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テーマ:身辺雑記(4859)
カテゴリ:独露研修記
きっちり約束を果たしてくれた椎名さん
「この本いつか本の雑誌で紹介させてもらいます」 椎名さんが手紙にそう書いてくれてから私は毎月『本の雑誌』を確認するようになった。 『本の雑誌』には椎名さんたちのオススメ本が多数紹介されている。 巻末近くには「掲載図書索引」があり、ここを見れば今月号はどんな本が掲載されてあるのかすぐわかる。 紀伊国屋に入ると真っ先に『本の雑誌』を手に取りすばやくここを確認する生活がつづいた。 『本の雑誌』2001年10月号・11月号にはまだ『独露研修記』は紹介されなっかた。 そして12月号。 102頁「掲載図書索引」【た】行の後ろから2行目に「独露研修記…111」の文字を発見。 オオ~。 思わず鳥肌が立つ。 素早く111頁を開く。 巻末近くにある102頁「掲載図書索引」よりさらに巻末の「●今月のお話」である。 これは椎名誠さんの4頁にもわたる文章だ。 今月の題は「おれ、ぼく、もしくは、わたし」。 111頁3段組の1段目、後ろから8行目にある『独露研修記』が目に飛び込んできた。 そのあたりを一文字一文字たしかめるようにして読む。 送られてきた本で、たちまち読んでしまったのは、『独露研修記』(原田誉一/文芸社)であった。 ドイツとロシアを大阪の学校の先生たちが環境問題をテーマに旅する話で、自費出版のようでもあるから、まあプロの旅行記とはちょっと違うが、逆に言えば、営業出版のあざとさがなく、この旅話の数々を実に「ああそうなんだろうなあ」と素直に頷きながら読むことができるのである。 この本で著は自分のことを「われわれ」と表記している。 複数の研修団の旅であるから「われわれ」は実に自然である。 そういえばわが著書に『わしらは怪しい探検隊』というのがあった。 もう二十数年前に書いた本で、そのころは「わしら」という言い方がなんだかすごく気に入っていた。 「わしら」の「ら」が重要なのであって「わし」ではだめなのだ。 「わし」ではモロに正真正銘のおとっつぁんになってしまう。 量的には、椎名さんが書いた「おれ、ぼく、もしくは、わたし」という題の「今月のお話」という文章の1割ほどである。 拙著『独露研修記』が、憧れのあの椎名誠さんの文章の中で、話題想起の接続詞的役割を果たしている。 何度も何度もこの部分をくりかえし読んで興奮したのを今でも覚えている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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