エキスポライナー時刻表 1985年9月
かなり前ですが、家にあったJTB時刻表をもとに、エキスポライナーのみの時刻表をつくっていました。エクセルで枠をつくり、時刻表に似た書体を探し、時刻を入力する、、、という、めちゃくちゃ手間のかかることを、なぜか楽しんで行っていました。そんな時刻表を、アップしてみます。JTB時刻表、1985年9月号の常磐線ページからです。科学万博つくば85が開催された期間は、1985年3月17日~9月16日の、半年間。いまのひたち野うしく駅の場所に、その当時、万博中央という駅がありました。9月号ですので、万博も末期。前半3カ月と後半3カ月では、ダイヤが違っていたような、、、最下部に、列車番号8000代は毎日運転とありますが、運用上、定期列車と絡ませる必要性があったためだと思います。13号・15号は、朝の定期上り列車の折り返しです。それに利用する人は、万博の観客だけではなく、働いている方もたくさんおられたでしょうし。列車番号末尾のアルファベット、S=415系列、M=583系など、D=キハ58系列、無=客車列車、です。我孫子・取手-万博中央・土浦という列車がほとんどですが、我孫子までは常磐快速の電車もあり、415系列の車両数もそれほど多くなかったので、上野直通は設定が難しかったのではと、推測します。我孫子折り返しが多いのは当時、常磐快速~成田線直通の電車と接続をとっていたためです。取手折り返しは、常磐快速との接続。あとは配線の関係でしょう。我孫子折り返しは、北柏~我孫子間の、旧貨物駅付近で折り返していました。今その場所は、貨物列車の退避場所となっています。取手折り返しは、我孫子まで回送し、ホームの無い3番線で折り返していました。大宮発着列車がチラホラあります。列車番号がMは、583系。ゆうづるやはくつるに使用されていた編成の、間合い運用です。東大宮操車場からの出入りと、利便性の両方を兼ねた運転です。経路は、武蔵野線と貨物支線。客車列車は、尾久の波動用でしょうか。しかし20系客車を見た覚えもあります。客車列車の場合、国電区間では上野-我孫子が無停車です。加速性能や乗降扉数との兼ね合いで、無停車にするしかなかったのかな。上りで唯一、松戸に停車していますが、これは特急退避のためです。ちなみに自分が万博に行ったときは、1号に乗りました。-----