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カテゴリ:日常生活
原発の安定性に目処が立たないなか、相変わらず育児真っ最中のヨッサンです。
この「育児」ということば。 昔からありますが、今はあまり使われません。 育児休業、育児ノイローゼなどにかろうじて残っているものの、最近は「子育て」が一般的。 どうして育児という立派な言葉があるのに子育てが普及したんだろう。 それが疑問でした。 その疑問が自分自身の経験で少し解けたような気がしました。 私がいま行っているのは「育児」であって「子育て」ではありません。 なぜでしょうか。 理由は簡単。ポン太朗は私の「子」じゃなくて孫だから。 かつて、子供は社会や地域や家族が育てるものでした。 その頃は色んな人が一人の子供の「育児」をしていました。 それが核家族化が進行し、子は親にだけ育てられるものになりました。 家族の「引きこもり化」が進んで、隣近所の人も祖父母も育児に関与しなくなりました。 「育児」の中心は親となりました。 育児の「児」は幼児とか児童とか、単に小さな存在という意味です。 対して「子育て」の「子」は小さな存在という以外に血のつながりをも意味します。 昔は様々な人が関与していたので「子育て」ではなく「育児」だったのでしょう。 今は「子は親が育てるもの」という意識が定着したから「子育て」になったと思います。 ・・・幼児虐待などのニュースを聞くにつけ「育児」の時代の復活を夢想しています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2011年03月30日 21時44分11秒
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