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2007年02月19日
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テーマ:相撲(1783)
カテゴリ:スポーツ
週刊現代誌上で新たな注射疑惑が出てきました。今度の証言者は往年の名横綱輪島の元夫人です。

輪島といえば、私が相撲を見るきっかけとなった力士です。私が相撲を見始めたのはまだ小学校に入る前でしたが、ちょうど輪島と北の湖が競り合っている頃でした。

輪島は学生相撲から角界入りしてわずか3年半で横綱にかけ上がり、天才横綱と言われていました。学生相撲出身の横綱は今でも輪島しかいません。体重は130キロそこそこと軽かったものの腕力が強く、右おっつけからの強烈な左下手投げや、両まわしを引きつけての吊りなどを得意としていました。

そんな輪島も押し相撲は苦手としていて、特に高見山(現東関親方)には金星を7個も提供するなど、よく負けていました。高見山に左のど輪右おっつけで一気に土俵の外へ持っていかれて負けたシーンを私も何となく覚えています。高見山戦に関しては輪島は弱い横綱でした。

しかし輪島も30歳を過ぎたあたりからはあまり高見山に負けなくなりました。高見山のパワーが落ちてきたからだと思っていましたが、今回の記事を読む限り、どうも注射で星を買っていたのかもしれません。かつて週刊ポストでも輪島の注射がとり上げられたことがあり、東関部屋の玄関の柱は輪島の(注射の)おかげで立ったようなものだ、などと書かれていました。

ただ、注射を巡る状況は今とは少し違ったようです。記事によれば、当時は基本的にはガチンコで、ここ一番だけ注射だったようです。病気で体が悪くなった時に医者に注射を打ってもらうように、ここ一番で使われていたのが注射だったようです。それに比べて、今の朝青龍のように片っ端から注射で星を買うようなやり方は、もはや注射とすらいえない、というコメントも書かれていました。

現役力士に関する八百長報道については、裁判をする方向の相撲協会ですが、過去の力士に関する報道については、どのように対処するのでしょうか。





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Last updated  2007年02月24日 22時58分07秒
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