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テーマ:本日の1冊(3702)
カテゴリ:近ごろのファンタジー
![]() 自分のルーツや存在意義はどこにあるのか。また、将来自分はどんな大人になるのか。 無邪気に遊び暮らしていた子供が、そんなことを考えたり悩んだりし始めると、思春期の入り口。人によって差はあるけれど、だいたい小学校高学年前後じゃないでしょうか。 「キップをなくすと駅から出られなくなるから」 ――『キップをなくして』 “キップをなくす”のは、子供から大人へ変わる過渡期ゆえに不安定な彼らです。 子供なら、大人と一緒に電車に乗るから、キップをなくして改札を出られなくなるなんてことは、起こらない。 大人なら、…大人も時々キップをなくすけれど、その時はちゃんとマニュアルがあって、 「…それで改札口は通れます。時刻表の『きっぷをなくした場合』 というところに書いてあります」 ――『キップをなくして』 主人公のイタルは、キップをなくして駅にとどまり、「駅の子」の一員になったのです。 イタルは家(彼が“子供”である世界)を出て電車に乗り、降りた駅の改札を抜けて、一人で趣味の切手を買うため町(彼が“大人”である世界)へとゆくはずでした。 彼の名前(イタル=至る。今まで居た所から、別の世界・次元へ至る)は、そういう意味でとても象徴的です。 子供から大人へ。「駅」はその通過点であり、「改札」は、大人への関門なのです。 だから、“キップをなくす”とは、大人の世界へ踏み出す一歩手前で、まだ踏み出せない状態。かといってもう純粋な意味での子供でもないので、家にも帰れず、家族や世間から隔絶されて「駅の子」になっています。 そして、駅を利用する子供たちを影で守りながら、自分たちだけの共同生活をし、時が来るとそれぞれ、「駅長さん」に許可されてキップをもらい、駅をでてゆくのです。 駅から出られないなんて、一種の誘拐か、強制収容所か? と、中学生のフクシマケン(という名前)が問うていますが、それは違うんですね。 思うに、「駅の子」たちは、大人になる前段階の一種のイニシエーション(通過儀礼)を受けているのです。 本当の大人になる時期は、たぶん「成人式」をすませ社会人になるあたりを言うのでしょうが、昔の武士が十五歳で元服したり、女の子の初潮(これも大人への大きな変身ですよね)が十代前半だとすると、「駅の子」たちもだいたいそんな年齢でしょう。 河合隼雄は、成人になる前段として「十歳前後のところに大切なひとつの節目がある」とも述べています(河合隼雄『物語とふしぎ』)。 家や保護者から離れて「詰所」で共同生活をする「駅の子」たちは、強制収容所ではなくて、昔でいう“若衆宿”“若衆組”みたいな組織に入って、来たるべき成人のイニシエーションのための準備=修行をしているのです。 イニシエーションとは、近代前の社会で大人になるための大切な儀式をさし、たとえば武士の初陣とか、自力で獲物をしとめて狩人になるとか、厳しい試練をともなっていたそうです。 つまり、それを経過することによって、その人は今までとは別人になる体験が必要である。そして、これは象徴的には「死と再生」として体験されることが多い。大人になるとは、それまでの子どもが死んで、大人として生まれ変ることになる。 ――『物語とふしぎ』 「駅の子」たちも、擬似的な“死”の状態にあるのです。だから、普通の人たちからは、見えないことがあったりして存在感が薄い。 そして、駅で事故死したミンちゃんは、実際に死んでしまって、「再生」して天国へ向かうまでの間、「駅の子」になっているのです。 なぜなら、通過儀礼の厳しさ(初陣や狩り)の中で、ほんとうに命を落とす人も、いるのですから。 近代社会になると、このようなイニシエーションの儀式は無くなってしまった。…ただ…制度としてのイニシエーションは無くなったが、個人としてのイニシエーションは大切であり、個々人が個別的にそれを体験している、ということである。 ――『物語とふしぎ』 『キップをなくして』は、イタルたち「駅の子」のイニシエーション体験(集団生活だが、体験としては個別的とも言える)を描いた物語なのです。 …いつもの、河合隼雄の受け売りです。でも池澤夏樹が河合隼雄と何か関係があるとかいうわけじゃありません。児童書やファンタジーの秀作によく出てくる、共通のテーマが、池澤夏樹のこの作品にくっきりと浮き彫りにされていると感じたから、その筋の大先生である河合隼雄の文を引きつつ書いてみました。 次回へ続きます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 17, 2005 11:00:00 PM
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