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よたよたあひる’S HOME PAGE

2008.07.11
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まずろさん、Psycheさん、お待たせしました。
お二人が「言葉」をとても大事にしていらっしゃるので、きちんとお返事を書こうとすると、相当なエネルギーを使います。今、ブログにかける余力が乏しいこともあって、なかなか充分なお返事ができないことをお許し下さい。

まだ、とりあえずのお返事しかできませんけれども、まず、まずろさんのご質問の、
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「おしゃべりの言葉」と「議論の言葉」の違いの線引きについてです。
百歩譲ってその二つが存在し、それにより扱いが異なるとして、この二つのはっきりした線引きの基準というのはあるのでしょうか。
それはこの二つの書き方により、扱いが大きく異なるというあなたの定義からも重要と思いました。
例えば私のブログの文章はどちらに属しますか。
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へのお返事のつもりで書きます。


 まずろさんのご指摘のとおり、私が仮に「議論の言葉」と「おしゃべりの言葉」と名付けた言葉の使い方の違いは、はっきり二分することはできません。一方の極にはディベートのような「議論の言葉」があり、他方の極には中学生のたわいのないメールのやりとり(「おしゃべり」どころか「擬音語の応酬」のようなものまでありますからね)のような「おしゃべりの言葉」がありますが、その極と極の間には様々なバリエーションがあります。
 けれども、その濃度の違うもの同士では「言葉」の使い方が異なる可能性があり、それが相互理解を阻むのではないかと私は考えているのです。

 これをもうちょっとなんとか説明できないか、ずいぶん考えました。
 で、下の様な図を描いてみたのです。
 タイトルは、「よたよた仮説 ブログの言葉」です。

よたよた仮説 ブログの言葉

横軸には、その言葉を発するときの「関係性への依存」の度合いが大きいか小さいかをとり、縦軸には、言葉そのものの定義や使い方の吟味を含め、文章の論理性の度合いの強さをとります。楕円は、よたよたあひるが想定してみた(これって、ホントに想定以外の何物でもないのですが)ブログの言葉の性質別の分布です。

で、縦軸と横軸で仕切られた四つのコーナーのうち、
青い★の周辺の位置、つまり、「関係性への依存が比較的弱くて」「論理性が比較的強い」言葉を使っている記事の群が「議論の言葉」、
赤い★の周辺の位置、つまり、「関係性への依存が比較的強くて」「論理性が比較的弱い」言葉を使っている記事の群が「おしゃべりの言葉」と、とりあえず定義しておきます。
おなじブログでも、記事によってこの図の様々な位置に入る場合も当然あります。
楕円で表したブログ記事の分布が、若干「おしゃべりの言葉」に偏っているのは、多くのブログが日常の事柄や雑感をそのまま書いている(言葉を練る作業はあまり行われていないものが多い)と私が考えているからです。

青い★の位置では、語られた言葉は、(書き手が想定した)関係性を離れても意図はかなり正確に伝わります。けれども、赤い★の位置では、読み手と書き手の関係性で読み取りに大きな差ができてしまいます。同じ言葉が「親しみを持っている人」にはプラスの語調に感じられても、「よく知らない人」にはそのようには受け取れない場合もありますし、「反感を持っている人」の場合はさらに強いマイナスの語調に読み取れてしまうでしょう。それは、たとえ読み手が同一人物であったとしても、その時々のリアルな状況によっては感情的に受け取り方が変わってしまうものでもあります。

今回の一連の「議論」がすれ違っていったのは、当初は「その表現は関係性の異なる場では理解されないはずで、立場を明らかにしているものの発言としては不適切」という強い危機感を持った方の批判が、うまく伝わらなかったということに始まっていたと私は考えています。

この当初の批判が、「記事に書かれた内容そのもの」だけでなく、「記事を書いた人の立場を考えた上での発言が持つ意味」というメタ・メッセージに対する批判、だったために、「記事を書いた人への批判・・立場を含む人格攻撃と言ってもいいでしょう・・として受け止められてしまった、ということが原因なのではないでしょうか。


難しいのは赤い★の「おしゃべりの言葉」は、書き手自身にとっても実は書いた言葉が未整理なままのものであるため、文章を要約して批判しても、「そんなつもりではなかった」ということになるため、メタ・メッセージへの批判はさらに伝わりにくいということもあります。
けれども、この「立場が発するメタ・メッセージ」は、「おしゃべりの言葉」の場での意見交換を行うときに大きな影響力を及ぼします。むしろ、書き手の意図が関係性を離れても伝わりやすい「議論の言葉」よりも、大きな影響力が出てくると考えた方がいいでしょう。だからこその批判であった、とは私も思うのですが、これがなかなかうまく伝わっていかない・・旗から見ているとかなり感情的なやりとりになっているように見える。それが、私には一番気になったことでした。

実は、私は中学生たちの交流の場で、個人情報についてちょっと不用意なところがあったので、おせっかいに介入してかえって混乱させてしまったことがあります。どうもこちらの伝えようとする言葉がうまく伝わらず、かえって、私の言葉の端々が本来注意したかったことへの誤解を広げてしまったんですよね・・今回の「議論」を中学生の交流の場と一緒に扱うのは失礼なのは重々承知なのですが、大人でもやはりうまく伝わらないことから混乱していくんだな、と「伝わる言葉」の難しさを改めて考えたのです。


Psycheさんは、私のブログ記事の不用意さについて、丁寧な説明で忠告してくださいました。以前書いた、仕事関係の記事のうち、エピソードを詳細に書き込んだ事例やかなりずさんな創作事例を作ってUPしていたものについての指摘でした。私も仕事関係の記事を書くときにはそれなりに注意していたはずであるのに、やらかしてしまっていて、あのご忠告は本当に適切だったと思いますし、いろいろとご配慮いただいたことを感謝します。


普段、「おしゃべりの言葉」でブログを書いているものが、改めて考えを整理して言葉を選んで書くのは、非常にエネルギーが必要です。とりあえず、今日はここが私の限界です。
Psycheさんへのお返事までは行き着けませんでした。ただ、「出発点」「誤読」については、それなりに言葉を補足したつもりです。
また、当面、これだけまとめて考えて書くのはちょっと難しいです。
リアルに影響がでてしまいますから。
申し訳ないのですが、とりあえず、しばらくこれでこの話題については一度、記事更新をお休みさせていただきます。コメントでできる範囲のお答えはさせていただきますけど、それも遅れがちになるかもしれません。決してないがしろにするつもりはないのですが、ホントに難しいです。ごめんなさい。



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7月13日:追記

この記事に関しての、貴重なご批判を二つ、トラックバックにていただきました。

<総括者の意図とトリック>「忘却の破片」Psycheさんの7月13日記事

こちらは、私の「議論」の「総括」について、介入したにも関わらず、強引な終わらせ方をしたことについてのご批判です。
ご指摘のとおり、「議論」を納めたいという意図があったことは確かにそうだろうと思いますし、そこに「常連としての情」があったことも否定いたしません。また、介入したものの途中で投げ出すことの無責任は批判を受けて当然だと思います。
ただ、私が記事を書いた「意図」は、ネチケットの問題について考えたいということが主でした。具体的な議論のありようをリンクをつけて取り上げ、どうであったかの振り返りを、一方への情緒的関係が強い立場で行ったことが不適切であったということだろうと認識いたします。ネチケットの問題、「ブログの言葉」についての考察は今後も続けていくつもりでありますが、とりあえず、今回の記事の補足として、自戒の念をこめて、いただいたご批判をリンクさせていただきます。

もうひとつは、
<ブログでの発信責任と「批判される側」の姿勢>しょうさんの7月13日の記事
しょうさんの記事で、私の考えの足らない部分、書ききれなかった部分についてのまとめをしていただいたものと考えています。以下、一部引用します。
-----------------
 しかし、「おしゃべりの言葉」をブログ上で発する場合、「これくらいいっても大丈夫」とか「大体わかってもらえる」とか「互いに頷きあう関係だから批判など受けない」といった日常的な仲良しグループのコミュニケーションにしばしば見られる「関係性に依存した甘え」の意識を持ったまま、不特定多数に「問題となるメッセージ」を発信してしまうことがしばしば起こりえます。
 しかしながら、 「子どもと大人(保護者や教職員)の関係」であればともかく、大人どうしの世界であれば、あなたのブログにも複数の人が書き込んでいるように「責任が問われるのは当然」なのです。心地のよいコミュニケーションの最中に「批判」を受けた場合にも、言わば「シフトチェンジ」して「批判に対して誠実に応答したり討論していくこと」ことは大切だと考えます。 
 「このたびの混乱」を契機に多くのブロガーが共有すべき教訓を考える場合、むしろそちらに力点を置くことが大切だと思うのです。
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私自身が今後の記事やコメントを書く際の姿勢を振り返りつつ、ネチケットについても今後も考え続けていこうと思います。
お二人ともありがとうございました。

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★7月17日の追記

まずろさんからもご批判の記事をいただきました。
重要な批判なので、↓にリンクでご紹介します。
http://maslow.blog115.fc2.com/?no=85
この記事で刺激を受けたのは、特に、
>しかしどうも納得いかない。
>もしこれに従うと
>おしゃべりの言葉でのブログを読むとき
>読み手は非常にリスクを背負うこととなる。
という部分です。その他のところにもたくさん考えをすすめる材料をいただきました。

まだ、つづきがあるようなので、楽しみにしています。
私は、この「関係性への依存」の記事を書いて、それまでのたくわえが一度空っぽになったようで、今充電中です。みなさんのコメントや関連記事はとても刺激になります。
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★★★★★★★★★
コメント削除についての追記
7月17日
Psycheさんのコメント二つを削除しました。理由は、Psycheさんのコメント「視点のブレ」(2008年07月17日 03時18分38秒)と同じ内容のもので、表記を読みやすくするために書き直したとのことで、ご本人から依頼があったからです。

また、たしか、しょうさんからコメントをいただいていたはずなのですが、朝はあったのに、気がついたらなくなっていました。チェックしたときに操作ミスで消してしまったのかもしれません(それとも、私の見間違いでもともといただいてなかったという可能性もあるのですが・・)。せっかくコメントをいただいていたのだったら、本当に申し訳なかったです。






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Last updated  2008.07.17 22:29:31
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本当に・・・@ Re:TOSS代表 向山洋一氏という方(06/05) あなたのような人がいるから日本は良くな…
ABC@ Re:私が「道徳(徳育)の教科化」に反対する理由(05/17) 昨日、集団的自衛権行使容認の法案が…
ABC@ Re:私が「道徳(徳育)の教科化」に反対する理由(05/17) 昨日、集団的自衛権行使容認の法案が…
ABC@ Re:私が「道徳(徳育)の教科化」に反対する理由(05/17) 昨日、集団的自衛権行使容認の法案が…
ABC@ Re:私が「道徳(徳育)の教科化」に反対する理由(05/17) 昨日、集団的自衛権行使容認の法案が…

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