4つ葉プロジェクト

2009/09/21(月)02:20

傷付いた親子を癒す家。

當間紀子(子ども幸せ研究所)(79)

こんにちは、當間です。 カナダの子育て支援の現状を 生協の仲間とともに視察に出かけたのは2001年の秋。 アメリカで同時多発テロが起きた翌月でした。 現地に到着した日に アフガニスタン空爆が開始されました。 スケジュールが一日でもずれていたら、 恐らく私たちの視察ツアーは中止になっていたでしょう。 夫の出張とスケジュールが重なったことと、 「子どものための施設に出かけるのだから、  娘を連れて行って、娘の反応も見てみよう」 という思いもあって、直に10歳になる娘も 学校を休ませて連れて行きました。 まず訪れたのは、トロント郊外のピーターボロ。 ピーターボロのヘルスユニット(保健所)で、 NPのデモンストレーションを見学しました。 ファシリテーターのMさんは、 自身もNPを受講し、 生活自立の手だてという意味もあって研修を受け、 ファシリテーターとなった方でした。 Mさんは、 ある企業で営業部署のマネージャーとして 働いていましたが、 夫の暴力があまりにひどく、 子どもとともにヨーロッパへ逃げたのだそう。 ヨーロッパから再びカナダへ戻り、 途方に暮れていたところで、NPを紹介され、 生活を立て直すことが出来たと言います。 当時、大田区男女平等啓発誌の編集委員をしていました。 その取材の一環で、DVの講演会に出席していた 女性相談員に話を聞いたことがあります。 そのときに、最も驚愕したのは 「出来るだけ遠くへ逃げようと飛行機に乗り、  羽田空港から私たちの窓口に直行する女性がいる」 というコメントでした。 おとなだから逃げ出すことが出来るのだけれど、 おとなでも、逃げ出すまでには よほどの勇気を振り絞らなくては逃げ出せない。 逃げるからには、出来るだけ遠くへと考える。 家庭という閉鎖的な空間で繰り返される暴力は、 身も心もぼろぼろに傷つけ、 何もかも放り出して逃げる以外に解放されない……。 事実、社会的地位も経済力も、 Mさんを暴力からは守ってくれなかった。 デモンストレーションの前のレクチャーでは、 児童虐待などのリスクの高い家庭を 支援するためにNPが生まれたこと、 リスクの高い家庭とは、大まかに言って 経済的困難、社会的孤立、教育の不足という 三大リスクがいくつか重なった状態にあること などについて説明されました。 児童虐待のリスクについては、 「虐待死に至った子どもの90数%が未熟児だった」 というアメリカの研究機関の発表に 驚愕した思い出があります。 15年ほど前のこの発表によれば、 未熟児が生まれた背景に 先の三大リスクが関与している場合、 虐待死に至る確率が高まると分析されていましたが、 当時、未熟児だった娘を必死で育てていた私は 「こんなに可愛いのに、どうして死なせるの?」と 一方的に憤慨していました。 憤りながら何度も読み返して、ようやく リスクはひとつだけでは 本当の意味でのリスクとはなりにくいこと に気がつきました。 そして、これらのリスクは、残念ながら いくつも重なる可能性を持っていることにも。 カナダでの子どもと家庭に関する重要課題のひとつが 10代での妊娠が増えていることでした。 10代での妊娠がいろいろな意味でリスクの高いことは、 わざわざ説明するまでもないと思います。 ピーターボロのヘルスユニットでも、 ブライダルフェアを開き、 思いがけない妊娠から身を守る大切さなどを それとなく広報していくことで、 少しずつではあるけれど、10代での妊娠を減らすことに 成功しつつあるのだと話していました。 ヘルスユニットを訪れた翌日、 泊まっていたホテルに娘宛の贈り物が届きました。 ヘルスユニットのみなさんからのプレゼントです。 娘はすでにMさんからロザリオをいただいていました。 日本から来たちっちゃな女の子を気遣って、 「motherは日本語で何と言うの?」などと 声をかけてくださっただけでなく、 直にプレゼントまでいただいていたのです。 その後も、行く先々で最も歓待されたのが娘でした。 密かな目論見は成功裡に終わりました。 今、月に一度お会いしては、 母子寮と母子生活支援施設の歴史について あれこれとお話してくださる施設長さんは、 こんなふうにおっしゃいます。 「この施設を贅沢だと感じる方も  いらっしゃるかもしれません。  しかし、ここに来る方々は、  身も心もすっかり疲れ果てて、ここに辿りつかれるんです。  何の不安もなく、居心地のよい部屋でゆっくりと休み、  身も心も癒していただきたい。  そうでなければ、自立のために  立ち上がることなんて出来ません」 遠い国から訪れた私たちを温かく迎えてくださったMさんが、 夫の暴力から逃れて再び笑顔を取り戻せたのには、 何の不安もなく眠れるベッドを用意して迎えてくれた 人のぬくもりがあったはずだと、改めて気づかされます。

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