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テーマ:下北半島について語ろう(19)
カテゴリ:旅日記
2025/06/28/金曜日/晴れと曇りと
東北旅の1日目宿泊は、恐山から車で45分ほど、細いヘアピンカーブを下りながら、太平洋側に降りて下風呂温泉へ。 ![]() なぜこの土地か。 格別な理由はないのだけれど、小さな町に3つの源泉があると知り、レンタカーを返す八戸からは距離があるのだが、ここに決めたのだ。 ところが温泉宿はどこも予約満室。結局温泉無しの民宿に泊まることに。 しかしこれも正解だった。 ![]() 海峡の湯なる、清潔で新しい、海の見える 日帰り温泉の入湯券のサービスあり。 宿からは徒歩2分ほど。目と鼻の先だ。 サンダル借りて傘差して♬ 源泉掛け流しのあまりの熱さ←大湯は46度超え -_-bびっくりしていると、本日はいつもより熱いらしく、透明なはずの新湯が大湯のように白濁しているとか。自然相手なのでねえ、と会話も弾む。 津軽の人がこの湯に浸かると熱さに呆れるので、あちらはぬるい温泉なのだろう、とか。 元々古い湯治場だったのだとか。 さっぱりして宿に戻ると夕ご飯。極楽だ〜 ![]() いや、極楽はご当地のウニであった。 そんなに沢山のウニを食べたわけではないけれど、今まで食べた中では最高に美味しいウニだった! 気仙沼や釧路の魚市場で開けてもらったウニより も極上。驚きのフレッシュなねっとり甘さは鶏卵とご飯とワサビのハーモニーゆえか⁈ ![]() ↑なんとウニ・アワビの二色丼( ;∀;) いつかは行きたい、ゆかい村花火 翌朝は幻の大間鉄道線路予定地にある足湯へ
菅江 真澄 1754 -1829 秋田県立博物館所蔵 本名は白井英二。三河に生まれ、本草と国学を学ぶが、30の歳に旅発ち、北海道へ渡ったあと、南部・津軽・秋田と歩く。地誌を編む旅の途上、角館で病歿。
大正11年(1922)公布の改正鉄道敷設法で大湊線(野辺地駅までの50km)の途中駅である下北駅から本州最北の大間町まで(49.7km)としてあげられたのが大間鉄道の始まりとなった。 第1期工事分の大畑線(下北から大畑までの18km。)が昭和⬜︎大田線として開業し、引き続き大間までの工事が続けられ当初、下北半島の林産資源や水産資源の開発。又、本州と北海最短路線として期待された鉄道であったが、太平洋戦争に突入し、太選の事事施設の為の重要路線として完成が急がれる事となった。 ⬜︎・本間間29kmのうち⬜︎までの16kmの基礎工事が完成した⬜︎948)2月突として工事が中止となり、数十年の間放置され現在に至っている。 ↑坂口恭平してる小屋 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2025.06.29 17:34:39
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