2026/02/17/火曜日/寒の戻り

出版社 ポプラ社
著者 三浦しをん
2007年5月30日 第一刷発行
〈私的読書メーター〉〈出版から20年、亡き咲太夫さんお若い。本書は文楽刊行物連載にして、文楽初心者のハテナに随走してくれる敷居の低さが頼もしい。合わせて取材特権か、京都、大阪、果ては内子座と文楽鑑賞の羨望。世話物が今ひとつな三浦さんと心同じくする私は『桂川連理柵』の登場人物への彼女のツッコミは共感甚大で度々の失笑。そして流石は物書きと唸らされたのが『女殺油地獄』の章。この不可解な人間心理のドラマツルギーはもはやドストエフスキーを凌駕する。あまりに暗くてヤダ!な題材が、なるほどそうか、門左衛門は神さまの場所から人間の哀れを、と。〉
歌舞伎は人間が演じるので、私には
何とも生々しさが先走るのであります。
女殺油地獄なんぞを演じられた日には
夢にうなされるが必定。
人間の写し身、空っぽの人形が演じて
くれればこそ、皮膚一枚下の人間の生身を
覗く恐ろしさが昇華されゆく。
傀儡ですよねえ、デクノボーです、
木偶の坊。
ところが、である。
とある一刹那、人間の演じる、が背後に
さーと下がり、人形が語り、唇を噛み
涙を流す。
これが人間の技!とはっと気づいた時には
これがまぁ。
元のデクノボー、なのでございます。
これが私にとっての文楽至上のヨロコビ
その刹那、何が起きているかと考えるに
これが太夫の語りと太棹のこんがらがって
躍動する波となり、全てが混然となる様
と言いますか。
そう度々訪れるものではありません。
大島さんはそれを 渦 とかや。
プラトンの洞窟の影絵の上塗り、
影絵が影絵を遣って芝居を打つ
意識の明かりがさっと灯れば
影は消える、神も消える
この世の妙を遊ばんとて〜文楽
其日庵ソノヒアン先生の
『浄瑠璃素人講釈』も読みたくなった。
何と先生は夢野久作のお父上ですと!
むかしの日本男児は骨も身もあったのぉ
さて終章、豊竹咲太夫さんに聞く
は事の他、味わい深い。
鶴澤燕二郎さんが六世燕三になった経緯。
痺れたねえ。
血、ではないよ スピリッツ、だよお。
それが織太夫と組んでばっかり。
小住太夫とも、ひとつよろしくお願いします。