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文春新書『英語学習の極意』著者サイト

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世界を見る切り口

Aug 8, 2016
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カテゴリ:世界を見る切り口
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 泉家は大した家柄ではないから「泉家の当主は誰か?」なんてことは親族の誰も考えない。議論もしない。しかし、それなりの家柄であれば「当主」の概念がある。

 ある家の「当主」が誰かは、その家に属する人たちが決める。(この場合の「家」とは、いわゆる核家族ではなく、もっと伝統的な「一族」の概念である。)
 一族の決定に対して、市役所だの県庁だの法務省だのが介入する余地はない。仮に介入するなら、それは重大なる「基本的人権の侵害」にあたる。日本国憲法に反する行為となる。
 この常識を、今回の議論の出発点にしたい。

■ 当主を選ぶということ ■

 天皇とは、どういう人なのか。
 天皇家ご一族の「当主」である。そして政治以前に、神道の祭祀長である。カトリック教会の教皇のごとく。

 日本国憲法の根幹である「基本的人権」に基づいて考えれば、天皇家の当主の決め方は天皇家ご一族に一任すべきであって、そこに国家が介入してはいけないのである。まして、天皇家ご一族以外の他家の者があれこれ口を出してはいけない。
 「泉家の当主」を誰にするか、国家も他家のひとも干渉してはならないのと、いっしょである。

 ものの順序としては、まず天皇家ご一族の内部の議論の帰結として
「天皇家一族の当主はこのひとです。すなわち、このひとが天皇です」
という結論を出してもらう。そこに国家は関わってはならない。

 誰が天皇なのか、天皇家ご一族に決めていただいたところで、ようやく国家が登場する。天皇家ご一族が天皇と定めたひとに、国家が憲法に基づいて「国家・国民の威光としての国家元首」の地位を託する(かどうかを、国家が判断する)
 そういう段取りである。

■ ローマ教皇とバチカンの関係 ■

 バチカンの国家元首はローマ教皇である。政府の長は、ローマ教皇庁の枢機国務長官が務める。
 誰がローマ教皇になるかは、カトリック教会の枠組みで決められる。教会が定めた教皇が、二次的にバチカンの国家元首となる。
 そういう段取りだ。

 かりにバチカンという国家機構がこの世から消えても、教会があるかぎり教皇は選ばれ続け、存在しつづける。そのとき教皇はいずれの国の元首でもなくなるが、それでも「教皇」なのである。

 まったく同様に、日本国の国家元首は天皇である。政府の長は、内閣総理大臣が務める。
 誰が天皇になるかは、神道祭祀を司る天皇家一族が協議して決めるべきなのである。天皇家一族が定めた天皇が、国憲にもとづき二次的に日本国の国家元首となる。
 そういう段取りだ。

 かりに国憲から天皇の規定がなくなっても、神道祭祀があるかぎり天皇は選ばれ続け、存在しつづける。そのとき天皇は日本国の元首でなくなるが、それでも「天皇」なのである。

 9世紀以来、21世紀の今日に至るほとんどの期間、日本の国家権力は天皇にはなかった。
 それでも「天皇」は選ばれ続け、存在しつづけた。宗教祭祀の長なのだから。そして「天皇」は権威たりつづけた。

 歴代の武家国家も、この権威を外に追い出すのではなく、内に包み込み、内に包み込まれることを選んだ。

■ 皇室典範を天皇家ご一族の家法のごとく運用する ■

 皇室典範は、宗教祭祀の長をどのようにして選ぶかを規定している。だから、日本国憲法の政教分離の大原則に照らせば、国の法律であってはいけない。

 大日本帝国憲法の下では、皇室典範は天皇家一族の「家法」だった。
 それが敗戦のどさくさに紛れ、昭和22年に法律として位置づけられてしまった。国際法違反やりまくりの占領軍の圧力によるものだった。

 いまさら皇室典範を「国法」から「家法」に戻そうとするのは、さすがに非現実的だろう。
 しかし「家法」のごとき運用を、国民の総意とすることは可能だ。

 皇位継承について天皇家一族が内部での議論の末に、いまの皇室典範と異なる規定を望まれるなら、それがよほど常軌を逸したものでない限り、つとめてそれに従って国会が皇室典範を改正するのがスジである。

 国会が「議論」すべきものではない。
 皇位継承をどうするかは、ほんらい天皇家一族の問題であって、そこに国家が介入するのは、ほんらい「基本的人権の侵害」にあたるものなのだから。

■ 万機公論ニ決スベシ ■

 近代日本の国憲の原点は、慶応4年のいわゆる「五箇条の御誓文」である。
 ≪広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ≫と、明治天皇が天神地祇(てんじんちぎ)にお誓いになった。

 皇位継承の問題もまた、天皇陛下おひとりのご意思ではなく、天皇家ご一族の総意として示されるべきものと考える。
 天皇家ご一族のなかで広く会議をひらき、すべてを公平で正当に議論して、天皇家ご一族の公論の結果を国民にご提示いただけるものと考える。











最終更新日  Aug 27, 2016 08:52:16 AM
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Dec 29, 2015
カテゴリ:世界を見る切り口
 米国に対して「交渉してますよ」というポーズを取っているだけで、実際の合意などとてもできまいと思っていたので、「慰安婦」外相会談の妥結には驚いた。

 おそらく今後も日本大使館前の慰安婦像は移設されないだろうし、韓国の次期政権はまた慰安婦問題を蒸し返すだろう。そのくらいのことは安倍首相も外務省も織り込み済のはずだ。

 「軍の関与の下に」云々のあいまいな言い方も悔しい。
 個々の老女らの名誉と尊厳を傷つけたのも日本国ではなく、彼女らを反日運動の材料として全世界のさらし者にした運動家らやメディアのほうだ。

 しかし冷静に考えれば、今回の妥結で得たものは大きい。苦渋の内容を考えれば安倍外交の「勝利」とまでは言えないが、堂々の及第点だ。

■「金額で決裂」だけは、まずい ■

 韓国側が20億円を要求してきたときは、金額で決裂したらまずいなと思った。なにしろ相手は
「ウェノム(倭奴)どもは銭カネ惜しさで韓国側の誠意を踏みにじりました」
と、またまた全世界に触れて回る人たちだ。

 決裂するとすれば、銭カネ以外の本質的なところでなければならない。となれば当然「文書化するかどうか」が争点になるべきだ。
 ところが韓国は、日韓基本条約の有効性についてすら半世紀後にイチャモンをつけてくる、とんでもない国だ。

 今回の外相会談の妥結内容を文書化することにこだわったところで、どれほどの意味があるのか。交渉にたずさわる外交官たちに、そんな空虚な思いが去来したとしても不思議でない。

 むしろ外相会談の直後に、宗主国の米国から「合意の遵守」を求めるコメントを出させたほうが千倍有効だろう。外交の方法は、相手の成熟度合を見て変えなければならないこともある。
 今回の展開はそういうことだ。

■ 諸外国も「飛び火」は勘弁してくれと ■

 はっきり言って、韓国人らがどう騒ごうが、もうどうでもいい。
 朴槿恵(ぼく・きんけい)の次の大統領、たぶんあの連合国組織のナスビのような事務総長が、「性奴隷」問題を触れて回ろうとも諸外国がこう言い返してくれればいいわけである。

「最終的で不可逆的な解決があったのでしょ」
「性奴隷でなく“日本軍慰安婦被害者”なのでしょ」

 軍隊による女性狩りがあったのなら、言い逃れできない犯罪行為だ。
 しかし多方面の研究で今や明らかになっている。「慰安婦」問題とは詰まるところ、「軍人の風俗業利用のための便宜供与や業者監督等の諸施策」だった。

 たしかに小・中学生に向かって全容は語れない。確かなことは21世紀の今日もなお、このレベルで語るなら真っ白けの大国は皆無だろうということだ。

 まして米国のように奴隷制度のあった国は、本当の意味で「性奴隷」がいた。
 白人の主人のために性の奴隷として無償奉仕させられた有色の女性たち。白人と黒人の結婚が禁止されていたにもかかわらず米国に存在する多数の混血者たちこそ、性奴隷の歴史を象徴する「歩く銅像」だ。

 小学校の優等生のような朴槿恵が無邪気に騒ぎ立てた慰安婦問題は、諸外国にとって、飛び火されては困る論点なのである。

■ もっとだいじなことがある ■

 だから中国と北朝鮮を除く諸外国は「最終的で不可逆的な解決」を歓迎するだろう。

 その構図を破綻させるためには、日本の大臣級が失言することが必要だ。だから朝日新聞や共同通信は新しい大臣が就任するたびに、慰安婦について失言をさせるべく、挑発的な質問をするだろう。
 そんなものは「想定問答集」どおりに打っちゃればよいのだ。

 日本には、憲法改正という、もっともっとだいじなことがある。安部内閣が目指す大きな目標を、わたしは強く支持する。


◆◆ 後記 ◆ ◆


 いくつかのブログを拝見しましたが、以下のものに注目しました:


「え? 安倍さんが韓国に譲歩? 敗北? んなわけないでしょ(笑)」
http://ameblo.jp/tokyo-kouhatsu-bando/entry-12111421307.html

 このかたの予想は、韓国側による蒸し返しは極めて困難だろうというもの。
 わたしの予想は、それでもやっぱり蒸し返して、本性をさらしてしまうだろうというものです。


「【従軍慰安婦】韓国政府と挺対協とハルモニ」
http://ameblo.jp/free-and-obligation/entry-12111159991.html

 いまや慰安婦問題は純粋に韓国の国内問題へと変質した、というもの。
 観点は正しいですね。でも慰安婦の前の「従軍」は余分だな。



 「慰安婦」を a sex slave と呼ばないことを韓国政府も公式に認めたわけですから、文春新書『英語学習の極意』152~155頁に書いたとおり、旺文社『オーレックス和英辞典』は「従軍慰安婦問題」の訳語を早急に改めてもらいたいです。


 「安倍外交は堂々の及第点だ」は、12月29日に無料配信したコラムです。
登録読者数は約 6,000名。あなたもメルマガ「国際派時事コラム」の読者になりませんか。
 ↓ こちらでアドレス登録ができます。
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最終更新日  Dec 29, 2015 04:51:32 PM
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Dec 28, 2015
カテゴリ:世界を見る切り口
 東宝映画「杉原千畝(すぎはら・ちうね)」が上映中だ。
 予告篇が繰り返し言う。杉原は国家・政府に「背いた」外交官だと。だから観に行く気にならない。

 靖國神社社務所が発行している月刊『靖國』の平成20年12月号に、上杉千年(うえすぎ・ちとし)さんが「ユダヤ難民を助けた日本人」と題して、杉原千畝が何を行ったのか、納得のいく形でまとめておられた。

 そもそも、ほんとうに杉原千畝のビザが日本国に背いて発行したものなら、日本国政府はユダヤ人難民に向かって冷徹に
「残念ながら、そのビザは違法なもので、無効です」
と言えばいいようなものだ。

 上杉千年さんの一文ではじめて腑に落ちるものがあった。

 わたしは当時それをブログに紹介したが、あらためてぜひ読んでいただきたく、以下転載します。

■ なぜ杉原千畝は日本人ゼロのリトアニアにいたのか ■

 杉原千畝がユダヤ人難民にビザを出すとき、具体的に外務省からどういう難題を突きつけられたのか、わたしは勉強不足でよく知らなかった。

 ミュージカル「SEMPO」で杉原千畝はユダヤ人難民へのビザ発給を始めるとき
「違法なビザを出すつもりはない」
とはっきり言う。
 外務省側の裁量で受入れ人数に制限があるのを無視したが、とにかく形式だけは満たした、ということのように思われた。

 上杉千年さんの講演録を読むと、興味深い事実がいろいろ分かった。いずれも常識に照らし合わせて腑に落ちるのである。

≪杉原千畝はリトアニアにただ一人で行っているのです、領事代理として。奥さんがついて行ってアシスタントをやっているわけです。

一人で行って何をやっているか。
領事というのは日本人の保護、貿易、そういうことをやる仕事です。ところがリトアニアというのは日本人はただ一人もいない。
結局、陸軍の要請で外務省が派遣したものだと思うのです。

あそこは第一次大戦以降独立国ですから、ソビエト、ポーランド、その辺の動向の情報をとるということで行っている。それで日本人が行っても情報がとれませんからユダヤ人を使うわけです。

何人かのユダヤ人を使って情報収集している。そこでユダヤとの関係が必然的にできてくるわけです。≫


■訓令は何と言い、本庁はどう指示したか■

 う~ん、なるほど! 
 ミュージカル「SEMPO」では、リトアニアはカウナスの街角で出会ったユダヤ少年のソリー・ガノールとの会話がユダヤ人との接点の始まりとなっているが、まぁ 現実はもっとドロドロしていたろう。

 ヒトラーが昭和9年8月19日に総統となりユダヤ人の国外追放を始める。
(これまた上杉さんの注記で知ったが、ユダヤ人虐殺が始まったのは昭和16年以降であり、それまでは「国外追放政策」だった。)

≪難民として出てきますから、それに対してどう対処するか。昭和10年にユダヤ人問題に関する帝国の方針が決まる。

帝国政府は、白系ロシア人(【泉注】ロシア革命後、ソヴィエト政権を受け入れずロシア国外に脱出・亡命した旧ロシア帝国国民)に対するのと同じように扱うことに決めたわけです。

どういうことが決まったかというと、日本の勢力圏を通る通過ビザについては250円、日本滞在を目的とする者は1,500円見当の見せ金を示せと。
それと通過ビザについては受け入れるところのビザが要る。

そういうことが、昭和10年3月12日 『独逸(ドイツ)避難民ニ関スル件』という訓令として決まったわけです。≫


 ああ、そういうことだったのか。
 たしかに、東京の街がホームレスと化したユダヤ人難民であふれたら大変だから、ちゃんと生活資力を持った者だけを受け入れるようにという訓令が出されたのは理解できる。

 そして、杉原千畝の眼前に集結したユダヤ人難民がこの条件を満足できぬことも。

■ たとえて言えば、こういうこと ■

≪杉原千畝が「ビザを発行していいか」と伺ったのに対して、本省からの訓令は「ビザを発行してはいけない」とは一言も言っていない。

「ビザ発行条件にしたがって発行しろ」と。

当たり前ですね。切符を売るのに、切符を売る条件にしたがって駅長は切符を売るわけでしょ。ただで切符をくれる馬鹿はいないわけです。

そこで杉原千畝は今でいう公務員、官吏ですから、訓令通りやらなきゃいけないわけです。
ところが、ビザの発行条件に合わない人がいっぱいいる。そこで彼はどう考えたかというと
「ここでとにかくビザを発行し、条件は日本へ着くまでに満たされればよい」
と。

だから、特例としてビザを発行している。

ウラジオストックに行くまでに、なんだかんだで、ひと月くらいはかかる。
その間に、アメリカのユダヤ人協会から金を送ってくれる。

少なくとも神戸にユダヤ人がおって、ウラジオストックから敦賀に着き神戸に行くので、神戸に滞在している間にはお金がはいる。
そこで帳尻があう。

すなわち、東京駅へ行って
「切符を売ってくれ」
「はい、250円」
「カネ、ありません。売ってください。名古屋まで行くとオバサンがおって金払うで」
「そうか、名古屋で払ってくれるのならええわ」
と言って駅長が切符を渡すようなものです。≫


 これは分かりやすい例えだ!
 規則を作ったひとも、人情駅長も、どちらも悪人ではないのである。

■「命のビザ」後に勲五等をもらった ■

 上杉千年さんは、いきどおる。

≪それを、教科書や世の中のマスコミは
「ビザを発行してはいけない、と外務省が言った」
と。

話が全然ちがうでしょ。

外務省は、「おカネを払っている者に切符を売れ」 と言っているのですから、当然の言い方でしょ。
で、通過ビザですから行き先がいるわけです。

さいわい、オランダの大使が南米の孤島みたいなキュラソー島(【泉注】現在もオランダの殖民地)に行くビザを発行してくれた。
もう一つの行き先は上海。上海は自由都市で、ビザなしで行けるのです。

問題はお金ですよね。見せ金。貧乏人もおれば……難民ですから……先付けということで処理した。
杉原千畝は非常に偉い人なんです。≫


 歴史に残る、話の分かる官僚だったわけですね、杉原千畝さんは。

≪こうして、ユダヤ人がどんどん来るから、ウラジオストックの領事館は困っちゃった。
杉原千畝の発行したビザを持っていますから対応しないわけにはいかないのです。

それでみんな船に乗せて敦賀に来て、日本の内地では軍も警察も県庁も何も干渉しなくて、兵庫県のごときは積極的に保護してやった。
それで神戸に落ち着いて。

アメリカへ行ける正規のビザを持っている者はアメリカに行った。
無い者は上海へ。どんどん上海へ行くわけです。≫


 日本人の常識からすれば、当時すべての人々が同情心120%でユダヤ人難民に接したと思うのであります。

≪杉原千畝は昭和15年9月に、バルト3国がソビエト領になるから出ていけといわれました。それでベルリンへ9月1日に行くわけです。

杉原千畝は事実上、訓令違反をやったのですが、ベルリン駐在大使から一言も文句がない。
文句がないということは本省から文句言ってきていないということですね。

その後、チェコ・プラハの市毛孝三総領事の後任として栄転していくわけです。
そしてどんどん栄転していって、昭和18年に三等書記官になるのですね。

昭和19年になったら勲五等をもらうんです。
訓令違反をして処罰された者が昇進したり勲章をもらえる道理がないのです。

すなわち、ユダヤ人を助けるということについては、帝国政府および陸海軍は積極的に認めておったからなんです。≫


■ 昭和22年の失職の理由 ■

≪杉原千畝は昭和22年4月に本国に帰り、岡崎外務次官から呼び出しをうけ、「あなたはやめてくれ」ということで6月7日に馘(くび)になる。

それをマスコミなどは
「ユダヤ人を助けた、訓令違反をやったから馘にした」
というのです。

昭和15年のことを昭和22年、しかも戦争終わってから馘にしますか、そんな理由で! 
常識で考えればわかるでしょう。

敗戦によって、外交官の身分の者は半分ぐらい馘になる。
外務省、要らないんですから。

ロシア課というのがあるでしょうけど、本国におったのが椅子を占めているから、杉原さんは失業ですよ。

だから 「ご苦労さまでした」 といって割増の退職金が出たというんですね。
要するに単なるリストラであったと思うわけ。≫


 上杉千年さんの文章を読んでいて、すがすがしく感じられるのは、いちいち常識に照らし合わせて納得できるからだ。
 歴史とは、幾千万の「フツウ」から成り立つ偉大な営みなのだ。

■ 樋口季一郎中将のこと ■

 上杉さんの語りで、あとひとつ心を引き寄せられたのが、わたしの尊敬する樋口季一郎中将にまつわるエピソードだ。

 樋口季一郎中将は、昭和13年に少将としてハルピン特務機関長であったときユダヤ人難民の満洲国入りを助け、昭和20年には札幌にいてソ連軍の千島侵略への抗戦を指示した救国の大英雄だ。

≪ユダヤ人を助けた人々は、敗戦後にユダヤ人により戦犯処刑より助命されました。
樋口季一郎さんは、終戦のとき陸軍中将として札幌にいた。

ソビエトは
「樋口季一郎というのは、ハルピン特務機関長、さらに札幌では第5軍司令官として占守(シュムシュ)島の最後の戦争をやったから戦犯としてよこせ」
とマッカーサー司令部に要求した。

マッカーサー司令部におるユダヤ人たちがすぐさま本国のユダヤ人協会に連絡したとみえて、アメリカのユダヤ人たちが国防省と国務省に圧力をかけた。

そこでマッカーサーに
「樋口季一郎を引き渡してはいかん」
という指示が来たので、樋口さんは助かった。
しかしご本人は知らないわけです。

ところがアインシュタインの昭和25年頃の来日の歓迎パーティーで、ユダヤ人のミハイル・コーガン氏が内幕を話した。
それで樋口さんは「あぁ、そうだったか」とわかる。≫


 樋口季一郎というひとに、泉ユキヲはホレています。どんな 人となり だったのでしょう。
 映画「樋口季一郎という男」。ぜひ作っていただきたいものです。

◆◆ 後 記 ◆◆

 さいきん「よもぎねこ」さんが杉原千畝について書いている以下のサイトを知りました。
 あわせてお読みいただくと興味深いです:

「消されたオランダ領事 映画杉原千畝」
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5355.html

「ユダヤ人はソ連から逃れた 映画杉原千畝」
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5356.html

「戦後外務省の悪意 映画杉原千畝」
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5357.html


「杉原千畝は日本国に背いてはいない」は、12月28日に無料配信したコラムです。
登録読者数は約 6,000名。あなたもメルマガ「国際派時事コラム」の読者になりませんか。
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最終更新日  Dec 28, 2015 02:41:25 PM
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Aug 23, 2015
カテゴリ:世界を見る切り口
Saugato Datta 著 『英エコノミスト誌のいまどき経済学』 (日本経済新聞出版社、平成26年刊) を読んでいたら、若干古いデータに基づいているが、こんなくだりがあった。
誰でも簡単に指摘できそうなのに、じっさいに指摘されることはほとんどなく、それでいて実に建設的な視点だ。

≪経済実績の唯一にして最良の尺度はGDPの成長率ではなく、1人あたりのGDPの成長率であり、これは平均的な生活水準のおおよその目安となる。≫

≪GDP成長率はアメリカの相対的な実績を、実際よりもよく見せる。
アメリカの人口は移民と高い出生率のおかげで、年1%というはるかに速いペースで増えているからだ。

これに対して日本国民の数は、2005年から減り続けている。この点を考慮すると、日本の1人当たりのGDPは2003年から2007年にかけて、年率2.1%で増加していた。これはアメリカの1.9%よりわずかに大きく、ドイツの1.4%をはるかに上回る。

言い換えるなら、日本経済に関する一般的な悲観論とは裏腹に、日本は平均所得の伸び率が3つの経済大国のうちで最大だったのだ。しかもG7のなかでも、イギリスに次ぐ第2位である。≫
 (20~21頁)

≪1人当たりGDPが人々の繁栄を測る優れた尺度であるとしたら、政府はなぜ四半期ごとにそうした数値を標準的なGDPの値とともに発表しないのか?

たしかに、人口統計は概してGDPの値ほどには更新されず、通常、四半期ベースでは手に入らない。しかしそれは苦しい言い訳だ。人数を数えるほうが、多様な経済生産を評価するよりよほど簡単だろう。

平均的な生活水準が上がっているのか下がっているのかを知る権利が国民にあるというだけではない。そうした数値を発表することが利益につながる国もある。

当時は日本経済が「低迷している」という報道がいつ果てるともなく続いていたが、もしも日本政府がそれとは逆に、近年の1人当たり所得がむしろ成長していることに注意を促していたら、消費者は元気づけられて支出を増やしていたかもしれない ―― つまり、GDP成長率はさらに大きくなっていただろう。≫
 (24頁)






最終更新日  Aug 23, 2015 07:31:20 PM
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Aug 15, 2015
カテゴリ:世界を見る切り口
 「終戦の日か、敗戦の日か」という言い草があります。
 「終戦は8月15日なのか。それとも?」という議論もあります。
 わたしは、どう整理しているか。

    8月15日  終戦
    8月22日  停戦
    9月2日   敗戦

 昭和20年8月15日付で「終戦の詔書」が煥発(かんぱつ)されます。
 「終戦」は「戦(いくさ)が終わる」ではありませんね。「戦ヲ終エントス」の日であります。
 戦争「を」終わらせようと決めた、のであり、残念ながら実際の戦争はまだ終わりませんでした。

 帝国陸海軍に対しては8月15日付で「停戦命令」が発布されます。戦闘する相手の軍と停戦を取り決めよという命令です。相手の軍が応じなければ、やむなく戦闘を続ける必要は存在しました。

■ 停戦までの祖国防衛戦 ■

 昭和20年8月18日午前1時半、わが祖国の領土である北千島の北端、占守島(しゅむしゅとう)にソ連軍が攻め込みます。北海道をソ連領にしよう(=侵略しよう)と意図した、大東亜戦争の延長戦です。

 このソ連侵攻の第一報を札幌で受けたのが、わたしが尊敬してやまない樋口季一郎(ひぐち・きいちろう)中将です。
 樋口中将は「自衛戦闘」を指示しました。
 それに応えて、ソ連軍に対して猛烈な逆襲を繰り出したのが、池田戦車連隊。当時の精鋭部隊で、戦車隊の戦闘は日本軍の大勝利でした。この守備隊が、日本軍の戦闘能力と気概をソ連に見せつけ、
時間稼ぎをしてくれます。

 ソ連軍の別部隊は、北海道侵略を目指して留萌(るもい)沖合に集結します。なるほど留萌から上陸すれば、札幌と旭川へ容易に進軍できます。

 しかし、未解明の「国際政治」が動き、留萌に上陸寸前のソ連軍はモスクワから8月22日に転進命令を受け、8月23日未明までに全部隊が北海道の北を回って南千島の占領に向かいます。

 北千島で日本軍第六方面軍が8月18日から繰り広げた祖国防衛戦は、8月22日にソ連軍と停戦を取り決めることで終了します。
 だから、8月22日が日本国防衛戦争の停戦の日なのです。「戦(いくさ)ヲ停(や)メタル」日です。
 こちらの自由主義史観研究会サイトに8月22日の停戦のことが詳述されています:
http://www.jiyuushikan.org/rekishi/rekishi-324.html


■ 9月3日を記念日にする中国の馬鹿さ加減 ■

 そして9月2日に「降伏文書調印に関する詔書」が煥発されます。東京湾に浮かぶアメリカ戦艦ミズーリ号の艦上で、降伏文書の署名が行われます。
 これが、敗戦の日となりました。「戦(いくさ)ニ敗(やぶ)レタル」日です。

 連合国側の Victory over Japan Day 略して V-J Day は、英国では8月15日、米国では9月2日です。

 中国では、降伏文書署名の翌日である9月3日が「中国人民抗日戦争勝利記念日」とされており、ずいぶん間の抜けた話であります。
 国慶節を10月2日とするようなものですな。
 記念日にするなら、降伏文書調印当日である9月2日にするのが正でしょう。

 9月3日を記念するのは、中国国民党が昭和20年9月3日を急遽「記念日」として休日にしたのが起源。当日は休みにするのが間に合わず、翌日に休んじゃいました ということで、それを共産党も引き継いで記念日にするわけですから、ふざけた話であります。

 ちなみに中国国民党政府が南京で日本軍の降伏文書を正式に受理したのは昭和20年9月9日でした。






最終更新日  Aug 15, 2015 11:45:05 AM
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May 1, 2015
カテゴリ:世界を見る切り口
 安倍首相の「希望の同盟へ」演説をわが外務省のサイトで読んで、目がうるうるした。まことにみごとな演説で、全文を教科書に載せてもいいと思う。
(全文、というのがポイントで、教科書執筆者の恣意に任せようものなら、自衛隊の国際貢献について具体的に語った箇所など、真っ先に削除されかねない。)

(英文原文)
http://www.mofa.go.jp/na/na1/us/page4e_000241.html

(外務省の和訳)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_001149.html

 前半はユーモアに満ち、米国人の心をぐっとつかむ。安倍総理の人間味も伝わってくる語り口だ。
 日本そして安倍総理と関わった大ぜいの米国人の名を挙げることで、この日の演説の内容には数多くの証人がいるのだという印象を与える。この構成も秀逸。 
 
 一読してわかるのは、単に霞が関の外務官僚らが切り貼りした和文を英訳したものではないこと。英語原作の憲法はサイテーだが、英語の演説はやはり英語原作でなければダメだ。

■ 日本は戦勝国だ ■

 日米がともに戦勝国であることをうたっているのが良い。

In the end, together with the U.S. and other like-minded
democracies, we won the Cold War.
That's the path that made Japan grow and prosper.
And even today, there is no alternative.

≪そしてついに、米国および志を同じくする民主主義諸国とともに、われわれは冷戦に勝利しました。
この道を歩むことで日本は成長し繁栄するに至ったのです。
これ以外の道がないことは、今日も同様です。≫

(なお、和訳は泉が英文から訳した。以下、同じ)

 第二次大戦時そもそも存在しなかった共産中国と韓国が
「戦敗国の日本はオレたちにひれ伏せ」
と かまびすしい昨今であるが、とんでもない話で、
「冷戦終結を以て日本は戦勝国となった。中国は、ちがうよね」
という正しい歴史認識ののろしを上げたものと言ってよろしい。

 中国はもとより、韓国もすでに like-minded democracy とは言えまい。残念なことである。

■ 自責の念は、戦後すぐの話 ■

 この豊穣な内容の演説を読むにつけ、メディアがこぞって取り上げた例の箇所をことさらに論じるのは、あまりに「ためにする」ことと忸怩(じくじ)たる思いだが、わたしなりに語ろう。

Post war, we started out on our path bearing in mind
feelings of deep remorse over the war.
Our actions brought suffering to the peoples in Asian
countries. We must not avert our eyes from that.
I will uphold the views expressed by the previous prime
ministers in this regard.

≪戦争直後、日本国民はあの戦争に対してやるせない自責の念を心の中に抱きつつ歩み始めました。
われわれの行為でアジア諸国の国民に苦しみをもたらしたのです。そのことから日本国民は目をそらしてはなりません。
この点に関してわたしは、わが国の首相たちがこれまで表明してきた見解を引き継ぐものです。≫


 外務省訳が「戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました」とあるが、誤訳である。原文の英語は started out on our path とあるのだから「歩みを刻み始めました」である。

 つまり、外務省訳にいう「先の大戦に対する痛切な反省」は、あくまで、歩みを刻み「始めた」時点に抱いたものであり、今日なお deep remorse を抱いているとは、どこにも言っていない。
 それでよろしい。

 今回使われた remorse という単語も、上手に選んだものだ。「内心に宿す自責の念」としては相当に強いことばだ。
 あくまで個々の人間の内心に属する感情であり、国家機構としての意思を言うものではない。

 内心に属するものであるがゆえに、謝罪という行為とは別である。

 それでいて、安倍総理の演説を聞く米国人らは、安倍総理自身が現在進行形で deep remorse を抱いているという印象を持つ。
 「アベはアブナイ政治家だ」と触れ回る中・韓のエージェントらによる中傷を払拭するために大いに役立つことばを選んだものだ。

■ これっきりですね、の思いを引き継ぐ ■

 村山総理も小泉総理も、例の「おわび」を述べたときは、「これっきり」と思って述べたに違いない。
 ここまで繰り返し平身低頭を要求されることなど想像もしていなかったし、ましてや サンフランシスコ平和条約や日韓基本条約、日中友好条約を反故(ほご)にせんばかりの「賠償要求」を受けることなど想定もしていなかった。

 ≪この点に関してわたしは、わが国の首相たちがこれまで表明してきた見解を引き継ぐものです≫ と安倍総理は言ったのである。



 英語原文を読んでいると、東京都硫黄島(いおうとう)のことを Ioto と呼び、そのあと米国人の言を引用するなかで Iwo Jima の名を使っている。

 日本では、硫黄島(いおうじま)は鹿児島県の薩南諸島北部に位置する小島だ。
 わが軍が祖国防衛戦を繰り広げた島は、硫黄島(いおうとう)なのである。

 ところが米国人にとっては、聖戦を繰り広げたのは Iwo Jima ということになっていて、この日本領の島に星条旗を立てる兵士らの姿の記念彫刻も Iwo Jima と称する。

 Iwo Jima という名称にも言及しつつ、正しい名称の Ioto を米国で正式にデビューさせたあたりも、この演説の起草者の偉いところだ。






最終更新日  May 1, 2015 06:47:42 AM
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Jan 11, 2015
カテゴリ:世界を見る切り口
12年前に出た未来予測と提言。12年を経て、地方創生が説かれる今だからこそ、政治家・官僚や社会評論者にも広く読んでもらいたい本。
外国人労働者を大量に入れて人工減少を食い止めましょうなどという依然健在の愚論は、はなから切って捨てている。人間の幸福とは何かという問いを軸にしていて、すがすがしい。


松谷明彦・藤正 巖 著『人口減少社会の設計 幸福な未来への経済学』(中公新書、平成14年刊)

前半の経済分析では、日本企業の「売上高至上主義」をしきりと嘆く。この辺りは、12年経ってみて世の中が変わったことを実感する。今や当期純利益を争い、プロジェクトごとに投資効率を問うことが普通の姿になった。
本書を読むと、日本で長年言われてきた他国と比較しての「労働生産性の低さ」という問題も、利益額でなく売上高至上の経済が招いたものだ。国際比較における労働生産性は、1人あたりの利益額(=所得額に通じる)で決まるものだから。

かつての売上高至上主義の理由は、日本企業が資金調達を株式市場からでなく銀行借入に頼ったからだと指摘している。
銀行としては、貸付残高を増やし、できるだけ高い金利で貸したい。利益率が低い企業への貸付は金利を高めにできるし、投資効率が悪くても生産規模を拡大し経営多角化をしてくれれば貸付残高が増やせる。なるほど、株価の上昇を望む株主とは異なる視点だ。

≪縮小経済における自由競争とは、自分の企業をいかに適切にスリム化できるかという競争である。≫(110頁)というくだりは、12年前にはビックリするような指摘だったろう。
今となってみると、「多角化から本業回帰してM&Aで規模拡大」というのが目下のトレンドと思う。

本書の「幸福」の便宜的定義は、「労働時間あたりの所得が多いこと」→「余暇のための時間が多いこと」。
妥当だが、両項が矢印でつながらないことが多いのが現実かな。
日本的経営は戦中戦後をひきずり、「賃金水準を抑えつつ雇用数を増やすこと」を至上価値にしてしまった。人口減少社会は、それを変える好機だと本書は説く。

≪人口の将来推計をしてみると、高齢化率はやがて30%に近くなってそれ以上あまり高くはならない。2030年以降の日本がこれにあたると予測される≫(115頁)という指摘など、将来予測の前提としてよく認識しておくべきところだ。際限なく老人の率が増加するわけではない。高齢死亡者が生まれる子供よりもどんどん多くなる社会ということ。

医療費についても、自費診療・混合診療が増えて、市場の見えざる手が医療の生産性を向上させ、医療費削減の動向が生じるだろうと予測している。さらに、拡大した自由医療市場は世界へ向けて開かれようと。
その方向に少しずつだが確実に向かいつつあることを実感する。

3大都市圏(首都圏、名古屋、京阪神)以外の地域の安定的所得源として「農業」を挙げているのも新鮮で、かつ今日あらためて正論だなという思いがする。
農業といっても、農業生産だけではなく、≪農業を核とし、農機具・農業装置の製造業、培土・肥料・農薬等の化学産業、食品加工業などの関連産業を有機的に組み合わせた重層構造の産業群≫(164頁)である。

日本の地方都市の中心部に人通りのない「シャッター通り」が増えるのも、都市設計の思想が古いからなのだろう。193~200頁に紹介されるイギリスの地方都市の様子は、成熟社会の姿として示唆に富む。

≪どのような町でも日中にきわめて人が多い≫理由は、
・街の中央に歩行者天国(pedestrian zone)があり、歩行者以外はバスや郵便車などの公共の車だけしか入れないようになっており、ベンチが街のあちこちにある。
・車椅子やシニアカー(電気駆動の四輪車)に乗ったひとたちも多い。
・街の中心に多くの公共施設が存在し、それを歩行者天国が結んでいる。図書館が目抜き通りにある。大学も街の中心部にある。大学の多くは≪日本でいえば短大にあたるような、何々カレッジと書かれた学校や、何々分校と書かれた有名大学の分校である。そこにはいわゆる生涯学習の場として College of Further Educationという標識が立っていたりする。≫

そういう町が日本にもどんどん生まれれば、どんなにいいだろう。
我々が抱くべき夢は、まだまだたんとあるではないか。それは、すばらしいことだ。

本書では、地方の賑わいの場のイメージとして、大型の「道の駅」とその周辺に公民館や物販店、食堂、催し物会場、さらには場所によっては日帰り温泉、医療保健センター、在宅介護センターなども集まっているという事例を挙げている。

日本の「道の駅」でそれができるのは、まさに「道の駅」として若干辺鄙な(=地価の安い)ところに、無料駐車場を核とした広がりだからだろう。
本書では地価の問題については触れていないが、日本人の夢がけっきょく すくんでしまうのは、街の中心部の地価が分不相応に高いことにあるのではないか。

いろんなことを考えさせてくれるいい本だ。






最終更新日  Jan 11, 2015 03:16:42 PM
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Dec 29, 2014
カテゴリ:世界を見る切り口
勤務先の新人社員も、おどおどした感じが消えて頼もしくなりました。
「企業の社会貢献」ということがとみに問われる昨今ですが、若いひとを一人前の社会人に育てていくという当たり前といえば当たり前の基本が、じつは企業のだいじな社会貢献なのかもしれません。

突然こんな話題を持ち出したのは、新卒一括採用の習慣が日本の若年層(じゃくねんそう)の失業率を大きく下げているという事実を知ったからです。

リクルートキャリア「就職みらい研究所」の岡崎仁美所長によれば
≪日本の若年者(じゃくねんしゃ)(15~24歳)の失業率は、アメリカ、イギリス、フランスなどの諸外国に比べて低い。
2013年の若年層の失業率は、アメリカ15.5%、イギリス20.9%、フランス23.9%に対し、日本6.9%となっている。この差の一因に「新卒一括採用」の存在があります。≫

(産経新聞 平261217・15面「就活コンシェルジュ」)

採用結果の効率性だけを考えれば、新卒採用はできるだけ減らし、それなりに業務経験を積んだ30代の働き盛りを雇用するほうが、「採用ミス」を減らせるかもしれない。

新卒一括採用があるから日本社会では転職が難しいというところもあるわけで、これまでわたしは新卒一括採用はできるだけ減らして中途採用者で雇用の半分くらいを確保する体制にもっていくのがあるべき姿だという持論だったわけです。

しかし、もし日本社会がそちらに舵を切ってしまうと、20代前半の未熟な青年諸君を企業は取ろうとしなくなってしまう。イギリスやフランスなみに、若年層の失業率が20%台に達したりしたら、それは「よい社会」だとは言えない。

そんなことを考えさせられた数字でした。






最終更新日  Dec 29, 2014 07:58:08 PM
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Aug 30, 2014
カテゴリ:世界を見る切り口
アダム・スミスは21世紀の中国が沈滞国家になることを見透かしていたのだね。

≪アダム・スミスは『国富論』のめったに引用されない2つの節で、彼が「定常状態」と呼んだもの、つまりかつて豊かだったが成長を止めた国の状態を説明している。≫ (11頁)

その定常状態の特徴は、第1に大多数の人たちがおそろしいほどの低賃金に甘んじていること。第2に腐敗した独占的なエリートが、法・行政制度を自分の利益になるように利用できること。

アダム・スミスは18世紀の清国を眺めながらこの2点を指摘したわけだが、21世紀の中国もそっくり同じ要素がセットになっている。


ニーアル・ファーガソン著、櫻井祐子 訳 『劣化国家』 (東洋経済新報社、平成25年刊)

では中国の官僚制度が肥大したものだったかというと、そうでもないという。

≪中国王朝国家は、国防や飢餓救済に始まり、運河などの商業基盤や農業技術の普及など、実にさまざまな公共財を提供しようと努めたが、高度に中央集権化された官僚主義は人口の割に貧弱すぎた。

所有権は、税率が(西洋の基準から見て)低いままほとんど変化しなかったという点で、まだしも確保されていたが、商法は存在せず、裁判官は法律よりも文学や哲学の研究に余念がなかった。彼らは「法的裁定よりも妥協」を求め、契約執行を民間のネットワークに委ねた。

末期の清国家は遅まきながら商業分野に足を踏み入れたが、生産性を阻害するような形で介入した。商人に重税を課し、政府やその代理人を効果的に抑制するしくみをもたずに、独占的な組合に権限を委譲した。その結果、汚職の蔓延と経済収縮を招いたのである。≫
 (109頁)

小さな政府であったがゆえに統治行為そのものを民営化し、よい意味での公共(おおやけ)を打ち立てられなかったわけだ。

かくして、公共の権威は低い。

≪1990年代半ばの中国では、民事判決と経済判決の平均的な履行率が、初級裁判所で60%、中級裁判所で50%、地方高等裁判所では40%だた。つまり、当時中国で下されていた判決のほぼ半数が、書類上でしか存在しなかったことになる。

多額の未払い債務が絡むことの多い契約紛争、つまり銀行や国有企業が関わる紛争では、平均的な履行率は当局による推定値でさえ12%にとどまった。≫
 (128頁)

この原資料は、Donald C. Clarke, “Power and Politics in the Chinese Court System: The Enforcement of Civil Judgements,” Columbia Journal of Asian Law, 10, 1 (1996), pp. 1-125 の由。



諸国家の財政赤字についてファーガソン教授は
≪問題の核心は、公的債務というしくみのおかげで、現世代の有権者が、投票権を持たない若者やまだ生まれていない人たちのカネを使って生きていけることにある。≫ (52頁)
と明快だ。

≪わたしがここで言いたいのは、世代間の社会契約をいかにして回復するかが、成熟した民主主義社会が取り組まねばならない最大の課題だということだ。≫ (55頁)

だから政府も一般企業にならって、国家の公的部門の貸借対照表(バランスシート)を作成すべきだという。「世代会計」を定期的に作成して、目下の政策がそれぞれの世代に与える影響を明らかにすべきだと。



米国の中東政策についても、あっさりホンネベースでこう述べる。

≪対武装勢力戦に疲れ果て、フラッキング(水圧破砕法)によって豊富な化石燃料(=シェールガス)が利用可能になったこと――2035年までに中東への石油依存から脱却できること――に気づいたアメリカは、中東地域での40年にわたる覇権を急いで終わらせようとしている。

この真空を埋めるのが誰なのか、または何なのかはわからない。核武装したイランなのか? それとも新オスマン主義のトルコ? ムスリム同胞団の率いるアラブ・イスラム主義者だろうか?

誰であれ、流血なしにトップに躍り出ることはできまい。≫
 (180~181頁)

超大国なき地球はいっそう不安定なものになる。超大国に悪態をつきつつ、我々はずいぶんとラクをさせてもらっていたのかもしれない。






最終更新日  Aug 30, 2014 11:52:39 PM
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Aug 16, 2014
カテゴリ:世界を見る切り口
ネット上の孫引き引用なので内容が正しいものかどうか分らないのだけど、「ソニーの開発18か条」というのがあった。

このブログが出元になって複数のブログに転載されていた:
フリーランスとか大手とか言ってないで「ソニーの開発18か条」を今こそ振り返ってみよう!


これを紹介した shogo_shibusawaさんによれば
≪これは、ウォークマンの開発に携わった大曽根さんという方のチームで唱えられていたものだそうです(出井さんCEO就任前に)
とのこと。だったら、「ソニーの」というより「大曾根さんの」18ヶ条というべきかも。ソニーにこの原則が共有され続けて大企業病に陥らずにいたら、いまのソニーは違うソニーだったかもしれない。


≪ソニーの『開発18か条』

第1条: 客の欲しがっているものではなく客のためになるものをつくれ。

第2条: 客の目線ではなく自分の目線でモノをつくれ。

第3条: サイズやコストは可能性で決めるな。必要性・必然性で決めろ。

第4条: 市場は成熟しているかもしれないが商品は成熟などしていない。

第5条: できない理由はできることの証拠だ。できない理由を解決すればよい。≫


じつはこの第5条が、いちばんビビッときた。
自分にも、直したいビョーキがあるけれど、それを直すには「直せない理由」を挙げてみればいいってことだろうね。
いきなり「直すにはどうするか」という切り口で考えるのではなく、まずは順序として「なぜ直せないか」を考えることからスタートするってことだ。

でもね、
「できない理由はできることの証拠だ」
というスローガンそのものは、危険だね。
「やればできる」で見込みのないプロジェクトや業態に部下を巻き込み、うまくいかないとチャッカリ自分だけ逃げて部下を墓守(はかもり)にするトンデモない処世を、イヤというほど見てきたからね。

ものごとを始める前の最初の目利きって、とってもだいじだよ。

≪第6条: よいものを安く、より新しいものを早く。

第7条: 商品の弱点を解決すると新しい市場が生まれ、利点を改良すると今ある市場が広がる。

第8条: 絞った知恵の量だけ付加価値が得られる。

第9条: 企画の知恵に勝るコストダウンはない。

第10条: 後発での失敗は再起不能と思え。≫


この第10条は、いかがなものかと思うね。こういうスローガンが唱えられると、時期尚早のプロジェクトや業態に会社を巻き込みがちだ。
「先発での失敗より後発での失敗のほうが傷が浅い。ただし先発での成功は後発での失敗よりはるかに大きい果実を手にする」のでは?

いや、やはり「後発組は先発組に早く追いつこうとして冷静さを失い過剰投資をし、失敗の墓穴も深い」ということかな。

≪第11条: ものが売れないのは高いか悪いのかのどちらかだ。

第12条: 新しい種(商品)は育つ畑に蒔け。

第13条: 他社の動きを気にし始めるのは負けの始まりだ。

第14条: 可能と困難は可能のうち。

第15条: 無謀はいけないが多少の無理はさせろ、無理を通せば、発想が変わる。≫


「ただし、部下に無理をさせたあとの失敗の責任はちゃんと取れ」という一言がほしいね。

≪第16条: 新しい技術は、必ず次の技術によって置き換わる宿命を持っている。それをまた自分の手でやってこそ技術屋冥利に尽きる。自分がやらなければ他社がやるだけのこと。商品のコストもまったく同じ。

第17条: 市場は調査するものではなく創造するものだ。世界初の商品を出すのに、調査のしようがないし、調査してもあてにならない。

第18条: 不幸にして意気地のない上司についたときは新しいアイデアは上司に黙って、まず、ものをつくれ。≫






最終更新日  Nov 2, 2014 11:47:02 PM
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