葵上と根岸吉太郎と中谷美紀さん
2025/11/24/月曜日/山は晴れ、朝からシカ三頭何となく三島由紀夫まつりを一人でやっている。別に特段のファンというわけでもなく。淡々と。数ヶ月前に予約していた、国立劇場主催の『椿説弓張月』講座を、日にちを間違えてポカしてしまった∑(゚Д゚)ことに気づいた。あーあ、『三島由紀夫と歌舞伎』まで読んで予習をしていたのにねえ〜その補償行動に走ったか。渋谷の映画館に土曜朝9時に駆けつけてしまった。たまたま、渋谷シネマヴェーラで三島由紀夫生誕百年記念映画祭がある事を講座ポカした日に知った。ってすごいタイミングだし。三島の『近代能楽集』から「葵上」と「卒塔婆小町」が当日の1番2番のプログラム。これは次にでも読みたいと考えていた作品だ。おまけに「葵上」の後には根岸監督と中谷美紀さんのトークショーがあるという。「葵上」の舞台は病院の一室。若い妻は病室の寝台で寝ている。これ、原作でもそうなのかしら。夫である若林光、すなわち光源氏を柄本佑が演じる。もちろん、この時点で彼が大河ドラマで光源氏を演じるなんて未来は見えていない。 それって根岸監督のキャスティングセンスが抜群にヒカル…って、なんで稀代の色男が柄本佑なの⁈もっといないのかねえ、知性も品性も備えた貴公子を演じられる俳優が!日本には!ところが中谷美紀演じる六条御息所、六条康子が素晴らしい存在感を放っていた。彼女のあらゆる語り口、所作の美しさの中でも取り分け、手袋を脱ぐ姿の良さに魂消た。テーブルに置かれた黒いレースの手袋は康子が病室を出た後、更に生きているかのように存在感を放つのは根岸監督の手腕か。光が忘れた手袋を手に康子を追いかけ姿を消すと、葵はこと切れる。葵上の真の主人公は六条御息所である。ヨットのシーン、しのつく雨の深夜の病室、康子の登場、うなされる葵の姿、照明の効果がほぼ能舞台のようなワンシーンセットをドラマチックに際立たせていた。時間の経過、天候の具合まで変化させるかのよう。撮影から10年を経て、中谷さんもプライベートの変化を思えばさすがに年月を思わせるのでは?との予想は大きく覆る。本当に美しい!そして知的『近代能楽集』をみなさんもぜひ声に出してみてください、おすすめします とか。映画は監督、スタッフ、役者だけでなく見られることによって完成する とか。彼女の言葉には非常な説得力があった。ザルツブルクに持っていかれるなんて。やはり日本には光源氏はいないのね。『卒塔婆小町』は芸達者なお二人だったけれど、鹿鳴館の舞踏会の花の寺島しのぶが、どう見ても梨園の雰囲気が出過ぎていて、監督としてはそれが狙い目かもしれないけれど。20年前くらいの大竹しのぶならどうだったろう。役者というのは無味無臭で空っぽでなければ役にぴたりと当たることが妨げられるというか。役を離れてそれでも尚社会人、市民として、自身の思考、思想をもつ生活を一方で貫くのは舵取りの難しいものだろうなあ。三島由紀夫は三島由紀夫という役柄を生き抜いたのか、どうか。