トヨタ86・GRMN
トヨタ86の「GRMN」という特別仕様車が話題になっている。限定発売される台数がわずか100台という希少さである。GRMNとは「GAZOO Racing tuned by Meister of Nürburgring」の略だそうだ。当然「GAZOO」は造語だから、日本語に直訳すると「ニュルブルクリンクの巨匠によってチューンされたGAZOOレーシング」となる。GAZOOは「ガズー」と読んでいいのだろうか。ネットで調べると、GAZOOという言葉にはおもしろい誕生秘話がある。きっかけは車販売ディーラーの業務改善策だったようだ。下取りした中古車を販売をする際、実際に中古車展示場に出されるまでには順番待ちでかなりの時間を要し、売れるまでの日数が長いものだと3ヶ月もかかっていた。これを何とかするために、下取り車を片っ端からデジカメで「画像」にし、ディーラーの店頭に貼り出した。すると、中古車の販売台数は1.7倍に伸び、売れるまでの期間も半分に短縮されたという。当初はこれを「画像システム」と呼んでいたようだが、かっこ良く見せるためにGAZOと表記することが考えられ、さらには「画」の「動物園」という意味で「GAZOO」になったという流れらしい。つまり、GAZOO Racingは元をただすと「画像レーシング」だったということになる(笑)。前置きがだいぶ長くなった。肝心の86GRMNという車を細かく見てみたい。この車、一見異常に感じられるほど値段が高い。ノーマルの86が最上級グレードの「GT Limited」の6ATで317万円余りであるのに対し、GRMNは648万円もする。完全に倍以上の価格である。「手っ取り早いターボ化でパワーを上げたのか」と瞬時に思ったが、そうではなかった。エンジンはピストン内部の肉抜きや摩擦の軽減などによって動く部分の軽量化を図り、200ps/7000rpmから219ps/7300rpmと19馬力上がっている。1割近いパワーアップだ。トルクは20.9kgfm/6400~6600rpmから21.1kgfm/5200rpmと0.2kgfm増えただけだが、逆に低回転から出せるようになった。評論家的な書き方をすると、おそらく「フレキシブルな上、数値以上に軽快感が増している」のだろう(笑)。もっとも、86GRMNのチューンの主眼はエンジンよりもボディ剛性の向上にあるようだ。トランク周りやアンダーフロアなどに補強パーツを組み込み、「ベースモデル比約1.8倍のねじり剛性アップ」を実現したというのは凄い。ニュルブルクリンクでのインプレッションで景山正彦氏が言っている通り、「ボディ剛性が上がっているので、仕上がりのいいサスペンションを活かすことができる」というのはなんとなくわかるような気がする。極端に言うと、「ノーマルとは違う車」になっているようなイメージなのかもしれない。さらに、80km/h程度から効いてくる空力パーツも非常にいい仕上がりだそうだ。もちろんサスペンションも専用設計で、ホイールもRAYSの鍛造アルミである。いわゆるバネ下重量軽減の効果は私も今までに何度か経験しているので、これもかなり車自体の印象を変えているだろう。加えて、タイヤ径を小さくするという手法も採っている。ノーマルが215/45R17なのに対し、GRMNは前が215/40R17、後ろが235/40R17である。理論値ではノーマルの外径が約625mm、GRMNは前が約604mm、後ろが620mmとなる。サスで調整しなければ、わずかながら「前につんのめったスタイル」だ。外径をそろえるだけならフロントが205/40R18(621mm)、リアが235/35R18(622mm)が理想的なサイズと言える。ノーマルの方でも足回りはTRDのオプションで18インチの鍛造モデルが設定されている。ただ、こちらは225/40R18だから外径は637mm。86では、タイヤの外径にはあまり気を遣っていないようだ(笑)。タイヤとホイールはブリジストンとRAYSの専用設計なのだから、サイズのわがままはきくはずだ。ホイールをあえて17インチにしてタイヤの外径を縮めたのは、やはり軽量化のためなのだろう。ギア比は1・2速を3速に近づけてクロスレシオにし、ファイナルは4.1から4.3へと下げている。スポーツカーに多く見られるローギア化と言えそうだ。細かいところだが、タイヤ外径を縮めることも実際にはローギア化につながる。良い点について書いてきたが、それにしてもこれらに330万円の価値があると感じる人がどれだけいるのだろうか。はっきり言うと、私が86の大ファンだったとしても、おそらく買わない。いや、まずほしいと思わないだろう。最大の理由は、車重が軽くなっていないことである。最も重い「GT Limited」のマニュアルと同じ1230kgの車重がある。いくらボディ剛性を大きく高めたとは言え、これはかなり残念な数字だ。昔、ホンダのS2000が納車されて初めて乗ったとき、「あ、重いな」と感じた。S2000の車重は1250kgだったのでGRMNの方が20kg軽いが、さほど印象は変わらないと思う。低速トルクはGRMNの方があるとしても、1速のギア比と最終減速比ををかけた数値はS2000の方が低いので、走り出しはむしろGRMNの方がモッサリしているかもしれない。S2000はオープン化のためのボディ剛性強化が必要で、GRMNは剛性強化自体が目標というコンセプトの違いはあるものの、結果としてどちらも重い車になってしまったわけだ。軽さを追求するマツダのロードスターなどとは全く考え方が異なる。600万円を超える車にしてしまうのなら、オールFRPボディにして100kg程度の軽量化を図るべきだったのではないだろうか。FRPボディなら700~800万円でも買いたくなる人が相当いるだろう。実際、2014年1月のオートサロンの古い記事を見ると、当時の最大のコンセプトは軽量化で、すでに80kgの車重減に成功していたようだ。しかも室内には「20kg重くなってしまう」というロールケージが組まれていた。ボンネット・ルーフ・トランクリッドがカーボンなのは同じで、室内のケージを外したにも関わらず、最終的な軽量化がゼロとなってしまったのである。ポリカーボネイトサイドウィンドウ(樹脂製ウィンドウ)の取りやめと高剛性化のためのパーツだけでそれほど重くなってしまうのだろうか。もっとも、真の86ファンはこのGRMNにも平然と648万円を出すのかもしれない。100台に対し、2,000~3,000人が応募して抽選になることも考えられる。ドライビングテクニックが無いことより、ただ「軽くない」「高い」というだけで批判的なコメントを書いている時点で、私には86を語る資格は無いということか(笑)。それでも、100台という限定数の異例の少なさは、トヨタ側から見ても「現実を考えて決めた数字」だからなのではないかと私は思っている。予約の段階で数十倍の競争率になるのか、それとも意外に低倍率なのか、この車の予約状況に興味をひかれる方はけっこう多いのではないだろうか(笑)。