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2012/10/21(日)12:42

香辛料は腐った肉の臭い消しのためではなかった。 『食のイタリア文化史』

読 書 録(57)

意外なことがいろいろ書いてある。 「胡椒やナツメグなどの香辛料が中世ヨーロッパで珍重されたのは、腐りかけた肉の臭い消しに重宝したからだ」 という “通説” は間違いだと断罪する。 なぜって当時、胡椒やナツメグを使えたのは金持ちで、金持ちは肉が必要なときに獣を屠って、新鮮な肉を食べていたから。 黄金ほど高価な香辛料を使える人々は、腐りかけた肉など食わなかったのさ。じつにロジカルだ。 ……とまぁ、この話ひとつ読んだだけでも、賢くなった気がしたね。 『食のイタリア文化史』  Alberto Capatti・Massimo Montanari著、柴野 均 訳  (岩波書店、平成23年刊) スパゲティは中国の麺をマルコ・ポーロがイタリアに持ってきたことによって生まれたという俗説は、かねてより胡散臭いと思っていたのだが、本書ではアラビア人の役割を強調している。 ≪ローマ人も粉と水を捏ね合わせ、それを 「平たく伸ばして」 ラガーナ (現在の 「ラザーニャ」) と呼ばれる生地を作り、さらにそれを薄く切ったうえで料理することを知っていた。≫ ≪乾燥パスタの起源は、アラビア人に求めるのが通説である。アラビア人は砂漠を移動する際の食糧保存のために、食べ物を乾燥させる技術を考案したというのである。 アラビア人のレシピ集には9世紀から乾燥パスタが登場しており、その伝統がシチリアにおいて乾燥パスタが作られることにつながったと思われる。≫ (76ページ) 12世紀の地理書に、シチリアの乾燥パスタ製造業の発展ぶりに言及したものがあるという。 ≪ペルシアこそパスタが最初に普及した地域で、アラビア人によってそれが西洋にもたらされ、東に向かっては中国の料理に入りこんだ、とする説がある。≫ (77ページ) * 古代ローマ人が愛用した garum というソースがある。 以前読んだ本には、魚醤の一種だと書いてあったが、本書によれば ≪魚の内臓をオリーブ油とさまざまなハーブのなかに漬けてつくる≫ (122ページ) と書かれてあり、ずいぶん違う。 古代ローマでは、酢と蜂蜜とガルムが酸甘鹹をつかさどったが、中世初期にアラビア人が柑橘類と砂糖をもたらし、味のコントラストがまろやかなものになったという。 * 冒頭に書いた香辛料の非常識については、こんなふうに書いてある。なるほどね。 ≪香辛料の使用について、それは食べ物の粗悪な質を隠すためであり、保存が悪くて腐敗から悪臭を放つ肉や魚の「真の」臭いを強い味や香りで隠すために使われたのだとする考えは間違いである。 この説については研究者たちがかなり前から否定してきたが、不滅の生命力を保つ常識としていまだに流布しつづけている。≫ ≪香辛料を使ったのは、法外な価格であっても市場で購入することができたエリート層に限られていた。 このきわめて限られてひとにぎりの消費者たちは、保存のよくない食物や腐った食物の問題とは確実に無縁の人々だった。 中世においては非常に新鮮な肉、その日に取れた狩猟の獲物もしくは購入の時点で屠畜された動物の肉を食するのが習慣だった。≫ (127ページ) 本書の原書は平成11年刊の La Cucina Italiana: Storia di una Cultura. 訳本も A5判で本文426ページの大部な本だ。

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