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2010/05/09(日)05:41

舞台版 「ローマの休日」  映画に ひとひねり、深い感動の仕上がり

映画・演劇(とりわけミュージカル)評(243)

誰もが知っている、オードリー・ヘッバン主演の映画 「ローマの休日」。 あろうことか、これをたった3人の俳優で2幕ものの演劇に仕立てた人たちがいる。 5月2日に東京・天王洲の銀河劇場で見て、プロの技に打ちのめされてしまった……。 もっと早くご紹介したかったが、きょう9日の午後1時からの公演が東京の千穐楽(せんしゅうらく)。ごめんなさい。 大阪の シアター・ドラマシティ で5月12~16日に公演が続くので、京阪神の皆さま、ぜひ足をお運びください。 ■ 舞台化のテクニック ■ 「ローマの休日」 を舞台でやるって? しかし、たとえば、2人乗りのスクーターがローマの下町を暴走するシーンは、舞台では演じられまい! いいえ、しっかり舞台化しました。 アーニャ こと アン王女役の女優と、新聞記者のジョー・ブラッドレー役の男優が、ほんとにスクーターに乗って舞台上でぐるぐる回り、背景映像は映画から街頭風景をうまく切り取って使いました。 露店にぶつかってめちゃめちゃにするところは、スクーターでそのまま舞台の袖に走りこみ、効果音で表現します。 そのあと警察で搾られる場面はどうする? 俳優はわずか3人なのに。 心配ご無用。警察官は不要です。 警察署から出てきたふたりが、おまわりさんの様子を面白おかしく語ればいいわけです。 じゃあ、寝坊した新聞記者が、実際には中止になったアン王女の記者会見に行ってきたフリをしてデスクに苦しい嘘八百を並べる、あの見どころシーンは? 新聞記者の部屋に訪れたカメラマンに急(せ)かされ、記者がデスクに電話をして作り話を語ればいい。 ■「ムチャ言うなぁ」■ こうして工夫を重ね、チョイ役の出番をどんどん減らして、どうしても外せない3人が残りました。 アン王女、新聞記者、カメラマン。 配役がみごと。 自然体で王女さまになれる宝塚出身の朝海(あさみ)ひかるさんと、歳のころもぴったりの二枚目の吉田栄作さん。 そして、そこにいてくれるだけで和(なご)んでしまう小倉久寛(ひさひろ)さん。 5月2日には、お芝居のあと俳優3人と脚本・演出のマキノノゾミさんによるトークショーがありまして、そこでマキノさんいわく: ≪プロデューサーからこの企画を聞いたとき 「ムチャ言うなぁ」 と思いましたよ。 「ローマの休日」は昔、ミュージカルになったことはありました。 しかし、今回みたいなストレートプレイ (歌がなくセリフだけの普通のお芝居) は絶対ムリやと。 だって、ふつうの芝居じゃ、映画にはぜったい勝てないわけじゃないですか。 どうするかいろいろ考えた末、最小限の人数で演じることができたら、舞台ならではの趣向になるだろうと思ったわけです。≫ ■ 赤狩り(レッド・パージ) ■ 新聞記者役の吉田栄作さんも ≪企画を聞いてさいしょに 「ムチャだ」 と思いました。 でも、台本を拝見すると、新聞記者のジョーとカメラマンのアーヴィングの関係が、映画より深くなってるんですよ。 これはいけるなと。 ジョーはハリウッドでシナリオ作家として活躍していたが赤狩りに遭い、仲間を密告しなかったために追われて、ローマに流れ着いたという設定です。 彼が密告しないことで図らずも助かったうちの一人が、カメラマンのアーヴィングだったわけです。 じつは 「ローマの休日」 の原作を書いた脚本家のダルトン・トランボ自身が赤狩りでハリウッドを追われるという経験をしていまして、原作者の人生を投影している。 これを3人で演(や)るんだ! ということで、一生懸命やらせていただきました。≫ ジョー記者のこの設定は、彼が部屋でまどろみつつ回想の悪夢を見ることで観客に伝えられる。 仲間を “売る” ことができなかったジョーは、アン王女の秘密も“売る” ことができなくなる。 カメラマンのアーヴィングが、逃(のが)した大金を嘆きつつ、 「けっきょくお前は、一貫してるんだよ」 というセリフが、生きる。 ■ キュンとさせる堂々たる王女 ■ アン王女役の朝海ひかるさんは ≪わたしたちもスタッフも、映画を食い入るようにとにかく何回も見て、映画の印象をできるだけ舞台に再現できるように、みんなでアイディアを出し合いました。≫ 「王女の雰囲気を出すための役づくりに苦労した点は?」 と聞かれて ≪工夫ですか? とくにしてないんですけど。≫ と、さらりと答える朝海ひかるさんの姿がまた、そのまま王女さまなのですね。 カメラマン役の小倉久寛さんは ≪共演者がスマートだったり、チャーミングだったりで、よし、じゃあ僕は思い切り、むさくるしくしようと思って…。 ぼくはもともと、典型的日本人じゃないですか。≫ ≪朝海さんが最初に酩酊状態で出てくるでしょ。 あそこ、かわいいですよね。 それから、あの 「一度でいいから、カフェに坐ってみたいと思うわ」 と言って、顔をふっとそむけるところ、あそこがキュンとするんですよ。≫ 舞台の小倉さんにぼくはそっくり感情移入しながら観ていたのだけど、朝海さんにキュンとなったシーンまで同じだ。 ■ 映画を超えた瞬間 ■ 舞台版 「ローマの休日」 は、映画版に沿いながら楽しませてくれるのだが、第2幕後半に真骨頂がある。 映画版でアン王女がジョーの正体を知るのは、王宮での記者会見において。 だが舞台版では、船上舞踏会から退散した二人がジョーの下宿部屋に戻ったところで、図らずもアン王女がジョーの素性を知るという設定に変わっている。 どうして素性が知れるのかは 「ネタばれ」 になるので言えないが、ここで我ら観劇者は、アン王女の驚愕と心の整理の様子をじっくりと味わうことができる。 原作の映画にはない王女の独白。 そして、王女と記者との、文字通り魂をかけたやり取りが続く。 いまこうして書きながら思い出すだけでぞくぞくするやり取りだった。 映画のコピーでもパロディーでもなく、映画を超えたシーンを作り出すことにより、舞台版 「ローマの休日」 は、いのちを得て脈を打ち始めた。 ■ ぜひ各地で再演を! ■ それがあるからこそ、舞台版の王宮の記者会見の場面は、和解と信頼の発露の場として深い感動を与えてくれた。 舞台を観ながら、わたしなど涙でぼろぼろになってしまった。 わずか3人の俳優さんたちの舞台が、名作映画を超えた瞬間だった。 * 舞台版 「ローマの休日」 を上演するには、映画版の著作権をもっているパラマウント社からライセンス (著作使用許可) を得る必要がある。 しかし、場面転換も少なく、3人の俳優さんと少数のスタッフで上演できるこのお芝居は、ぜひこれからも末永く、日本の津々浦々で再演されればと切望する。 なお、俳優としてはもうひとり、川下大洋(かわした・たいよう)さんが声だけの出演をして、ラジオ放送のアナウンサーなどいくつもの役を演じている。 * <関連サイト> 銀河劇場 (東京・天王洲) http://www.gingeki.jp/ (千穐楽の当日券が、果たしてあるかどうか…。ダメもとでもトライの価値はあり。) シアター・ドラマシティ (大阪・梅田) http://www.umegei.com/roman_holiday/ (ぜひ足をお運びください。)

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