠れていた。

 マクドナルドはそれでも追及した。「でもあなたは召喚令状によってここにいるんです」
 ロレンツが答えた。「私がここにいるのは手助けになると思ったからです。反対尋問されたり、嘘つき呼ばわりされたりするためではありせん」
(続く)


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