VOLVER (帰郷)ネタばれあり
なぜか、2週続けてみた。それは前回みたときに隣人アグスティナとライムンダの母親イレネの関係にギモンをもったからであった。アグスティナは最初からからライムンダの母親イレネが生きていることイレネがおばさんの世話をしていたことを知っていたのにおばさんの葬儀では幽霊話まで演技をした。それはなぜなのだろうか?アグスティナがガンになったときにライムンダに自分の母親が生きているのか、死んでいるのか、消息をイレネにきいてくれと懇願する。しかし、ラストシーンを見るとアグスティナは自分の母親の失踪の行く末について知っていたようである。「身内の恥・・・」を人前で言わなくてもいいと。これはなぜなんだろう・・・なぜなんだろう・・・と見終わったあとスッキリしなかった。ペドロ監督もはっきりとわかる感じで示してくれていない。ただ、ラストに近いシーンでのテレビ番組家族のふりをした父親を演じている人がズラを脱ぎ、女性になっている映像すくなからず回答をだしてくれているのかな・・・アグスティナは間違いなくレズビアンであっただろう、それはひょっとしてイレネと???だからイレネの許しがたい過ちを許せた???とこれはあくまでも憶測であるが・・。でもパウラおばさんが亡くなって一人じゃとても寂しいでしょうとイレネが言って、「ええ、とっても」といっているからひょっとおばさんと深いつながりが???ただの友情???ああ、ますますわからなくなっってきた。誰か気づいた人がいたら教えてください。と・・・本筋に戻ろうこの映画を2回見るとありとあらゆるところに話の伏線がちりばめていることに気づく。1回でも十分気づくけど。ソーレがエアロバイクをクンクン嗅ぐシーンはまさしく、母の匂いを感じたのではないか。ところで、ライムンダがあそこまで自分の娘をかばったのは自身のつらい体験と重なってしまったから・・・いざ母と再会したときも、素直に母の胸に飛び込んでいけず逃げ出してしまう。でも、娘がporque no volvemos?というコトバをいってライムンダにも一度母に会う勇気を与えてくれる。映画のタイトルになっているボルベールは母のもとに帰るということをしめしてるんだろう。この映画では母親としていきるライムンダのたくましさ(この映画のためにペネロペは3キロ太って、付け尻までしたというが)そして、ずっと母親が必要だったんだという人間の弱さ、寂しさも感じてしまうのであった。でもすべての映像を通じてペネロペの美しさには息をのんでしまった。初回に友人とこの映画を見に行ったとき同意したコメントはアルモドバル、昔ほどインテリアやファッションや音楽などに奇をてらわず落ち着いてきたってな印象である。だんなが死んじゃって死体隠しのためにレストランの冷凍庫に入れられてしまい、その直後に映画のクルーのために食事を出すことになったとき二人ともいや~な予感がアタマによぎっていたのだが、いや~な予感の展開にならなくてホント良かった、良かった。でもサスペンス仕立ての展開はエンターテインメントとして十分楽しめる映画にしあがっている。ボルベール(帰郷)オフィシャルサイトはこちら