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2021年05月04日
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下記の記事は朝日Reライフネットからの借用(コピー)です

慣れ親しんだ自宅で“幸せな最期”を迎えるにはーー。社会学者の上野千鶴子さんが、シリーズ最新作『在宅ひとり死のススメ』を出しました。ベストセラーとなった『おひとりさまの老後』から14年。「おひとりさまでも、認知症でも大丈夫。ひとり静かに死んで『孤独死』とは呼ばれたくない」と語る真意を聞きました。
老後に子どもと同居するのは幸せか
 上野さんが『おひとりさまの老後』を書いたのは2007年、58歳の頃。当時、おひとりさまは「おかわいそうに」「おさみしいでしょう」と言われることに一石を投じようと出した本だったという。それが、おひとりさまだけでなく既婚の女性たちの共感も呼んでベストセラーに。続いて『男おひとりさま道』や『おひとりさまの最期』が出版されて“おひとりさま三部作”となった。
 かつて「子どもと同居することが幸せ」だと当たり前のように考えられていたのが、いまや週刊誌で老後特集があると、「子どもとの同居はNG」と取り上げられるようになった。同居だけでなく、「孫の教育資金を出す」「自分の家を売って手放す」などは、いずれも上野さんが「やってはいけない」と言い続けてきたこと。「14年前はおそるおそる言った“非常識”なことが、“常識”になってきた。この変化が10年ちょっとで起きたのだから驚きます」と振り返る。
家で死ぬのに医者はいる? いらない?
 『おひとりさまの最期』から6年たち、今回は「介護現場の経験値がさらに蓄積されてきた。そのことを広く知ってもらいたい」と筆を執ったという。
 戦後の高度成長期に病院で亡くなる人の割合が急増したことで、「最期は病院で迎える」ことが当たり前に。一方、在宅での看(み)取りは難しく、ましておひとりさまが自宅で最期を迎えることは非常識だと考えられてきた。しかし、2000年に介護保険制度が導入されたことで、介護現場の意識は徐々に変化してきたという。上野さんは「最初は、訪問看護に携わる人たちが『家で死ぬのに医者はいりません』と言い出しました。続いて介護職の人たちも経験値が上がり、『家で死ぬのに医者も看護師もいりません』と言うようになりました」と話す。病院でもなく、施設でもない、自宅で最期を迎えることが現実的な選択肢になってきた。
 その上で、「かつては家族がいないとできないと思われていた在宅の看取りが、家族がいない方が良いくらいまで変わった」と指摘する。家族がいることで介護保険制度を利用できなかったり、本人の意思に反して施設に入れられたりすることもあるからだ。
 上野さんが「在宅死のひけつは独居であること」と表現するほど、介護現場の経験値が積み重なってきているという。
問題は孤独死ではなく「孤立した生」
 「ひとり静かに死んだとき、『孤独死』とは呼ばれたくありません」と語る上野さんは、ひとり暮らしの高齢者がひとりで亡くなることを「在宅ひとり死」と名付け、広めてきた。新著では、老後はひとり暮らしの人のほうが幸せを感じているというデータを引用し、ひとり暮らしを「撲滅すべき社会問題」として捉えるべきではないと指摘する。「本当の問題は、死後に発見されることよりも、生きている間の孤立だということは忘れないようにしたい」

「嫁のタダ働き」が「労働」に 介護保険20年の意義を上野千鶴子さんが解説

草の根の女性たちを追って介護研究へ
 介護保険制度が導入されたのは2000年。女性学の専門家である上野さんは、その1年前に介護の研究を始めたという。その理由を、「草の根の活動をしている女性たちを応援してきて、当時、生協の助け合いボランティアなどが介護保険の認定事業になるかどうかの境目でした。こんな制度は歴史上日本にはありませんでした。この歴史の転換点を、現場の人たちがどう乗り越えていくのかに関心がありました」と振り返る。
 それから20年間、介護現場を歩き続けた。「日本の介護は、福祉先進国に比べれば、お金とマンパワーは絶対的に少ない。しかし、ケアの質は世界に誇れる。やってきたことに自信を持っていい」と評価する。
介護は「タダ」ではない
 「私以外の論者がめったに指摘しないことがあります」と上野さんは続ける。「この20年間で、『介護はタダではない』という常識が定着したことは、ものすごく大きな変化です」。他人にやってもらうとお金がかかると人々が気づいたことで、家の中であっても価値のある仕事だということが、やっと認識されるようになったからだ。
 「女性が家でやってきた介護は『タダ働き』が当然だったのが、よその家で介護をすれば対価が発生する『労働』に変わった。かつては嫁が舅(しゅうと)や姑(しゅうとめ)を介護しても当たり前で、『ありがとう』さえ言われませんでした。タダ働きだったことが『見える化』したことの効果は大きいです」
「明日は我が身」と心得よ
 しかし、介護保険も安泰ではない。法律で3年ごとに見直しを検討することになっていて、政府は利用を抑制する方針にすでに舵(かじ)を切っているからだ。上野さんは新著『在宅ひとり死のススメ』の中で、「介護保険が危ない!」というテーマに1章を割いた。介護保険が改定される度に使いにくくなってきた歴史をひもとき、制度を空洞化させる政府の方針に警鐘を鳴らす。「若い世代は、自分の問題だと考えてほしい。介護保険が危ないということは、あなたの親とあなた自身の老後が危ないということ。明日は我が身です」と説く。
 介護保険があることで、親と同居しなくてもすむようになった。若い世代もいずれ年を取って介護される側になる。いま40代の人が要介護になるのは40年後かもしれないが、その時も介護保険の制度が持続可能でなければ、安心して暮らせないだろう。
子どもには「ほどほどの負担」を
 「昔は、介護のために自分の人生を犠牲にするほどの負担を強いられましたが、いまは介護保険のおかげで、介護のために家族の誰かが犠牲にならなくてもすむようになりました」。上野さんは、介護保険が始まる前に「嫁」として介護で苦労した女性たちが「子どもには頼りたくない」と言うのを不思議に感じるという。「もちろん家族の負担はゼロにはなりません。介護保険を使って、背負いきれないほどの負担ではなく、背負える程度のほどほどの負担を子どもに背負ってもらったらいいでしょう。親の死に方は子どもへの最後の教育。子どもたちも、親を看(み)取ったあとに『頑張って介護したよね』という満足感と『これでやっと解放されたね』という解放感の両方の気分を味わったらいいと思うのです」






最終更新日  2021年05月04日 15時30分06秒
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