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2005年12月15日
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カテゴリ:映画
楽園の瑕 東邪西毒/Ashes of Time1996年香港 
主演/レスリー・チャン、マギー・チャン、レオン・カーフェイ 監督/ウォン・カーウァイ
アラスジ:風吹き荒れる砂漠。殺し屋の仲介業を営む“西毒"こと欧陽峰の元に、毎年、決まって訪なう友人がいた。その友人・“東邪"こと黄薬師が、或る年、不思議な酒を土産に持参する。「飲めば思い出を忘れる」その酒を勧められるも口にしない西毒。東邪は強か酔い、記憶を失ったと告げ、去って行く。西毒は殺し屋仲介業を続け、その元には、幾多の剣士たちが訪れては去っていった。二重人格の女、盲目の剣士、裸足の剣士。彼らを見守る西毒は、己の若き日を思い返す。嘗て、高名な剣士になるために分かれた恋人の事を……。中国の人気武侠小説「射鴎英雄傳」の登場人物たちの若き日の姿を、カーウァイ流に描いた作品。94年ヴェネチア映画祭金のオゼッラ賞受賞。


カーウァイ監督の、独特の美学溢れる映像が好きだ。
と言うと、さも精通しているように聞こえるが、実はきちんとスクリーンで鑑賞した事がない。
(更に言うと、全作品を観ている訳でもない。あぁ、なんちゃってファン)
だって、片田舎じゃ上映してくれないんだもん。
ブレイクし始めた頃は、都心の映画館に通う余裕がなかったし。
で、レンタルでの鑑賞から嵌った監督である。邪道ですまぬ。
(今年公開された、日本の某トップアイドルが鳴り物入りで参加してコケた作品も見ていない。あのCMで食傷した。)

本作品は、剣客たちの物語だが、単なるアクション映画とは一線を画したものに仕上がっている。
何せ、あのカーウァイ作品だ。
単純明快、すっぱりと割り切れる痛快娯楽映画になる訳がない。
と言うか、アクション物としてみると…そっち方面には明るくないので良く判らないが、かなり問題作なのでは。
独特の映像感覚が、アクションならではのスピーディな動きを封じてしまっているからだ。
そもそも、この映画、観る者をかなり選ぶ。
選民意識で言っている訳ではない。
ぶっちゃけ、カーウァイファンでも、途中でリタイアする危険性のある映画なのだ。
体調が万全じゃないと、寝ちまったりしますぜ。
実際に、私の初回がそうだった。
一度目には途中で爆睡。
体調を整えて見た2度目も、完走はしたものの今ひとつ良く理解出来ず。
今回、3度目の挑戦で、やっと面白さが判って来たような次第。

間違いなく、アジアを代表する監督の一人であるウォン・カーウァイ。
なかなか難しい御仁のようで、作品への拘りが強い余り、製作中のトラブルが絶えぬと仄聞する。
本作も相当なトラブルがあったそうで、撮り終えてから編集もせず放置、上映までかなり間があいたらしい。
出来上がった作品も難渋で、賞を取ったものの、その評価は毀誉褒貶。
場所によっては、ブーイングも出たとか出ないとか。
特にこれと言ったストーリーがある訳でなく、時間が前後して描かれるので、かなり判りにくい話だ。
一度納得出来ると、倒置な展開の妙を感じることが出来るのだが、如何せん、その納得に至るまでが苦労。
いや、冒頭と終盤のリンクが、納得出来るとなんとも絶妙なんだけどね。
体調次第で、最後まで完走するのが困難な作品だと、理解するのがなかなかに大変。
拒絶反応も無理はないと思う。
有名な武侠小説の前日譚だが、そのベースになっている話を知らない人間には、一度観ただけではさっぱり意味不明。
外国の人に、八犬伝の創作後日譚映画を見せたら、こんな気分になるのかも。
時々、レスリー・チャンとトニー・レオンの見分けが付かなくなるのも厳しい。(いや、これは私だけだろうよw)
それと、これは効果を狙った為なのか、かなり映像が荒いのも気になる。
カーウァイらしいっちゃらしいのだが、それも程度問題かと。

と、これだけマイナス要素がありつつも、それでも惹きつけて止まぬ何かが、この作品にはある。
いや、この作品に限らず、カーウァイ作品には独特の味わいがあり、一度その味の虜になると後を引くのだ。
深く理解している訳ではないので、飽くまでも個人的感想だが、“死の影”が漂う世界だ。
もっと言えば、その死の影に潜むエロスが、観客を惹き付けるのかもしれない。
カーウァイ作品、人死にが多い。
かなりの作品に、殺し屋が登場しているし。
ストーリーにも、不毛な傾向が窺われる。
そう、不毛だからこそ、なんとも言えぬエロティックな空気がそこにあるのだ。

で、本作である。
剣客が主人公なので、当然の事ながら人、死にまくり。
だが、この映画の主眼は、彼らが繰り広げる剣戟よりも、その愛にこそあるのであろう。
実に、実に不毛な愛の形が、そこにはある。
己の野望のため一度は捨て去った恋人に、兄嫁になると言う形で復讐される主人公・西毒。
西毒の友で、女たちを翻弄した末、親友の妻に深く思いを寄せてしまう東邪。
その東邪を一心に慕うあまり、心に傷を負い、二重人格になってしまう男装の女。
東邪と妻の仲に耐えかね、故郷を捨てるが、それでも尚、妻を思い続ける盲目の剣士。
そして、残酷な復讐を果たしたものの、それが己をも空しゅうする行為だった事を嘆く西毒の恋人。
彼らの思いは、複雑な糸の様に絡み合い繋がる。
曖昧な輪郭だった話がラストで繋がり、全て腑に落ちた時、もつれあい死の淵に落ち行く彼らが発する不毛な愛の香りに、観客は陶然となるのだ。
叶わない、報われない愛ゆえに、限りなくエロティックな世界が其処にある。
この匂いを好むか好まぬか。
それ次第で、この映画を堪能出来るか否かが分かれるであろう。

この作中、女性は水の領域にあり、男性は砂に象徴されるような気がした。
水郷に住む盲目の剣士の妻、湖で独り修行をする男装の女、そして海を眺める西毒の恋人。
ゆらゆらと揺れる水面のように、彼女たちの心は不安定だ。
ただ一心に男を思い続けていると本人は思っていても、掌から零れ落ちる水のように、それはいつしか失われてしまうものだからかもしれない。
だからこそ、彼女たちは儚く美しい。
安定し、完結したものには、エロスは存在しない。
対して、男たちは砂のように地を流離う。
砂は、何も生み出さない。
偶さか、水に巡り合って吸い込む事は出来ても、その身に留め置く事はできぬ。
いつかまた、乾いた砂に戻って、風に吹かれて流れるだけだ。
不毛で、哀しい。

実は、登場する女の中には、水から遠ざかった世界に生きる者もいる。
西毒の元で剣客をする洪七が思いを寄せる女と、洪七の妻である。
彼女達は、大地に根ざす存在。
この場合、男である洪七が“水”だからか。(その名からも、彼が水に縁がある存在として描かれる)
女性の水の場合、命を生み出す象徴と考えられるが、男性の場合、死を司る水か。
生物は水から出でたが、水はまた、レテや三途の川ともなり、命を流し去るものでもあるから。
思いを寄せた女は、自分の復讐を果たしてもらう代価として卵を差し出す。
卵1つで、命を購おうとするのだ。(いや、1つっきりじゃないけどさ)
己の身代わりに卵を選ぶ女。
卵は確かに1つの命ではあるが、だが、女自身がその身から何かを失うわけではない。
したたかである。
その結果、洪七は剣士として致命的な怪我を負う事になる。
そして、そんな彼を癒す為、粥を炊き、草履を綯う妻。
夫と妻と言う、形を得て安定に向かう彼らには、不毛なエロスは似合わない。

冒頭、西毒の元を訪れた東邪は、記憶を失うと言う酒を飲み干す。
作中の或る女に託されたその酒は、女=水そのものであろう。
飲み干しても、飲み干しても、やがてはサラサラと乾いてしまう。
乾いて、消えるかに見えて、だが、その真髄だけを砂に残す。
“思い出こそ悩みの源”と嘯いてみても、忘れようとするほど、その思いは消え去らぬものだから。
カーウァイにとって、愛は忘れ去りたいほど不毛で、だが、それ故にエロティックなものなのかもしれない。

普通のアクション映画を期待しない人、是非一度お試しあれ。
ただし、体調の万全な時にね。(或いは、途中で寝ちゃってもOKな体制でw)
しかし、この映画、邦題が上手い。
原作を知らないとピンと来ない原題に比べ、日本人にはアピール大。
「楽園の瑕」、アートでおされなタイトルだ。スノッブなので、そそられちゃうw





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最終更新日  2005年12月16日 02時36分46秒
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