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創作小説 よしぞー堂

創作小説 よしぞー堂

シカエシ 二十六




 五年経った。
 母子の行方は依然として不明だ。
「捜査は続けています」
 警察は同じ言葉を繰り返すだけだった。
 ケイタはもちろん、誰も期待していなかった。期待すればするほど、裏切られる予感がするからだ。
 警察も本気で頑張っているのかもしれないが、いつまで経っても母子は見つけられないでいる。期待できるはずなどなかった。
 ミチコはショックで大学を休学した。
「人に会いたくない。怖い」
 ミチコもリュウヤのことが好きだったのかもしれない。
 リュウヤが死んだ。その話を聞いたとたん、ミチコは気を失い、二日間も目覚めなかった。信じたくないという気持ちが眠らせたのかもしれない。
 目を覚ましたからと言って、現実が変わる訳ではない。ミチコは真っ黒な部屋に引きこもり、怯えるようになった。引越しなど関係無い。恐怖に敗北していた。
 スミエは深夜に目を覚ますようになった。誰か居ないかと、朝まで家中を探す行為が続き、一度、倒れた。
 ユサは身内がいなくなった。
 普通なら児童福祉施設に入る所かもしれない。だが金銭的な負担はコウタロウの生命保険や家を売ったので心配は無かった。
 アソウは母子を追い続けているらしいが、ここ一年、連絡が無かった。
「もうちょっとで、何かつかめそうなの。あと一歩で、やつらの居場所を突きとめることができそうなの」
 それが最後のセリフだ。みんな心配している。
 アサカワの行方は未だ知れない。アサカワの両親は息子の帰りを待ち望み、部屋の状態を出た時そのままに残している。
 ケイタとユサは大学生となり、同じ大学に通っている。
 そして反対を押し切ってまで、同棲をしていた。
 最初、ユサは一人暮しをするつもりだったらしい。
 ケイタの家族に迷惑はかけられないという気持があったのかもしれない。
 家から大学は通える距離にあるので、一人暮しをする必要は無い。それなのに決めたのは、静かに暮らしていれば安全とか、自分が離れることで、ケイタの家族を守ろうと考えたのかもしれない。
「絶対に駄目!」
 ケイタはスミエが本気で怒った姿を初めて見た。
 ユサが初めて一人暮しを口にした時だ。ユサに平手打ちまでしたのだ。
 ケイタもミチコも反対した。ユサの一人暮しなど認める者は居ない。
 ユサは固い決意をしていたのか、みんなに黙って家から出ようとしたこともある。スミエに見つけられなかったら、本当に出ていただろう。
 何度家族会議が開かれたか。
 最終的に同棲という結論に至ったのは、怯えて暮らし続ける訳にいかないのをみんな分かっていたからだ。何処かで決着をつけなければならないと。このままではいけないと。
 その平穏な現状を後押しするように、ここしばらく奇妙な事件が起きていなかった。気配さえ消えていた。
 スミエはアパートから出て、ミチコと一緒に自分の両親、つまりケイタの祖父の家へ行くことになった。
 ケイタは心の中に深く刻まれた傷に気づいていた。
 傷の痛みが一生続くという予感もあった。
 父親が殺されたユサと、人間を殺した自分。
 他にも大切な人が死んだ。
 金属バットで男を殴り殺した時の衝撃が手に蘇る。鼻の奥に血の臭いが漂うことがある。口の中に溢れる血の臭いを味わいながら、確かに殺したと自分に言い聞かせることもあった。それでもやはり死体を確認できなかったのは気がかりだった。ただ、何も無い平穏な日常がこのまま続く。そんな希望が、願いではなく予感として、ケイタの中に生まれているのもまた事実だった。





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