2006/06/05(月)22:40
シヴァの女王――ネルヴァル『暁の女王と精霊の王の物語』
今日は、手に入れるのも読むのも困難かもしれない1冊をご紹介。
金色の表紙が美しい「角川文庫限定復刊(リバイバル・コレクション)」で1989年に買いました。
ロマン派の狂気の詩人が、19世紀ヨーロッパの「東方への憧れ」に身を任せて旅に出、コンスタンチノープルで書いたという、幻想的物語。
タイトルの「暁の女王」はシヴァの女王、「精霊の王」はソロモン王のことです。
シヴァの女王といえばあのキレイなメロディー(某ゲームにもそんなキャラクターが出てくるらしいし)。
ソロモン王といえば、動物の言葉を解し、精霊を操る魔法の指輪を持っていた古代イスラエルの王。
そんな予備知識しかなかった私は、昭和27年発行のこの本の旧漢字にかなり手こずりました。今、読み返しても、知らない旧漢字がかなりあって、あてずっぽうで読んでいます。
でも、その読みづらさを上回る、気宇壮大な幻想や、叙事詩的な華麗な描写、そして古今東西かわらぬ男女の愛と嫉妬のストーリー展開。
中心的な主人公は、実はシバの女王でもソロモン王でもなく、この二人と三角関係を成すナゾの天才的棟梁アドニラムです。
出自不明の、孤独な放浪の芸術家である彼は、当時、大王ソロモンの下で巨大神殿を建築し、溶かした青銅で幻獣や精霊の大きな彫刻をつくりあげます。栄華を極めたソロモンの命で数万人の職人や作業員が動員されるのですが、彼らを実際にたばねているのはアドニラムなのです。
…アドニラムの不安な魂はこの偉大な仕事を、一種の侮蔑を以て統べてゐた。世界七不思議の一つを成し遂げることも、彼にはつまらない仕事と思はれた。…構想することに熱中し、さらに実現することに熱中して、アドニラムは巨大な仕事を夢みた。坩堝のやうに沸騰した彼の頭脳は、崇高な奇怪事を孕んでゐた… ――ネルヴァル『暁の女王と精霊の王の物語』中村眞一郎訳
ソロモン王を公式訪問したシバの女王は、孤高の芸術家アドニラム(どうも作者ネルヴァル自身が投影されているような気もします)に、目を留めます。そしてアドニラムもまた、女王の美しさに初めて心を動かされます。
富と権力と知恵を誇っているはずのソロモン王は、物語を通してつねに悩める人として描かれています。何万という職人たちを合図一つで動かすアドニラムの力を見て、王たる自分の権威よりまさるのでは?と悩み、愛らしいシバの女王との問答に悩み、女王の愛鳥フド・フド(魔法の鳥です)が自分に従わないことに悩みます。彼は策略を用いてシバの女王に自分との結婚を承諾させます。
(つづく)。