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カテゴリ:旅日記
2026/07/01/水曜日/蒸し暑い日
昨日は夏越の大祓いの日だったので、 何となく茅の輪潜りをしたいと思っていたら 遠野郷八幡神社に立ち寄る用件が昨夕発生す。 ![]() お社を訪ねると、8時を少し過ぎたばかりなのに すっかり用意がされていた。 ![]() 手水の口が河童さん 神社によって少しお作法が違うような体験を したが、ここはオーソドックスな左→右→左 本殿の途中に立派な馬場が↓ ![]() 直線218メートル! ![]() 南部馬の産地としても知られたこの周辺は タタラも盛んだったことを知る。 ![]() 何しろ鍛治社が祀られている。 神職さんのお話では、この場所で 高齢の刀製作者が、ご自分の最期の神剣を 一振り打った。 神社に奉納された昭和30年をもって、 遠野からタタラの火は消えたという。 ![]() それでも今なお地域の方の崇敬を集めて 賑わい、活力がある。 ![]() 山奈宗真氏という傑出の人物が 遠野を遠野たらしめた様子も伺える。 石碑に残された言葉にも感服 ![]() 歳を重ねてみれば、こんな言葉に素直に 首肯する自分がいるという発見 家族とは恋愛の成れの果て、ではない。 これはやはり最も小さい社会共同体なのだな 家庭を営む事はすなわち政経なのであろう。 ![]() さて、当社を訪ねたきっかけは 前日、遠野ふるさと村で見た、 ![]() ↑肝入り(庄屋)の神棚に飾られた五柱の 神さまの姿絵に惚れ惚れしていた事 似たものが投宿先の民宿の神棚にも飾られて いるではないか! 由来を尋ねたら、氏子である八幡神社のもので、毎年このお歳神様を祀るようだ。 いいですね、と眺めていたら即座に神社に 電話され、譲ってくださることに! なんだか、瓢箪から駒 ↓こちらが遠野郷八幡神社で授かったもの ![]() 上の列の右端、つまり全体の真ん中にお歳神様 下の列左端、お歳神様 お歳神様の左右に事代主命、右に大国主命 海幸山幸の実りの豊ウケで左右を固める、と。 外端にはそれぞれ八幡大神(ホムタワケ→ 応神天皇)、山ノ神←見るからに修験道者 ホムタワケが真ん中でないのがよか。 ![]() これは現神職のお父様が板木を彫られ 毎年刷り上げておられるとのことだ。 色つきは沿岸部地域のお歳神様とのこと ![]() 大国主と事代主は私の愛してやまない国津神 ホムタワケはおそらくモノノベの天津神で 本来なら八幡神社の主祭神。 共に祀られているとは興味深い。 しかもお歳神様が最高位のように見受けられる。 ![]() 神職さまが言われるには、八幡神社に 国津神が祀られているのは珍しいそうだ。 また彼は『遠野物語』における誤りや訂正を 見つけ、真相や解釈の新しい視点の研究書 『注釈遠野物語』にも幾つか文章を寄稿されて いるとか。 お忙しい中を色々とお話くださった。 ![]() その後、市立博物館に移動。 が、6月は本日のみ休館(>_<)えー ![]() そんな訳で急遽、早池峰山の中程にある 早池峰神社を参拝がてらのドライブに。 市中から車で45分ほどか。 修験道の山、くらいの認識。 ところがびっくり、神職さまが言うには 御祭神は瀬織津姫なのだとか。 ![]() かつては早池峰神社でもその名を出す ごとはなかったとか。 何しろ記紀には登場しない、 唯一、祝詞に現れる女神なのだ。 ![]() ところで武蔵一宮は大宮の氷川神社と 多摩市の小野神社 小野神社の御祭神も瀬織津姫。 こちらでも瀬織津姫ブームに乗って、 何年か前から堂々とその名を現している。 かつてはこれが一ノ宮⁈な雰囲気の 村社風だったが、最近は立派に変身中。 ![]() 山川草木悉皆仏性、神仏習合、 お天道様が見てござる主義?が地の私 ![]() 早池峰は素晴らしいお天気で迎え入れて くださった。感謝 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.07.01 17:30:01
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