|
テーマ:読書(9771)
カテゴリ:本日読了
2025/11/20/木曜日/立冬もトウ立ち
![]() 出版社 新潮社 著者 三島由紀夫 豊穣の海・第二巻 新調文庫 昭和五十二年八月三十日 発行 平成十四年十二月五日 四十三刷改版 平成十七年十月十五日 五十一刷 〈私的読書メーター〉〈奔馬。ケイソウウマなる新語が宮の内側から湧いて著者は草葉の陰から何想う。フォーエバーヤング、おめでとうと脈絡も無し。暁の寺→春の雪→本作と読み来、19の年で繰り返しこの世の命果てるフーガ、フォーエバーヤング。法体系の確固たる建築からはみ出す本多とは別の世界の潮流あり。私はね、この戯作中、最も蔵原を好いていた。国民の究極の幸福、って何ですかと問われ、それはね、…通過の安定ですよ。日本国民とは何ぞや…身を守ることすら知らぬ国民は美しい。いみじくもご本人は未来の話として語り、それを終章に交点させる三島の術よ。〉 先日読んだ『三島由紀夫の来た夏』によると、豊饒の海の第一巻『春の雪』は、読者サービス⁈のための書き下ろし。なんですと。 三島の一番伝えたい、書きたい事は第二巻の本書である。とのことだ。 とにかくサービス精神の旺盛な人であった事は『三島由紀夫の来た夏』によってよく理解できた。 同時に、けばい気味の洒落振りはフランスよりもイタリア寄りなんだなとか、そのルネッサンス好みと対比を為す、湿った異様な尖った暗闇。 下田の夏と奥まった暗い座敷で祖母と暮らした日々が彼の心身に共存していたのだということ。 生前に「『奔馬』を読めば僕のことが分かる」と話していたそうで、なるほど。 三島は元大蔵官僚であり、小説とはいえ『神風連史話』を崇める右翼の少年によって、大蔵大臣であった蔵原を誅殺する、という設定は激しい。 蔵原のいうインフレの恐ろしさを日本国民は知らない、というのが予言になりませんように。 くわばら、ツルカメ。 三島は本書のために大神神社でも取材したようだが、大神神社の御神体に感応したならば、果たして勲は荒ぶる神に憑依されるだろうか。 私にはこの神は非常に和らいで受け止められる。 のだけれど。 同時期に取材したという熊本の二つの神社は、私には知る由もないけれど、それらは神風連と関わりがあるという。 考えてみると、『春の雪』は命掛けの想い人、恋心に翻弄される清顕の「真心」 『奔馬』では、腐敗した政財界を刀で潔斎しようとした勲の思想的「義」 満で二十歳になる前に消えた命は、二十歳の前に それを繰り返す。第三巻『暁の寺』ではジン・ジャンは蛇に噛まれて死ぬ。 それらの人物と関わり、ある意味自分の人生を歪めてもひたすら観察する者であった本多が、ジン・ジャンの閨房の秘事を周到に覗き込むという、これは「非礼」なのか、観ることへの執徹の「礼」か。 二十歳に到達せずに虚しくなる若い命のリフレイン 徴兵を免れるために身体検査を巧んだ二十歳の三島由紀夫の慙愧の念が、幾度生まれ変わっても真の死処を見出さずにおれない、という情念に結んだか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2025.11.20 16:52:06
コメント(0) | コメントを書く
[本日読了] カテゴリの最新記事
|