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『指輪物語』に織りこまれたトールキンの純愛! (2006.2)
長大な『指輪物語』には、人間の王家の末裔アラゴルンと、エルフの姫君アルウェンというカップルが存在しますが、いわゆるロマンティックな場面がほとんどありません。アラゴルンが各地で活躍中、アルウェンはずっと裂け谷に居て、ほとんど交流がないのです。最後にアラゴルンと結婚するわりには、アルウェンの扱いがあんまりだなあ、と初め私も思ったものです。
しかし、アラゴルンとアルウェンのカップルにはモデルがありました。『指輪物語』よりずっと過去の時代の、人間の英雄ベレンと、エルフの姫君ルーシエンのカップルです。アラゴルン自身が『旅の仲間』の風見が丘でベレンとルーシエンの歌を歌っていますし、『シルマリルの物語』にも二人の物語が載っています。
興味深いのは、アラゴルン&アルウェンに比べて、ベレン&ルーシエンははるかに二人で行動しているところです。悪の親玉モルゴスがエルフたちから奪った宝玉の一つを奪還するという偉業を、ベレンは成し遂げるのですが、これはルーシエンを得るための冒険でした。しかも、人間にはとても無理なこの冒険に、ルーシエン自身が同行してベレンを助けるのです。
愛し合う二人が協力して数々の苦難を乗り越え、最後に死をも越えて結ばれるという筋書きは、まさにグランドロマン。トールキンの趣味じゃないでしょうけど、宝塚歌劇にでもできそうな愛の物語です。
さらに興味深いのは、ベレン&ルーシエンにもモデルがあるということです。それは、トールキン自身と彼の奥さんのエディスでした。『J・R・R・トールキン 或る伝記』(ハンフリー・カーペンター)によると、ベレンとルーシエンの最初の出会い(林の中の空き地)の場面は、トールキンとエディスがデートした思い出の場所です。それに、二人の墓石には、「トールキン」の下に「ベレン」、「エディス」の下に「ルーシエン」と刻まれているのです。
ベレン&ルーシエンのグランドロマンは、トールキン夫妻の若き日のグランドロマンだったのです。そして五十代のおじさんになってなお、トールキンは『指輪物語』のアラゴルンに風見が丘でベレンとルーシエンの恋物語を歌わせ、彼らの遠い子孫であるアラゴルンとアルウェンのロマンスを物語のごく控えめな縦軸の一つとしたのです。
男ばかり目立つ『指輪物語』にひっそり息づく、トールキンの純愛。さすが英国紳士はシブイですね。
上の絵はむかし描いたラクガキで、林の中、エルフの川のほとりで踊るルーシエン。写真は、これもむかし訪ねたオックスフォード郊外、トールキンのお墓の墓碑銘。エディスとルーシエンの文字は読めますが、花などに隠れてトールキン自身の名とベレンの文字は見えません。
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