2011/06/01(水)23:16
G・マクドナルド「かるい姫」--人間的ドラマに昇華するおとぎ話
王さまとおきさきが、長らく望んでやっと授かった美しいお姫さま。しかし命名式に招かれなかった魔女が姫を呪って・・・。グリム童話の「いばら姫」(「眠り姫」)でおなじみの始まり方です。が、イギリスの古典的妖精物語作家ジョージ・マクドナルドの「かるい姫」も同じなんです。
ところがこちらの呪いは即効で、赤ちゃんの姫に「重さ」がなくなってしまいます。ちょっと触れただけでもふわふわ空へ飛んで行ってしまううえ、心まで軽すぎて、何事もケラケラと笑うばかりのお姫さま。王と王妃は嘆き悲しみます。
しかし、姫が幼いうちは、いつも機嫌良く笑っているし、召使いたちは姫をボールのように投げあって楽しめるし、軽いというのもなかなか良いなと思えます。実際、われわれ皆を地上に縛りつけている“重力”から自由なお姫さまは、地上のさまざまな悩み事とも無縁な風情で、うらやましいくらいです。
しかし、成長するにつれ、誰しも笑っているばかりではすみません。そういう意味では、この物語でも、呪いが本当にに効力を表してくるのは姫が十七歳になった時(「いばら姫」では十六歳)です。
たぶん姫にとって一番よいのは恋に落ちることであったろう。だが、そもそも重さのまったくない姫が何かに落ちるにはどうしたらいいかがまず問題、というより難題であった。
--「かるい姫」吉田新一訳『黄金の鍵』
そして、お定まりの王子さまが登場。湖で泳ぐ姫を見初めます。じつは、水中にいる時だけは姫も一般人と同じように重さがあり、精神的にもあまり軽々しくなく、美しさはいっそうきわだつのです。
といっても、一般に水中では浮力がはたらいて重さをさほど感じなくなるので、姫が水中で重さを持つといっても、それは一般人が水中で感じるほどの、浮力を差し引いた重みということになりますが。
ともかく、お城の前にある湖こそ、姫の本来の“心”そのものであり、呪いの効かない領域でした。それでも姫から積極的に“恋する”わけではなく、ただ王子と仲良くなるだけ。しかしそれを知って怒った魔女が蛇に湖水を飲み干させるまじないをかけたので、湖は底にあいた穴から水が漏れ、日一日と干上がっていき、それにつれて姫は衰弱し始めます。
興味深いのは、国じゅうの泉や流れが干上がり、国じゅうの赤ん坊が笑わなくなってしまうところ。笑ってばかりのかるい姫+豊かな湖水(=姫の心)は、豊かな国土の象徴なのですね。
物語は、水が湖底の穴から漏れていくのを止めるために王子が身を犠牲にして“穴をふさぐ”という場面で、コミカルなおとぎ話から悲劇的クライマックスへ急展開。よみがえる湖の中で王子はおぼれて息絶えます! おとぎ話はハッピーエンドだと思って気軽に読んでいると、とても切なくなってしまいます。
かるい姫が重さを(=心を)獲得して一人前の大人になるのは、王子の死が必要なほどたいへんなことなのです。
王子の死をもたらす湖水とともに、姫の内部でも心があふれ、彼女はとつぜん王子を救おうと必死になります。絶望的な状況の中で、蘇生の努力を続ける姫。親である王も王妃も知らないあいだに、姫はあきらめずがんばるのです。
結果、ファンタジーらしく奇蹟が起こって王子は蘇生し、姫は涙(=水)を流して床に倒れ、王国には恵みの雨が降り注ぎます。王子の死によってあがなわれた姫の重さ(心)のパワーが、王子の死そのものをくつがえす。そして、国じゅうが救われてハッピーエンドが訪れます。
マクドナルドの作品は、不思議なイメージや幻想的なシンボルに満ちていて、起承転結があまり感じられないものも多いのですが、「かるい姫」は、このように波瀾万丈の末、なかなか感動的な結末を迎えます。
画像は岩波少年文庫版。私の読んだのは吉田新一訳『黄金の鍵』(ちくま文庫。もとは妖精文庫)に収録されたものですが、こちらは絶版のようです。