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よろず屋の猫

第1章 『宴』 その2

宴は宮廷内でもっとも広い庭の一部に舞台を作って行われている。普段からこうした宴が開かれることは珍しくなく、その為の常設の舞台の部屋もあるのだが、今夜は宮廷中で楽しんでもらいたいと言う事で、そうなると手狭となり、わざわざしつらえたのだった。薪をたいて灯りとし、東の端に作られた舞台をぐるりと囲んでいる。
宮殿のあるローヴァの首都・アッシュは小高い丘となっており、宮殿はその頂上にある。夜になってふき出した風が木々を揺らし、サワサワと音を立てる。そうすると少し寒さを感じるほどだった。
舞台は一段高く木で作られ、奥には王族達の席。王族達は旅芸人達の踊りなどを見ながら、その向こうに月を眺められると言う趣向。
中央が王の座、しかし病気とあって空席。その左に王位継承権第一位のトーチャウ。右には第二位の王子ヤニスがつくはずなのだが、まだ6歳のこのファーメイの弟は大変にファーメイやナーシャに懐いていて、「僕はお姉さま方の間が良い。」などと可愛いわがままを言った。それで右の席にはファーメイが座ることとなった。
ファーメイを次期王にという王の意志は発表されたが、勅令と言う正式な形ではないので、王女であるファーメイに王位継承権はない。本来なら第三位の王弟・テムボタが位だ、格だとうるさく言うところだが、本日は無礼講、主催したのは懇意にしているミクラとあってか、文句一つ言わずにトーチャウの隣に座っている。彼の横にはミクラ。
ナーシェの隣にはヤニスの母、王の側室が座している。この女はとても穏やかで慎み深い性格で、やはり座席がどうのとは言わずに、自分の息子がファーメイやナーシェに楽しそうに話しかけているのをニコニコと見ているのだった。ヤニスは母にそっくりの巻き毛を持つ優しい顔立ちの男の子で、宮廷内でも人気が高い。
更に縁戚関係が薄くなるものが、王の座から順に離れて座っている。
後ろにはそれぞれの“護る者”が控えている。
と言ってもテムボタの護る者は先王の時代に二人とも戦死し、通常成人してから新たに就けることはないのでいない。王の兄弟にはそのように護る者を失っている場合が多く、実際にその場に居るのは10人程度だった。
更に後ろには近衛兵が並んでいる。近衛兵は舞台の両脇にも立って、その任に就いていた。
舞台の向こうは今夜は全くの自由。仕事の手のあいた者達が思い思いの場所に座って、舞台を見ていた。ファーメイはごく限られた人としか会うことがないので、これだけの数の人間が宮廷内にいるのかと、ちょっと驚くほどだった。
今は8人の女達の舞踊の最中。
幾分肌の色の濃い女達が、髪を高く結い、その上にとがった金の帽子を被っている。衣装は身体にぴったりした金色、お腹の部分が出ている。腕、胸元、耳に大振りのアクセサリーをつけているが、これもまた金。釣りあがったような目の回りの化粧も金、まったくどこもかしこも金だらけだった。
指には長い付け爪、その指をそれぞれ別の方向に曲げて、硬質な音をたてる打楽器に合わせてゆったりとした踊りである。腕や足の折り具合は直線的なのに、全体の動きとしては波のような動きだった。
「あの爪、恐いなぁ。」とヤニスがファーメイに顔を寄せて囁く。
「そうねぇ、何だか鬼みたいよね。」
「それ失礼よ。神に捧げる踊りらしいから。」とナーシェ。
「でもあの衣装は素敵。ちょっと着てみたいわ。」
「ナーシェには似合うわよ、きっと。」
そう言ってファーメイはチラリと後ろに控えるティガシェを見る。先ほどの出来事などなかったかの様に済ました顔で、当然とばかりに座って踊り子達を見ている。
晩餐会の後なので、護る者たちも正装である。
ティガシェは黒味がかった真紅のフード付の長い上着、額には優れた魔法使いの証である細く長い帯を巻き、両脇に垂らしている。帯に縫い取られている文様は護符、帯の両先端についた金の三角の飾りも護符である。
一方セムジンは短い茶色の上着、若干の刺繍があるものの目立つほどではない。ナーシェがよく「セムジンには絶対明るい黄色が似合うのに。」と言っていて、また実際にその色でしつらえたものがあるのだが、彼は頑なにこの渋めの色しか着ない。そしてブスっとしてティガシェの隣に座っている。
“護る者”である以上、当然二人とも武器を帯びている。
女達の踊りが終わって、場内に拍手がおこる。踊り子達はトーチャウの前に跪き、両手を合わせて礼をした後、舞台を降りた。
次に出てきたのは男だった。明るい青の衣装に細い三日月の様な弧を描いたものに弦を張った楽器を手にしている。肩には鳥。
「あいつの手の鎖、何だあれ。」と後ろからセムジンが驚いた声をあげた。確かに両手に太い輪がはめられ、それが鎖で繋がれている。
「奴隷かしら。」とナーシェ。
「この一座は奴隷を使っているの?。それはちょっと・・・。」とファーメイは語尾を濁す。
ローヴァでは現王の時代にそれまでの奴隷達を開放し、また売買も禁止する法を出したが、未だ奴隷が商品として扱われている国はある。
ところが間に入って話を聞いていたヤニスが不思議そうに訊ねた。
「え、鎖?。鎖って何のこと?。どこについているの?。」
ファーメイとナーシェは顔を見合わせた。
「おそらく守護の力を強く受けている者にしか見えないのでしょう。二つ名を持っているとか。しかし一体何故あんな鎖を。」
ティガシェが口を挟む。
「あぁ、あいつ天空がついてるな。」とセムジン。
不思議な微笑を持つ男だった。
慈愛と言うのとは違う。幸福でも喜楽でもない。面白がっているようで、少し小ばかにしたようにも見えるけれど、それだけではない。それら全てでもあるようで、また全く違っている気もする。そんな微笑が彼の元々の造作の一部であるかのように口の両端をゆるやかに上げているのだった。
左肩に楽器をかけ、弓身を右手に持つ。左足で真っ直ぐに立ち、右足を少し斜めに出して楽器を弾く姿勢をとる。
「あの鳥、カッコ良いね。あの人のお友達なのかなぁ。」
「そうよ、きっと二人でお歌を歌うのよ。」
ファーメイがヤニスに調子を合わせて答えたとき、バサバサっと羽音がし、鳥が飛び上がった。同時に男の弾く高い音が響くと、場内の者達のおしゃべりが止まり、シンと静まり返った。
音は夜の乾いた空気の中を幾多の細い糸をひいて広がる。低く人々の間を這い、高く空までも登っていこうとし、庭の木々の葉にまで触れに行く。その糸たちが場内を包んだとき、男が歌いだした。

砂の海のその向こう
頂高く人を拒む山
神が住んでおられます
彼は砂の神、砂を食す神
風は神の使徒
神は気ままに風に言いつけ
海の砂を
遠く林も森も
沼も湖も越えて
草の原のその先の
民の稲の田まで降らせるのです

稲の田の金の穂の尽きたその先の丘
神が住んでおられます
彼女は米の神、米を食す神
民の嘆きをたいそう悲しんでおられました

天の神が決められました
男神と女神の結婚
女神は米をお持ちになり
男神に嫁ぎました
器に盛られる白い輝きの粒
砂の神は初めて米を食しました

砂の神は二度と砂を食すことなく
米の季節のその間
もう砂の風はふかせません
女神の米はこの地をあまねく覆い
民達は
秋の収穫の一番最初の米を
器に高く盛って
男神と女神に捧げるのです


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