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テーマ:読書(9944)
カテゴリ:本日読了
2026/03/15/日曜日/春めいて、花粉も盛大
![]() 出版社 花鳥社 著者 島内景ニ 2020年3月31日 初版第一刷発行 〈私的読書メーター〉〈古典は読まないで生きてきた。授業がつまらなかった記憶が尾を引き。読書会縁で読んだ脇田晴子さん女芸能史、ピカリと光った菅原孝標女。さて何を手始めに読めば?と手にした本書は原文併記の新訳がかなり意訳とはいえ、風景が目に浮かぶようで楽しめた。更に「評」なる解題は古典背景文盲の私には有り難かった。千年昔の少女が物語に夢中のあまりその願いを親にぶつけ、そんな娘に大人たちが誠実に応える様も面白い。彼女の一代記の中に立ち現れる輪廻転生物語は浜松中納言物語に昇華し、やがて三島『豊饒の海』へと水脈は枯れず、の日本文学千年〉 日記は父の上総赴任に伴い、当地で四年を過ごし再び京の都へ戻る東海道3ヶ月の旅路から始まる。 彼女は手元に残した和歌の数々から、昔日を 振り返り記したのである。 振り返るのに歌をもってする品性よ 過日よんだ歌を思い起こせば花も月も山も仏も 人も浜も風もたちまち鮮やかに蘇るのだろう。 和歌集が手元にあれば、様々なデバイスも空き容量も不要、関連付るAIも消費電気も不要 かつての我らはそのような態であったのよのう。 優雅という言葉はそんな時代の感覚なのだろう。 この長い移動の中で、彼女は自分の人生が そこからスタートする事を自覚する。 都から遠く離れた僻地で、ひたすら物語に憧れ、 仏様に祈る時さえ、どうか物語が沢山読めますようにと一心に願う彼女にとって、もの心が付いて人となったのは、上総国であり都の殿上人からすればとんでもない田舎娘であった事を年老いた今、呆れたりあわれにも見る双方向の眼差しがこの日記にはあるのだ。 つい、時は春!とでもいうような自身の少女時代を重ね省みて、その稚さを眩しく思い出さずにいられないほど千年前の少女はいきいきしている。 なので、東海道を上る段が私的には一番好みだ。 産気づいた乳母との別れでは、当時の穢れの観点から近づく事を止められても、それに対抗しとうとう枕元に添い、わあわあと泣き伏せる。 実母が、女性の遠くへの外出を嫌がるのを古くさくていやだと言ってみたり、文学を好む継母への敬慕など、早熟で感受性の強いまま成長していく様 いつでもそらで源氏物語を引用できるほどに寝食忘れて何度も読み耽る様 当時としては格段に恵まれた地位の娘とはいえ、 好奇心の赴くままにまっしぐらに自分の好きを 生きた様は天晴れだ。 菅原家では、何か祈念のある毎に太秦に幾度か お籠もりをしている。これをもの詣と称す。 ここでいう太秦は、広隆寺を指す。 広隆寺は秦川勝が建立した秦氏の氏寺で、京都内でも最も古い寺の一つ。広隆寺ではかつて牛祭という奇祭が執り行われていたという。 菅原孝標は道真の玄孫であるから、孝標夫婦揃って何日も広隆寺にもの詣する背景には、菅原一族が 秦氏末裔である事が見て取れる。 斉木雲州氏の著作では、道真は出雲王族富家の 事代主の末、野見宿禰の血統と記載されている。 倭国大乱の頃を経て、出雲王家も実力者秦氏との 婚姻で血脈は重なっていったのだろうか。 あらぬ嫌疑をかけられ左遷され、虚しく太宰府で 果てた道真が、建国以来の大なる祟り神として恐れられた事実は、出雲族の苦渋の歴史と重なる。 更級日記は、このような歴史的背景をあれこれ 想像するのもまた一興だった。 記紀に登場しなくとも、富士が古代から神々の住まう尊い場所である事が理解できる。 後年、藤原定家が本書を書写したものを乞い願われ貸したところ紛失されてしまったなど、定家の無念さが痛いほど伝わる。 その後、別の写本を入手して、間違いと思われる所など朱記して、後年の研究者に託すという研究者の姿には新鮮に驚かされた。 また本文中に何度も引用される在原業平『伊勢物語』も必読書となりぬ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.03.15 14:56:09
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