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HANNAのファンタジー気分

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January 19, 2010
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 上橋菜穂子の「守人シリーズ」の番外編。守人シリーズのヒロイン、女用心棒バルサが少女時代、養父とともに追っ手をのがれて苛酷な旅暮らしをしていた頃のお話です。しかし彼女自身の話というよりも、そのうち3つの短編で中心的に語られるのは、旅で出会った印象的な人物です。

 一人目は、バルサの友で農民生まれのタンダの、親戚の男。彼は継ぐべき家や田畑を捨てて放浪の芸人になり、ついには「野垂れ死に」しましたが、やさしいタンダは彼に同情します。
 二人目は、賭博師の老女。古典的RPG(ロールプレイングゲーム)に似た陣取り戦争ゲームを仕切る職業の彼女は、ふだんはゲームの盤上で王者になるより賭け金を多く取るのが仕事だが、それとは別に、賭け金なしの純粋なゲームを真剣に楽しむ50年来の相手がいた、という話。
 三人目は、バルサや養父と同じ、用心棒稼業の老人。長年、護衛をつとめてきた隊商を最後に裏切って盗賊に売り、偶然その場面を見たバルサの口封じをしようとして、逆に彼女に殺されます。本のタイトルの「流れ行く者」は、この話のタイトルでもあります。

 こうしてみると、3人とも、一つところに落ち着いてまっとうな暮らしをする人々とは違う、“流れ行く者”で、しかも老人であることがわかります。流れ者であるがゆえに、彼らに対する世間の評価はきびしく、年を取るといっそう彼らの生き方には悲哀がにじみ出ています。
 笛や舞がうまい陽気な芸人だった老人(1話め)も、人情味にあふれ、バルサにもやさしかった老用心棒(3話め)も、結局は非業の死を遂げました。その報われない終わり方には、やりきれない切なさがあり、父を殺され自分も罪なくして追われる身、というバルサ自身の境遇と相まって、物語全体のトーンをかなりヘヴィーにしています。

 ただ、どちらの話も、事件のあとに、その重さ切なさを癒すかのように、タンダのやさしさが描かれます。最もヘヴィーな第3話の後には、直接関係はないけれど短い第4話があって、バルサを毎日待ち続けるタンダの姿があたたかく描かれています。それは守人本編で、殺伐とした生き方のバルサを常に彼が包みこんで癒すのと同様、現実の重苦しさをやわらげているのです。偉大な行いをするわけではない、日常の小さなやさしさこそ、本当の癒しなんだなあ、としみじみ感じさせられます。

 ところで私がいちばん強い印象を受けたのは、第2話の賭博師の老女アズノでした。ふだん彼女は賭場の持ち主のためにゲームで掛け金をより多く稼がねばなりません。しかし、族長の重臣ターカヌとのゲームでだけは、彼女自身も一国の王のごとく、将軍のごとく、盤上で戦い、50年間その歴史をつくりあげてきました。

  この<ロトイ・ススット>の中では、アズノはめずらしく領土を争っていた。放浪者の駒ではなく、領主や戦士の駒、奥方の駒などを使って、・・・まっすぐで、真剣な勝負をくりひろげている。・・・それは、あたかも、異なる結末がいくつもある物語のようだった。  ――上橋菜穂子『流れ行く者』

 つまり、そのゲームこそは、作者自身が行っているだろうこと、つまり、まるごと一つの世界の歴史をつくりあげる物語(ハイ・ファンタジー)を創作することだと思えるのです。
 アズノは、長年続けてきたゲームの記録を、時には独りで広げて独りでゲームを進めて(=物語をつくって)いきます。ライフワークともいうべきそのゲームこそ、彼女の生き甲斐だったのに、ただ一人の相手ターカヌは病気のためゲームからおりてしまいます。
 50年にわたるゲームを、最後に、アズノは賭博師として掛け金を取る方法で終わらせます。ターカヌに代わってアズノの相手となった彼の孫息子に対し、アズノは真剣な勝負をせず、なりわいでやっている他のゲームのようにわざと負けて、金だけを手に入れるのです。
 そこに、しがない稼業ではあっても、賭博師は賭博師としての、彼女のプライドがあります。また、生涯ただ一人の好敵手ターカヌとのゲームだけを他の金稼ぎのゲームとは最後まで峻別した彼女の、強い気持ちもあるのでしょう。物語の作り手の端くれである私としては、あっぱれ!と言いたくなります。





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Last updated  January 20, 2010 12:15:44 AM
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