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カテゴリ:試練
1997年4月に隣家が火事にになり もらい火となって 一部燃えたところで押さえられた。 しかし、火事となってしまった家の他の隣家 2件は全焼となってしまった。 一部で済んだことが不思議で、 神様の守りを感謝したことでした。 建物の方はこの程度で済んだのですが、 自分の体の方がズッコケて入院となった。 肉体の弱さ・痛みを覚えるのも 辛いけれど、完治出来る病気の場合は 元気になるとその時の痛み・苦しみは、少しづつ 癒され、トラウマのように苦しみつづけることは なくなってくるように思う。 10年という年月がこんな風に 言えるまでにしてくれる。 ここにも、神様の癒しのみ手は注がれている。 けれど、こころの痛み・苦しみ・辛さは 時間が解決してくれるものではないように思う。 記憶は多少鮮明で無くなる場合もある しかし、痛み・苦しみ・辛さは癒されて いなければ、その時と同じように いやその時を上回るように思い出されてきてしまう。 主にあって 本当に赦され、赦していくことの 素晴らしさ 喜び感謝。 けれど、本当にこの「赦し」を 受け止めることの難しさも また、向き合わされる。 10年前頃にも試練の時があった。 そして、10年後 その時を思い返すと真実に 向き合ったのか?と 問われる。
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