よろず屋の猫

『ランナー』　あさのあつこ著　感想

私がお邪魔する読書感想サイト様の間では余り評判が良くなかったので敬遠していたのですが、人気作家の比較的新しい作品はめったにない図書館の本棚で見つけましたので読んでみました。




あらすじはamazonからのコピペ。

「おれは走れないんじゃない、走らないだけだ、そう信じたくて、逃げ
ちまったんだ」
長距離走者として将来を嘱望された高校一年生の加納碧李（ルビ：あおい）は、複雑な境遇の妹を案じ、陸上部を退部することを決意した。
だがそれは、たった一度レースに負けただけで走ることが恐怖となってしまった自分への言い訳だった。
走ることから、逃げた。逃げたままでは前に進めない。
碧李は、再びスタートラインを目指そうとする----。



これをタイトル通り“ランナー”とか高校陸上の話として読むと、評価は低いんじゃないかなと思います。
むしろ複雑な家庭環境の中にある少年の心理を丁寧に追った小説として読めば、なかなか読み応えのあるストーリーだと思います。
その少年がたまたま陸上部で、たまたま他の人よりもちょっと才能があっただけの話・・・かと。

私はあさのあつこと言う小説家は選んだ題材を深く書く作家さんではないと思っているのですね。
と言うか、書きたいテーマはあくまで“少年”であって主題で、それ以外に書かれていることは、少年を描くためのアイテム位に思って読んだ方が良いとと思ってます。


そう意味で、この小説は碧李の心理を丁寧に、決して美化することなく描いてますし、面白かったです。
この作家さんにありがちなBL臭さがなかったのも良し。


碧李は両親の離婚に伴って、母親と妹と共に、母親の故郷で高校生活を送っています。
陸上の長距離選手として優れた才能を持っていますが、高校一年の大会で負けてしまいます。
実はこの前日、母親が妹を虐待している事実に向き合わざるを得ない状況になってしまって、それが負けた原因と言えるかもしれません。
妹は、別れた父親の弟の遺児であって、実は母親とは血繋がりのない存在なんですね。

碧李がこの負け試合で感じた恐怖は、ちゃんと走れなかったことに対して、決して負けること、それ自体にではありません。

碧李は、母親と妹を二人だけにしておく状況を恐れ、それを避けるために陸上部をやめ、学校の後は妹と過ごすことを選択します。

物語は、その才能を惜しんで陸上部への復帰を促す先生、友人、マネージャーとの関係を通して、碧李が、自分は陸上をやめたのを妹の為と言い訳して、逃げていたんだと気づき、陸上部に復帰していく過程と、その後を描いています。
この描写は読み応えがあると思います。
走ることに対する碧李の思いの描写も良いです。
但し、高校陸上に関する描写は大変浅いですし、“走る”ことに関する描写も、小説がそれを丁寧に描いていないので、物足りなさは禁じ得ません。

また、個人的には、碧李は陸上部に復帰して、それに自分を追い込むことで、今度は逆に家庭の問題から逃げたと思っています。
これに対する碧李の心理描写が浅いのが不満です。

先にも書きましたが、この作家さんは選んだ題材を深くは書きません。
深くというのは、題材のことを調べ、自分なりの描写をしているか?と言う事なのですが、虐待問題も同様です。

母親の心情は書き込まれていて、それなりに読ませますが、どこかで読んだような、見たようなと言う感想を禁じ得ません。
ラストは希望を感じられる爽やかさで読後感は良いのですが、一方で作り物めいた甘さも感じます。

この問題にどうしたら克服していけるだろうと言う真摯に向き合う姿勢が母親には感じられないまま、感情的なストーリーの流れだけで、希望的ラストにもって行くことは不満を感じました。


・・・といろいろネガティブな事も書きましたが、“少年”なのですよ。
少年を描いたストーリーとしては面白い小説であることは、間違いないと思います。
例え、女性のフィルターがかかった“少年”であってもです。
私が女性だからかも知れませんが・・・。

個人的には碧李の友達が良いですね。
妹も可愛いです。

マネジャーが・・・。
碧李がマンガ的爽やかさでちょっと現実離れしているのに対して、こちらは“女”をすごく描いていて、これが現実の女子高生としてはこれまた逆のベクトルでちょっと現実から離れているのではと思いました。
対比が凄すぎます。