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よろず屋の猫

『青の炎』 貴志祐介著





秀一は母と妹と三人で暮らしている。
亡き父方の祖父が遺した湘南の広い家、しかしそこに母の元夫・曽根が転がり込んできた。
かつて離婚の相談にのってくれた弁護士さえ“外道”と呼ぶ曽根を排除すべく、秀一は完全犯罪を企てる。



『容疑者Xの献身』東野圭吾著の感想でも書いたのですが、私、こう言う普通に生活を送っている人が、外道に散々イヤな思いをさせられて・・・と言う話が苦手なのですよ。



なんだか本当に加害者が気の毒になっちゃって。

『容疑者Xの献身』の方ははずみで殺してしまうのですが、秀一は自ら殺すことを決意し、完全犯罪を目指します。

で、この完全犯罪なんですけども、私は基本的に日本の警察は優秀だと思っているし、科学捜査の技術も進んだ現在、余程の条件と運が重ならない限り、限りなく確立の低い賭けだと思っているんですよ。
むしろ殺意だけをきっちり隠して、正当防衛や情状酌量を狙う方がある意味“完全”犯罪として、可能性のパーセンテージも上がるんじゃないかと思っている。

でも秀一にはそうじゃなくて完全犯罪でなくてはならない理由がある。
秀一は十七歳、この小説が書かれたのは少年法の改正前(ちなみにストーカー規制に関する法律もまだ)。
未成年である秀一が犯罪を犯せば、マスコミの餌食になる。
妹や母を、マスコミの好奇の目にさらしたくないと思っている。

最大の目的“曽根の排除”を遂げるために一番の方法を模索しない。
ここに私は秀一の若さを見ました。
目的を得るための妥協を良しとしない。
完璧を目指す。

また曽根を殺そうと決意する過程にも若さが見える。
秀一はとにかく曽根が目障りで“排除”したくて堪らない、だから得た情報が即座に“殺人”に結びついてしまう。
一度そう決めたらもう止めることが出来ない。
とても性急。
若さ特有の潔癖さもそこに絡んでくる。

秀一は自分が完璧に事を成し遂げれば“完全犯罪”は可能だと思っているふしがある。
学生である彼は結局のところ、社会を知らない。
物事は人との係わりで成り立って、いかようにも変わっていく。
頭の中で組み立てられたストーリー通りに他人は考えても、動いてもくれない。
また、思わぬ登場人物が出てきたりする。

小説の冒頭、秀一が学校に遅刻しそうで、ロードレーサーで疾走するシーンがある。
話の中の道路は、秀一の進む方向では、右手に海岸が続き、ほぼフラット。
秀一はしかし朝陽で輝いているだろう海面にも、砂浜に寄せる波の音にも心を動かされず、しばし止まってその景色を味わうこともしない。
遅刻しないと言う目的のため、つかれた様にペダルを漕ぐ。

このシーンがこの小説全てを実によく象徴していると思う。

終わりもまたロードレーサーで疾走するシーン。

若さゆえの性急さ、潔癖さ、頑なさ、それら全てでなされた犯罪。
そして帰結として秀一が選んだ結論もまた若さゆえだと思える。
そこが切なくて哀しい。
私が既に失ってしまった物だからです。

そしてその決断が、自分のためでなく、妹や母の為である事を考えるとき、哀しさが増してくる。


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