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HANNAのファンタジー気分

July 3, 2019
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テーマ:本日の1冊(3223)
 三部作の最初の『タイタス・グローン』しか読んでいないのですが、それというのも文庫本ながら超分厚く、表紙もおどろおどろしいうえに、ファンタジー的感動要素があまりないと思われた(3冊読めばあるのかもしれないけど)からなのでした(画像は現在の表紙とは違います。が、現在の表紙も負けず劣らずです)

 舞台となるゴシック調のゴーメンガースト城とその周囲地域は、架空ですが異世界というほどではなく、中世ヨーロッパのどこかにありそうな感じ。城は何世代にもわたって増築されて石造りの迷宮のようになり、それだけで一つの閉じた世界をかたちづくっています。
 物質的に閉鎖世界であるだけでなく、住人たちの営みも、古来不変の伝統的ルーティンにがんじがらめにされています。
 城内では、個性のキツすぎる人々が、決まったエリアでそれぞれのキャラにふさわしい不変の日々を送っています。彼らには意味深な名前がついていて、城の当主はグローン(「うめく」)伯爵セパルクレイヴ(「墓の墓」)、料理長はスウェルター(「汗だく」)、書庫長はサワダスト(饐えた埃)などなど。そもそも城の名ゴーメンガーストも「大食で陰惨」で、ゴシックすぎて滑稽ささえ感じられます。

 巻頭の序文その他で、このような登場人物は、ディケンズ(19世紀)の小説に出てくる、特徴的な性格を強調した典型的なキャラクターと比されています。つまり今風に言うと、"キャラが立ってる"ということ。ほんとに、本の厚みのほとんどが、キャラの描写(描写のしかたまで個性的!)にあてられている感じがします。
 どこまで読んでも、人々は徹頭徹尾おのれのキャラ全開でーーセパルクレイヴは内省的で鬱屈し、スウェルターは醜悪な肥満体で弟子をいじめ、90歳のサワダストは古文書通り一分の狂いも許さず儀式を執行します。強烈な個性ゆえにほぼ全員が自己完結しており、他人が何を考えているかなど興味がない。対立することはあっても心の交流はほとんどありません。

 世継ぎの男子(タイタス)が誕生してさえ、キャラクターたちの日常は揺るぎません。母である奥方はすぐにも床上げして、ペットの無数の猫や鳥相手の生活に戻ってしまいます。老乳母はきりなく愚痴りながらタイタスの姉フューシャ(もう15歳)を甘やかして世話をやいていたのが、今度はタイタスの世話をやくことになるだけです。

 とはいえ、赤ん坊のタイタスのために、若い乳母が城外の村から連れてこられます。初めて出てきた外の世界の住人(しかも若い女)が、城の雰囲気を変えたりするのだろうか?と淡い期待をしても、…さっぱりです。
 城内のキャラとは対照的に、城の周囲の村人たちは一様に泥小屋に住み、誰も彼も同じようで、

  肉体が成熟しきると美しさが崩れ去って、わずかな時間生き生きと栄華を誇った花の如く萎びてしまうのだ。
     ーーマーヴィン・ピーク『タイタス・グローン』浅羽莢子訳

 という具合。新しい乳母のケダも若さの最後の一瞬を生きているだけで、数ヶ月タイタスに乳をやったあとは村に帰り、若い村の男2人と生命を燃やし、あっという間に燃えつきていきます。
 城の内も外も、もはや変化しないという意味で、老人ばかりが目立ちます。

 ・・・異世界のはずなのに、何だか、思い当たりますね。日々不変の狭い日常。閉塞し老いた社会。形式的で心のふれあいのない人々。我々の世界も案外似ているかも、なのです。

 ただ、奇妙な救いになっているのは、ゴーメンガスト世界を取り巻く山や空や気象などの荒々しい自然です。ぶきみな「ねじれの森」でさえ、鮮烈で息がつける気がします。

 主人公タイタスはこの巻ではまだ赤ん坊で、閉鎖社会を打ち破るのは続巻以降なのですが、この巻にも変化をもたらす登場人物がいないわけではありません。
 一人は、料理人見習いから下剋上していく若者スティアパイク(「矛を操る」)。彼は脱走し屋根にのぼり(開放感のある眺望の描写があります)、陰謀をたくらんで結果的に城主セパルクレイヴを狂死においやります。しかし、終始一貫そういうキャラであり、彼自身は不変といえるでしょう。

 私が注目したのは、唯一変化を遂げる登場人物、タイタスの姉フューシャです。見晴らしのある屋根裏部屋を子どもらしい秘密基地にして自己充足していた彼女は、最初、弟の誕生を嫌がって、

  …だめよ! 許さない! 許さない! そんなこと、あっちゃいけない、…
                         ーー『タイタス・グローン』

と泣きじゃくっていました。他の人々同様、不変を望んでいたのです。
 ところが、屋根裏部屋には窓からスティアパイクが乱入し、それから彼女の生活が変わり始めます。スティアパイクを自分なりに観察することから始まって、眺めるだけだった外へ実際に出かけ、森を探索します。次に火事と父の狂気に直面すると、それまで交流のなかった父への愛と気遣いに目ざめ、彼を救おうと心を痛めます。

 ところで、父グローン伯爵は唯一の生きがいである蔵書が焼けたのがきっかけでメンタルのバランスを失い、フクロウになってしまいます。体にせよ心にせよ本当に変身すればファンタジー(センス・オブ・ワンダー(驚異)をともなう)ですが、グローン伯爵セパルクレイヴの場合は、フクロウになってしまう自分を意識し続ける心の病のようです。
 細かく描かれる彼の心情を読んでいくと、何だかセパルクレイヴは最初からフクロウだったと思えてきます。つまり、読書によって正常な精神をつなぎとめていただけで、物語の最初から、廃墟のような城のあるじとしてのフクロウ性こそが彼の本質だったのでしょう。

 いずれにせよ、粛々と城のしきたりをこなしていた父が、フクロウのようなポーズで炉棚にあがりこんで大真面目にホーホー言うのを見て、フューシャはショックを受けます;

  …この長い数秒のうちに少女は多くの男女の理解を越えた年齢までいっぺんに年を取ってしまう。
               ーー『タイタス・グローン』

 気の毒なフューシャではありますが、このあと彼女は医者を呼び、乳母を気遣ったり弟タイタスの世話をするようになります。硬直化しとりつく島もないキャラクターたちの中で、生き生きとしているのは、彼女だけという気がします。

 こうして長大な第1巻は、2歳のタイタスが父の死後当主となり、冒頭に出てくる、城で最も孤立不変な最上階広間の管理人ロットコッド(「腐ったタラ」)でさえ「変化」を感じる、という記述で終わります。
 こんなにも個性派揃いのキャラを紹介することで、主人公登場前の「不変」さと、いよいよ始まった「変化」の重要性がきわだっています。






Last updated  July 8, 2019 12:23:25 AM
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