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ホタテバーガー☆ミ

島田魁

~島田魁~

文政11年1月15日美濃厚見郡綱村生まれ
心形刀流

文久3年5月までに入隊の第一期隊士

身長182センチ、体重150キロという力士と間違われるほどの巨漢。当初監察方として働き、途中2番隊の伍長となる。

慶応4年の鳥羽伏見の戦いでは2番隊隊長、永倉新八らとともに切り込み隊として敵地に突入。ほどなく退却するが、途中永倉の武装が重くて土塀を越えられず難儀する。このとき島田は塀の上から銃を差し伸べこれに永倉をつかまらせると軽々と塀の上まで持ち上げたという。
 
鳥羽伏見で負けた後、次々と古参隊士が抜けていったが島田は最後まで新選組隊士として近藤、延いては土方に従って行った。

流山で近藤さんが捕らえられたときも助命嘆願のために江戸へ潜入した土方さんについて江戸へ
国府台、宇都宮と従い、宇都宮で怪我をした土方さんを護衛して会津入り。
土方さんが戦線に復帰後は常に傍らにつき蝦夷渡航時、本隊は大鳥隊として本道を行くが島田は海岸沿いを行く土方隊につき五稜郭へ入城した

箱館戦争で、弁天台場にて降伏。その後名古屋県に身柄を預けられ、明治5年に釈放。そして様々な思いの交錯する京都に戻り、新選組の屯所が置かれていた西本願寺の守衛を勤める。

明治13年頃に政府高官となった榎本が京都を訪れ、自分の宿に島田を呼んだが「会いたいのなら先方より出向くのが礼儀。行く必要は無い」と突っぱねられたという。

明治33年3月20日、春先とはいえまだ肌寒い西本願寺の境内で、持病であった喘息の発作を起こし絶命。享年73歳。その懐には土方さんの戒名が入っていたという

島田さんが土方さんのことを詠んだもの

・鉾とりて月みるごとにおもふかな あすはかばね(屍)の上に照かと


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