2026/06/05/金曜日/朝は晴れ
8:40離陸の羽田発が随分遅れた。
プレミアム席のお客さんを待ったようだ。
えええ?福岡空港10:55着

予定より20分以上の遅れ。しかし!
博多駅発新門司行き、鹿児島本線11:10発 に間に合った!実は電車も発車が少し遅れた。

奇跡のリレー?市杵島姫さま、ありがとうございます。という訳で宗像大社は辺津宮に
↓祈願堂

私はこのまま大島に渡るためスーツケース持ち。
タクシーの運転手さんから、参拝に1時間は
かかるので大変ですよ、御朱印など頂ける祈願堂で聞いてみては?とのアドバイス

これがリリーフ、リリース!
荷物は6時まで無料で預かってくれたのだった!
市杵島姫さま!

おかげで、高宮祭場、神宝館など身軽に回れた。

古代の信仰の姿がうつくしい
三女神が降りたった神籬

神道の本来の姿を沖縄で強く印象付けられたが、ここにもその姿が残された事は有り難い。 これはウタキだという直感

祭場の右手の白い楕円の玉石が気になる。

↑洗心、揮毫は出光佐三と言われる。宗像市赤間の出身。これだけの有功者でありながら神への熱い気持ちが彼を
天狗にしなかった。彼の威光はイランに及ぶ。
天孫→皇室との強い結びつきは、あちこちに見られる16弁の菊の御門からも伺われる。

宗像大社を莫大な資産で復活させた出光興産創業者の出光佐三の企図が働いたのではあるまいか。
彼は昭和天皇を敬うことこの上ない人であったようだ。海ゆかば、の物部一族オビト振りだ。
作家の好悪は別として、『海賊と呼ばれた男』は読むべきか。

白い石を見ながら考えた。
しかしこれはまるで蛇の卵である。
ここに蛇信仰があったのではないか。

出雲風土記の6代大名持 八束水臣津野
(意美豆怒命)オミヅヌは、国引きを為した神として島根では高明な御先祖神だ。
その息子のアタカタスが今の宗像、かつては胸肩と表記した。出雲王族の勢力を伸ばした西限がこの地であった、と。
アタカタスの三姫の内、長女、次女はそれぞれ
出雲の7代、8代大名持に嫁ぐ。
しかし、三女市杵島姫はニギハヤヒ、出雲口伝
では徐福に嫁いだという。
辺津宮と、名前は控えめながら第一宮として
あつらえられてい今の姿は、やはり天孫への
崇敬の気持ちが明治維新以降強力な勢いを中国、九州地域にもたらしたのに違いない。

私は二人の姉神を辿りたいと思ったが、実は
三女神の名残りは今では本当に微か過ぎて
辿れないほどだ。