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よろず屋の猫

『オフィサー・ダウン』 シュヴィーゲル著

2006年のアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀新人賞を受賞した作品です。

あとがきによれば題名の『オフィサー・ダウン』とは、アメリカの警察が無線交信で現場状況を伝えるときの用語だそうです。
“警官倒れる”の意味から、警官達に“死”の可能性も思わせる言葉です。





私=サマンサは病気で休んだ警官の代わりに、かつての相棒・フレッドと組んで変質者のトロヴィックを逮捕しに行く。
しかしそこで銃撃戦が起こる。
私は脳震盪をおこして気絶。
気が付いた時にはフレッドは死んでいて、それは私の銃から発射された弾によるものだった。
しかもトロヴィックの死体はない。
私の第三者がいたという主張は認められず、事件は誤射として収められようとしている。
私は恋人の刑事・メイスンに協力を仰いで、真実を探る。



私も女性が主人公のミステリーを随分と読みましたが、“嫌いなタイプの女”とこれほど思ったのも初めてですよ。

元相棒のフレッドがパートナーを一方的に解消したのを怨んでいて、ネチネチとイヤミを言う。

自分の話が通らないと、カッとなって口汚くののしる。

ヘビースモーカーでヘビードリンカー。
煙草もお酒も個人の問題なんで、それは良いんですけど、お酒の飲み方はメチャクチャ。
状況的に辛いのは分かるのですが、ミステリーの主人公はそれを一時忘れるために飲んだくれても、それをくぎりとして新たな気持ちで捜査に向かったりするのですが、彼女は違います。
とにかく昼でも夜でもいつでも飲んでます。お酒に頼ってる状態ですね、しかも強いお酒を飲むんだな。
当然二日酔いでアスピリンを飲み下すわけですが、これではまともな判断力はないでしょう。

恋人のメイスンは妻帯者なんですが、彼にも当り散らします。

中でも一番“あぁ、イヤだ”と思ったのはフレッドのお葬式の日の事。
行くのがイヤなので、バーでお酒を飲むサマンサ。
でもレセプション(お葬式の後に故人のお宅に集まる会)なら良いかと出かけます。
メイスンはフレッドの奥さんと楽しそうに会話している。
その席で事件の話をして巡査部長にたしなめられる。
自分の格好はボロボロ、警察関係者の視線はよそよそしい。
サマンサとしてはいたたまれないし、面白くないわけです。
で、メイスンは当然奥さんと来ているのですが、一人になったメイスンにサマンサはこう言います。
「奥さんに会わせて。」、何もかもしゃべるわよ、と。

もう、本当に“これだけはやっちゃいけない。やったら私はイヤな人間になってしまう”と言う事を次から次へとやっていきますよ。

事件の方もですね、サマンサのは調査と言うより、取り合えず手元にあるネタで動いてみたら、犯人側が慌てて動いてくれた・・・と言う感じでして。
サマンサ自身は状況的にほとんど動けないこともあって、メイスン頼みですし。

事件の方が勝手に回ってくれていると言う印象です。


でも嫌いになれないんですよ、サマンサを。
皮肉な話なんですが、彼女のそのイヤなところは弱さを表していて、それ故、サマンサと言う女性に人間らしさを感じます。
ミステリーの主人公はたいてい、欠点の一つや二つはあっても高潔な人物である場合が多いのですが、彼女は全然違うんです。
生身の人間が苦しんでいる実感を読んでて感じるのです。

最後まで読み通すと、これはサマンサが事件や犯人と対決する話ではなく、自分の弱さと対する話なのかな、と思いました。

酒にすがり、男にすがり、けれど自分の弱さに対峙した時、サマンサは事実を知ります。
その事実に打ち勝つためには、すがる自分ではダメなのです。

ラストには胸がスーッとしましたし、感動的でもありました。


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