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航海者エアレンディルのご紹介 (2005.11)
『朝びらき丸 東の海へ』(ルイスのナルニア・シリーズ第3巻)に対して、これは、西の海の果てへ旅したエアレンディルのご紹介です。
「指輪物語」の『旅の仲間』で、裂け谷に隠居したビルボが「エアレンディルは海ゆく人よ…」と自作の歌を歌う場面があります。
それは白と銀色の船に乗り、魔の海域や星なき大海原、空虚の夜などを乗り越えて苦難の末に、さいはての神々の地へ到達し、最後にはシルマリルの宝玉とともに空へのぼって宵の明星となる半エルフのエアレンディルを歌ったものです。
エアレンディルのこの航海をざっとたどると、『朝びらき丸』との共通点がいくつか見いだされます。未踏の海域を旅して出会う数々の試練、さいはてに達して神(々)に出会うこと、さいはてに「星」が出てくること、など。
トールキンの創造世界の“神話”である『シルマリルの物語』には、エアレンディルの旅についてもう少しくわしく書かれています。
中つ国でのエルフや人間、悪の王モルゴスの数々の戦いの末に、追いつめられた者たちを救うため、エアレンディルは、父祖のエルフたちがかつて捨ててきた西方の楽土へ、神々の助けを求めて出かけるのです。
そういう意味では、意気盛んな「朝びらき丸」とは違って、これはなかなか悲愴な旅です。しかし、根底には、父祖たちの住んだ楽土(神々の国)を求める強い憧れの心があり、これはリーピチープが子守歌で聞いた東のはてへ憧れつづけるのと共通すると思います。
さて私がエアレンディルの航海譚で感動するのは、この前人未踏の航海をやりとげたことで、奇蹟が起きた、ということです。神々から一度見捨てられ、戦いと呪いにうみ疲れた中つ国に、再び神々の救いの手がさしのべられるのです。
それは、シルマリルをめぐる「長い敗北の戦い」(「指輪物語」でエルフの貴婦人ガラドリエルのセリフ)の土壇場で起きる奇蹟のどんでん返しであり、悪の王モルゴスがついに打ち破られて世界の壁の外へ放逐されます。
残念ながらエアレンディルのさらに詳しい物語(“The Book of Lost Tales”に収録されています)は未訳で、私は原書を(持っているんですけど)読んでいません。
『シルマリルの物語』内の記述は物語のあらすじでしかなく、彼岸への旅の詳細は分からないので、『朝びらき丸』ほど臨場感にひたることはできません。けれど、
永劫の夜をくぐって、
暗くとどろく波浪に運ばれていった。
波のはるか下には、夜の光のさす前に
すでに没した陸土があった。
それから遂に彼は、楽の音をきいた。
そこはこの世の果てる真珠の浜辺、
とわに泡立つ波が
黄金と青い宝石をなぶるところ。 ――「指輪物語」『旅の仲間』瀬田貞二訳
こんな勇壮・華麗な詩句から、エアレンディルの旅の果てを空想してみるのも、楽しいものです。
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