セルクルシェフが綴るショートストーリー【夏衣(なつごろも)江ノ電に乗って】
ショートストーリー【夏衣(なつごろも)江ノ電に乗って】 付き合い初めて5年のぼくと彼女。この3ヶ月はお互いの用事や休日出勤などで会うことが出来なかったが、明日はやっと一緒に休める事になった。「わたしたちって付き合い始めてからこんなに長く会わずにいた事無かったよね。3カ月は新記録だね」 「ふたりとも何かと忙しかったからね。明日は久しぶりのデートだ、青空の下で思いっきりパーっと、遊ぼうぜ!」 メールでのやり取りは頻繁にしていたけれど、電話で話すのさえ久しぶりだ。 8月に入って暑さも本番。海に出掛ける事でふたりの意見は一致した。「 車出すからさあ、ちょっと遠くの海にしようか。どこか行きたい所ある?」 「あのね、私、車じゃなくって電車がいいな。ふたりで電車に乗って出かけたいの。車の運転も結構疲れるでしょ?ビール飲めないし。ねえ、久しぶりに江ノ電で江ノ島に行こうよ!」 何年か前に一度ふたりで江ノ島に行った事があるけれど、あれは確か秋だった。あの時も江ノ電に乗りたいってきみが言ったんだっけ。 待ち合わせの駅で落ち合うと、マリンブルーのTシャツを着たきみは笑顔でぼくに駆け寄り、腕を絡ませてきた。触れたきみの腕のぬくもりで、半袖を着る季節になってから今日まで一度も会っていなかった事を実感した。 カラフルなパラソル、スイカ模様のビーチボール、女の子達の嬌声、子供の笑い声。ビーチは夏を待ちわびていた人たちで賑わっている。ぼくらも水着に着替え、サマーベッドを借りて横たわる。一年ぶりに見るきみの水着姿が目にまぶしい。 「あー、この陽射しと潮の香りが夏って感じ!ビーチに来たって感じだよね!」 ふたりは久しぶりのデートで子供のようにはしゃぎ、あっという間に夕方になってしまった。 「海に入って泳いだり、ビール飲みながら焼きそば食べたり、ああ今日は久しぶりに楽しかったなー!やっぱり、海に来てよかったね!」きみは日焼けした顔をぼくに向けて微笑んだ。 陽も傾き始め、人影がまばらになった夕方のビーチ。宴のあとに似た、なんとも言えない虚しさを感じるけれど、その虚しさがまた何となく心地良い。「今度はいつ来られるかなぁ......」 夕日に染まり始めてきた海を見つめて、少し寂しそうにつぶやくきみ。その横顔を見ていたら、ぼくはきみの小さな肩を抱き寄せずにはいられなかった...... 帰りの江ノ電ではぼくの肩に頭を預けてすぐに寝入ってしまったきみ。遊び疲れた子供の様なその寝顔を見ていたら、電車で来ようと言ったきみの気持ちがぼくにも少し解った気がする。 きみの顔と同じくらいの色に日焼けしたぼくの腕。アロハシャツの袖がその腕に触れて、少しヒリリと感じた。 fin