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2026年04月27日
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カテゴリ:本にまあ
「90歳、男のひとり暮らし」(阿刀田高著、新潮選書)を読みました。

まことに申し訳ないことに阿刀田さんの本はこれまで読んだ記憶がないのですが、新聞のコラムで見た彼の話が面白かったのとNHKニュースーンに出ていた彼の言葉に賛同できる点が多かったので「これは読んでみなければ」と思い、買ってみました。そして、私の勘に狂いはありませんでした。今では彼の小説を読んでみようかという気になっています。

昨日の那覇ー関空の2時間のフライトの間に、それまで半分読んでいた本書の残り半分を一気に読んでしまいました。

内容はタイトルの通り、90歳を過ぎてひとり暮らしをしている作家、阿刀田高の日記や思うところを綴ったエッセイ集。表紙にある言葉「今日もまあまあ。それでいい」と日々考えている筆者が示す「機嫌よく暮らす老年のヒント」がまさに私の人生哲学(というほど立派なものではありませんが)とぴったり一致していて、共感できる部分が大いにありました。

年齢はずいぶんと違うものの、私もひとり暮らしを実践して20年あまり。男の単身生活を機嫌よく過ごしている一人です。

いい加減ながらも料理をし、落語や映画を楽しみ、言葉についてあれこれ無駄な思索(暇つぶしとも言います)を楽しんだりするところなど、彼には共感するところが少なくありません。なかでも死とは無に還るという考え方はよく分かります。私の妻や私の両親も彼の妻と同様、クリスチャンでしたので死に際しての儀式はキリスト教式で行いました。それはそれで良かったと思います。

でも私自身は宗教をもたず、死ねばどこにも行かないし先に亡くなった人に会えるとも思っていません。

故郷には私の先祖をはじめ、両親や妻、娘の骨が入った墓があり、漠然と私もそこに埋められるのかなあとは思っていますが、そこは子どもが現在住んでいる京都や東京から車や列車で行くには相当な時間がかかる場所。わざわざ遠くまで墓参りのために行かなくてもいいのではないかと思っています。ただしそれは私ではなく、子どもたちが決めること。そのあたりも氏と意見が一致します。

「私にとって“死は無なのだ”と今は固く信じている。
(中略)
90歳の私は無を選ぶ。無を信じている。
ーそれでいいのだー
今のところの結論である。」
(p.198)

「今日もまあまあ。それでいい」と、何ごとにも煩わされず生きている老翁の心境に近づきたいものです。





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最終更新日  2026年04月27日 12時33分33秒
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