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カテゴリ:本にまあ
「本を読めなくなった人たち:コスパとテキストメディアをめぐる現在形」(稲田豊史、中公新書ラクレ)を読みました。
![]() 私が本を選ぶとき前知識はほとんど持たずタイトルとパラパラ読みで決めるので、誤解していることがよくあります。 三宅さんの本は「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」というタイトル通りの内容なのに、私は稲田さんが指摘しているような現代人の読書傾向(読書量が減っている傾向)に関する内容だと勝手に思っていて、通読するまでは歴史的に考察した労働と読書の関係の本だとは思っていませんでした。 大島さんの本「読書は鼻歌くらいでちょうどいい」もタイトルに同感したところが、これも思っていたのと違いました。 大島さんと私の考えている読書は何が違うかというと、これはブログにも書いたことですが、本を読む目的です。大島さんが読書に求めているものは娯楽、私のそれはどちらかというと思索。読書の目的にはいろいろあってしかるべきで、私が勝手に勘違いしていました。読書の目的の分け方も一様ではない、というのがまさに今回読んだ稲田さんの指摘でした。目的の分類にはたとえば下記のようなものがあります。 <わかりみ>と<おもしろみ>(中略)「情報取得目的」と「思索目的」(中略)「実用」と「教養」。(p.242) あとがきで著者は「本書の書名は『本を読めなくなってしまった人たち』である。『本を読めない人たち』や『本を読まない人たち』ではない」と言っています(実際には各タイトル部分に傍点がついています)。本を読まないのは個人の能力や意志だけではなく社会そのものの変化にもある、そこにも焦点を当てるべきだということです。 表紙の帯には「なぜスマホだけでいいのか?そこから見えている世界とは?」との疑問が投げかけられていますが、本書はそうした社会の変化とそこに身を置く個人の変化を、現代の若者に対するインタビューや出版界に碌を食む(食んでいた)ライターらのSNSへの投稿などを紹介、分析し、それらを通じて説得力のある答えを示します。 しっかりとした調査に基づいて作られた本書は同じ著者の「映画を倍速で観る人たち」と同様、読み応えがありました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026年07月05日 11時30分37秒
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