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熟年の二人の第二の人生――『帰還』ゲド戦記4(最後の書) (2006.2)
『帰還』は、前3巻から十八年後に書かれました。1巻で若き魔法使いゲドの成長、2巻で若き巫女アルハ(テナー)の成長、3巻で熟年のゲドと若き王の黄泉くだりと世界の再生、と盛り上がってきて、さてその後。
魔力を全て失い、故郷へ戻ったゲド。子育ても終わり未亡人となったテナー。そして新たに、身心ともに痛めつけられた少女テルー。
物語も、前3巻とちがってかなり大人向き、それも、第二の人生を歩み始める熟年の大人から見た世界を描いています。
出版当時、私はすぐ読んだのですが、正直言ってあまりよく分かりませんでした。ところが、私自身が結婚し子供を育てている今、あらためて読み返すと、中心人物である「おばさん」テナーのいろいろな気持ちが、とてもよく分かるのです。
たとえば、外を歩きたい時も、テナーは家で眠っている養女のテルーを置いて遠くへは出られない。そこでゲドに、家の近くにいてほしい、と頼むのですが、ゲドが快く引き受けてくれても、彼女は思います。
なぜ男は女を束縛するさまざまな事態に無頓着でいられるんだろう。…子どもが眠っているときは、だれかがそばにいてやらなくてはいけないのに。 ――『帰還』清水真砂子訳
こんな日常のありふれた思いを拾いあげていくだけでも、テナーに共感でき、私は第2巻『こわれた腕輪』よりももっと彼女が好きになりました。
一方、ゲドの方を見てみると、彼は死の世界で魔力を失って生の世界へ戻ったため、すっかりからっぽになり、傷ついて、ふさぎこんでいます。若い頃から魔法を使い、大賢人までのぼりつめたゲドにとって、魔力を失うことは、自分自身のアイデンティティを失うことなのでしょう。
とすると、これはもう、退職して肩書きのなくなったかつての企業戦士の姿そのものですよね。
あるいは、指輪を失ったフロド・バギンズ(トールキンの『指輪物語』)。フロドはこの世ではついに癒されず、西の果てへ船出します。
しかし、ゲドは第二の人生を、テナーとともに歩み始めます。魔法が取れて、やっとふつうの男になった終盤のゲドは、何だか生まれ変わったようにういういしく、ほほえましいです。傲慢で自己完結していた彼が、そんなふうに変わるとは、誰が想像したでしょう。
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