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HANNAのファンタジー気分

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October 31, 2007
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  時間がありません。二つの世界が交わるハロウィーンの日に、門を修復しなければ。
                     ――O・R・メリング『夢の書』井辻朱美訳

 『妖精王の月』『夏の王』など、作者が何冊も書いてきた、アイルランドの妖精物語や神話を題材にした少女ファンタジーの、完結編。作者はアイルランドからカナダへ移民した人で、今回はいよいよカナダが舞台です。
 この人の最初の作品(『ドルイドの歌』)はどうにも軽すぎ・浅すぎて、正直、私は物足りませんでした。ところが、『夏の王』あたりから神話的テーマの取り上げ方や登場人物の心の葛藤がぐぐっ!と深くなってきて、読み応えが出てきました。
 そして、完結編の『夢の書』は上下二冊の長編で、今まで以上にスケールも迫力も大! さまざまな地名、民族名、そして精霊たち、伝説がわんさか出てきて、もりだくさんというか、おなかいっぱいというか。

 舞台がカナダになったことで、今までにない新しい視点が生まれています。それは“移民”ということが個人や民族、そして民族の精霊(文化)にもたらす、重大な影響ということ。比較的(いや、かなり)閉ざされた国ニッポンに住む私たちには理解しにくく、あまり考えたこともない様々な問題・葛藤・悩みが、真正面から取り上げられていて、たいへん興味深いものがありました。

 ヒロインの少女ダーナは13歳。11歳の時、アイルランドからカナダへ移住したものの、カナダの土地や学校になじめず、無気力で孤独です。彼女の母は妖精で、今は妖精の国に戻っていますが、彼女はそこへ魂を逃避させるばかりの日を送っているのです。ところが突然、妖精国と現実界をつなぐ「門」が悪意ある敵によってすべて破壊されてしまい、ダーナの孤立は決定的なものとなります。
 13歳という思春期は、子供から大人への過渡期なので、ただでさえダーナは“幸福な子供時代”から切り離されています。孤独は、アイルランドと妖精国という“ふるさと”をどちらも失っていっそう深まり、また父の再婚(再婚相手は幸いとても理解のある女性でしたが)によっても深められます。自分のアイデンティティが根を下ろすべき居場所がどこにもない、理解し合える人がだれもいない、という“強烈な「異種」感覚”(河合隼雄『猫だましい』に出てくる言葉)。これは、故郷を離れ、異なる自然・文化の中で一からアイデンティティを確立しなければならない「移民」たちの感じる孤独感に通じるのでしょう。

 けれどメリングの物語の典型として、ここで現れるのが“白馬に乗った王子様”、つまりとびきりすてきなボーイ・フレンドなのです。作者の理想なのでしょうが、うん、やっぱりちょっとひっかかりますね。世の中そんなにうまく王子様が現れたりしないよ、って。
 けれどとにかく、ダーラは人狼のボーイ・フレンドを得て、生き返ります。彼と一緒にカナダの大自然の奥深く旅をして、野性のすばらしさ、そこに住むネイティブ・アメリカンの人々の秘儀に触れていくにつれ、ダーラの目は新しい土地に向かって開かれていきます。
 作者はダーラを通して、カナダという土地のすばらしさ、歴史や文化の深さをうたいあげます。ほんとに愛国的な物語です。そして、むかし、移民たちが故郷から一緒に持ってきた伝説、一緒についてきた精霊たちが、ついに彼女の前に姿を現すと、彼女の孤独は癒されます。

 一方、物語の筋としては、壊されてしまった両界の門を、ハロウィーンまでに彼女が修復しなければならない、でも「敵」がそれを阻止しようといろいろ妨害・攻撃を仕掛けてくる・・・という、ゲーム的展開となっています。ダーナ個人の悩みや移民の文化、カナダ賛歌にくらべて、肝心のこの筋書きがちょっとお粗末というか、あまり深みがないんですね。
 「敵」というのがそもそもはっきりしない。敵の側も精霊の一種なのに、なぜしまいには世界規模で集まった精霊が善の側に味方する戦争みたいになるのか。
 その「悪」について、作者は最後の戦いの場面でいくらか説明を試みているのですが、私の読み方が至らないのか、またはこのような善悪二元論はニッポン人の手に余るのか、どうもよく分からないのでした。

 ともあれ、北米大陸のあらゆる精霊たちが、叙事詩に出てくる「カタログ」(様々な登場人物の出自紹介)みたいに勢揃いするハロウィーンの一大決戦が終わり、彼女は大人になるために最後の個人的試練をくぐりぬけて、物語は大団円を迎えます。
 よくあるシリーズものの最終巻みたいに、まとめようとするあまり世界がしぼんでしまうのではなく、『夢の書』でメリングの妖精世界は大発展を遂げたといえるでしょう。ネイティブ・アメリカンの神話や伝説の香りも素敵で、またじっくり読み返したい物語です。





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Last updated  October 31, 2007 10:52:10 PM
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