パール・やまぐちの運命占術と秘術の前世探査開運法の公開、比治山陸軍墓地案内

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面白き哉、我が人生の廻り舞台


波乱万丈な半生と、アンビリバボーな体験


独自の占術と前世探査、折り紙みによる開運


死期が当って大先生に祭り上げられたが・・


安易に占いに頼る昨今の風潮に警鐘!


運命学書の蔵書数では広島ではトップと自負


運命占術との出会い


K氏はマルコ・ポーロが魂のルーツだった!


Kさんの魂のルーツはジャンヌ・ダルク!


Pさんの魂のルーツはジョン・ミルトン!


Rさんの魂のルーツは藤原公任だった!!


Hさんは阿野廉子が魂のルーツだった!


Tさんは、和気清麻呂が魂のルーツだった!


運命鑑定には責任が伴うことを自覚せよ!


由名さんはジョン・ミルトンが魂のルーツ!


佳世さんの魂のルーツを探る!


美由紀ニャフンさんの魂のルーツは!


脇永一さんの魂のルーツを探る!


◆オリエンタル銀河占星術での鑑定例◆


◆S・T君の運命式と今後10年間の運勢◆


ハナミズキさんの魂のルーツを探る!


紗恵さんは、新撰組隊長の近藤勇との分魂!


ヘブライ密教秘儀による占術鑑定書より


これが高い的中率の“身数秘易”だ!


これが音霊姓名判断だ! 鑑定備忘録より


これが運命方程式だ! 鑑定備忘録より


これが運命方程式だ! 推命編


これが運命を読み解く運命盤だ!


“生き方の道標”となる前世探査の全文だ!


U・M様の運命を東洋銀河占星術で看る!


運命方程式(推命鑑定ノートより)


推命と運命周期律によるUM様の大運と年運 


音霊姓名判断によるU・M様の運命傾向


毎年の運勢を読み解く九宮紫白盤と数理盤


『嵐とともに去りぬ』の作者とN・A様の魂


小泉首相の魂のルーツの一つは最澄だった!


リックさんの魂のルーツは陸奥宗光だった!


N様は「風とともに去りぬ」の作者と魂で


吉田兼好は、うたかた女将さんの魂のルーツ


T・K氏の運命方程式 (鑑定ノートより)


身数秘易によるT・K氏の平成17年の運勢


オリエンタ銀河占星術 T・K氏の生涯運


九宮紫白盤によるT・K氏の運命看法!


22さんは島崎藤村も魂のルーツの一人!


四柱推命術 占術鑑定依頼者 K・S様


これが運命を読み解く人間周期律だ!


オリエンタル銀河占星術(鑑定依頼分)


リックさんの魂のルーツは織田信長だった!


K・T様の運命方程式と今後5年間の運勢


時空を遡ってI・S様の魂のルーツを探る!


これがM・Aさんの運命方程式だ!


四柱推命術によるM・T様の運命鑑定書


K様は、聖徳太子も魂のルーツの一人だった


これが運命を読み解く人間周期律だ!


推命術で看る N・K様の運命鑑定を公開!


N・K様の魂のルーツは、ルネ・デカルト!


オリエンタル銀河占星術(鑑定依頼分)


安倍内閣官房長官の魂のルーツ聖徳太子!


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第五国会に於ける吉田茂首相の施政方針演説


世界の識者の日本の印象と想い


   〓如何なる星の下に〓・・・・・・・・・・・・・〈人間周期律〉

星に願いを・・・折り紙によるダビデの星

〓折り紙によるダビデの星〓
 一枚の紙で折った、この「ダビデの星」からは、ピラミッドパワーやヒランヤに勝るとも劣らない波動が放射されており、財布に入れておけば金運を呼び、名刺入れに入れておけば、交渉事や人間関係がスムーズに運び、免許証に入れておけば、交通事故から身を守るお守りともなる。また、小袋に一掴みの塩と共に、このダビデの星を身につけておけば、護符として事故や災難を回避してくれるといった不思議な霊力を持つ。
尚、ツキを呼ぶ一つの例として、宝くじに当たることもあるようだ。購入した宝くじにダビデの星を一緒に入れておくと、「10万円当たった」とか「20万円当たった」との喜びのメールやお手紙を時折いただいている。
開運グッズの一つに貴金属で作ったものが東急ハンズやパルコ、通販などで売られているが、開運やツキを呼び込むためには、自分で心をこめて折ったこのダビデの星の方が霊験が高い。
本来は、折る前に願い事と名前と生年月日を書いて祈願する“秘伝・折り紙によるダビデの星開運祈願法”にて用いるもの。

☆四季の心☆
人に会う時は 春のように 暖かい心で
仕事をする時は 夏のように 情熱的な心で
物事を考える時は 秋のように 澄んだ心で
自分を戒める時は 冬のように 厳しい心で

【丁度良い仏様の言葉】
あなたはあなたで丁度良い
顔も体も名前も姓も あなたに丁度良い 
貧も富も親も子も 息子の嫁もその孫も
それはあなたに丁度良い
幸も不幸も喜びも 悲しみさえも丁度良い
歩いたあなたの人生は 悪くもなければ良くもない
あなたにとって丁度良い
地獄へ行こうと極楽へ行こうと
行った所で丁度良い
自惚れる要もなければ卑下する要もない
上もなければ下もない 死ぬ月日さえも丁度良い
仏様と二人連れの人生は 丁度良くない筈がない
これで良かったと思った時、感謝の念が生まれます

●つもり違い十ヶ条●
高いつもりで低いのが教養 低いつもりで高いのが気位
深いつもりで低いのが知識 浅いつもりで深いのが欲望
厚いつもりで薄いのが人情 薄いつもりで厚いのが面皮
強いつもりで弱いのが根性 弱いつもりで強いのが自我
多いつもりで少いのが分別 少いつもりで多いのが無駄
そのつもりで頑張りましょう

-五絶二十字- 
詩「清冽たる一渓流」作・永杜鷹堂

白雲紅葉下
清冽一渓流
他日注江海
洋洋還八州

元歌
末 遂に 海となるべき渓水も
しばし 木の葉の下 くヾるかな

 この詩は、私が昭和36年に神戸に在住していた折、古書店で見つけた『姓名の真理』(永杜鷹堂著)に載っていた詩です。著者は連山塾という運命占術塾の主宰者で、青年が著者に自分の作った歌を詩にしてほしいと依頼し、出来上がったものです。
 数年前にテレビを観ていて、元首相の中曽根康弘氏が色紙にこの詩を書いておられ、好きな詩であること述べておられましたが、作者が誰であるかはご存知ありませんでしたので、余程、お知らせしようかと思ったほどです。
 この『姓名の真理』という書は、「現象哲学人生淵源編」(易学)、「現象哲学相貌倫理編(人相)、現象哲学稟性摘要編(四柱推命術)、「現象哲学撰名方術編」(姓名判断術)の4編で構成されており、含蓄のある内容で、易や人相、四柱推命術を理解するには優れた書籍です。
この時に同時に購入したのが、「天源陶宮術」と「考星術」という古書で、
この3冊が私の運命占術研究のスタートとなりました。

       ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

産経新聞で記事となった自著。
重度の糖尿病(血糖値620!)による数々の合併症で、座して死を待つ覚悟でいたが、貴人の出現で旧軍墓地に奉仕することになり、除ゝに健康を取り戻すことができ、墓地の変遷誌の作成を一任されて原稿から製本までを手がける。その第一作目の『広島比治山陸軍墓地略誌』(B5判 260頁 平成10年 比治山陸軍墓地奉賛会刊行)が、マスコミに採り上げら、忘れ去られようとしていた広島比治山陸軍墓地にスポットが当たり、NHKテレビでも3度に亘り、墓地を取材・放映してくれた。写真は手作りの著書と墓地の現状が産経新聞に記事となったもの。


自著が朝日新聞に大きく記事となる
手作りの自著『別冊・広島比治山陸軍墓地ガイド』(B4判 120頁 平成12年
刊行)が、朝日新聞に大きく紹介される。

産経新聞に自費出版の『別冊・広島比治山陸軍墓地ガイド』のことが大きく記事に。
産経新聞に自費出版の『別冊・広島比治山陸軍墓地ガイド』のことが大きく記事に。

手作りの著書第一作目。
自著の第一作目『広島比治山陸軍墓地略誌』 B5判 260頁 平成10年 墓地奉賛会刊行。
奉賛会を通じて、宮内庁をはじめ、政府、大使館、図書館、大学、マスコミ各社に納本・寄贈され、またフランスの駆逐艦やアメリカ人留学生らにより異国の地に渡り、政府や大学に寄贈される。また、文化財扱いともなった。

第二作『別冊・広島比治山陸軍墓地ガイド』 
420葉の記録写真で綴る第2作目の『別冊・広島比治山陸軍墓地ガイド』 A4判 120頁 平成12年刊行。

第三作『比治山陸軍墓地ガイド 副読本』 
『比治山陸軍墓地ガイド 副読本』B5判 160頁 平成12年刊行。
                    
                       〔ご案内〕
 私のページに訪問いただき有難うございます。このトップページは三部構成で、まず、第一部では、私の占術歴と略歴、第二部では会得した秘術・前世探査開運法について紹介し、第三部では、広島比治山陸軍墓地について旧陸軍墓地の写真や追悼式の模様(岸田文雄比治山墓地奉賛会長・元副文部大臣)、私の著書や新聞記事などを、そして第四部では私の今日までの歩みを数葉のスナップ写真で紹介しています。
 また、フリーページでは、今日まで目に見えない存在に生かされ導かれてきた不思議な体験記、ライフワークの運命占術師となった経緯や、開運アドバイザーとして占術に対する考え方、私が会得している『秘術・前世探査開運法』や『秘伝・折り紙によるダビデの星開運祈願法』と深層心理学、それに転職を経てタウン誌の編集長に就いた経緯、産経新聞在籍時のこと、早稲田式速記を如何にして覚えたか、それに日々の雑感等々、広島比治山陸軍墓地の変遷と合同追悼式の式辞など、いろいろと書き込んでおります。
 
やまんちです
livedoorアミーゴ

【第一部】
◆昭和36年を皮切りに、日夜運命占術研究に励んだパール・やまぐちの占術歴!◆ 

 私が運命占術に関心を持ったキッカケは、昭和36年に神戸にいたときで、三宮か元町の古書店で運命学書と出会ったことによる。それは『姓名の真理』(永杜鷹堂著)と、『天命判定術』(玄明由長著)いう本であるが、新しい世界に踏み入れたようで貪り読んだものである。

 『姓名の真理』は、哲学的側面から運命論を説いていたが、私のような素人にも理解できるものであった。内容は、易学・相学・推命術、姓名学の四部から構成されており、中でも四柱推命編では変通星と12運星の出し方と受気干星(月律分野蔵干表)で蔵干星を出す命式の作成手順がとても分かり易く書かれてあり、日干毎に便利な早繰り表などが載っていたので夢中になったが、残念なことに、肝心の干支暦が載っていないことと、変通星や12運、吉凶神殺、五行の相剋等については省略されており、これらを知るためには、著者の主宰する運命塾の「連山塾」に入門するしかないのであった。地方に於いては入門はムリなので、命式を作成するための暦だけでも欲しいと思い、古書店に足を運んでようやく干支暦を入手できた。ところが命式を作成できても変通星や12運などをがどんな意味を持ち、どういう運命なのかを解読するする必要がある。そのために、休日の度に古書店巡りをしていた。

 昭和37年頃のことであるが、高木乗氏の命理学「四柱推命術」を入手。別に入手した干支暦と照らし合わせてみると、沢山載せている命式例の多くに誤字誤植が散見され、間違いも何カ所も見つかった。おまけに四柱蔵干は採用しない主義のようで取り上げてなく、大運についても私をはじめ、家族や友人・知人の今までの半生とは適合せず、ついていけなかった。
 また、以前より欲しくて仕方のなかった『阿部泰山全集』も、思い切って大枚をはたき購入したが、『天文紫微運命学』も四柱推命術も日夜研究してはみたが、当時の私には難解でマスターするまでにはいかず、途中でやめてしまった。
 
 その後、推理小説作家の高木彬光氏の『占い人生論』を見つけ、面白くて一気に読んだ。その最終章には、高木彬光氏の弟子の東大生が、出雲又太郎氏の四柱推命術の書を数日でマスターしたことと、高木氏の鑑定結果が掲載されていたので興味が湧き、早速、古書店を廻って出雲又太郎著の「四柱推命術」を購入して取り組んだが、小さい活字で詳細にビッシリと説かれていて参考にはなったが、高木乗氏の書と同様に、宿命論的四柱推命術の感を受け、ちょっと抵抗感もあった。いくら東大生と言えども、出雲又太郎氏著のこの推命術を数日でマスター出来たとはちょっと考えにくい。しかも、誤字誤植も散見され、また巻末の干支暦に何箇所も間違いがあった。他にも2,3冊の四柱推命術の本を購入してみたが、どうも四柱推命の著者たちは、わざと難解に書いているように思われてならなかった。

 最初に四柱推命に出会ったのが、永杜鷹堂氏の著書で大変に分かり易かっただけに、尚更、他の著書の推命書にはついていけなかった。が、或る日、ふと立ち寄った書店で、加藤大岳著の『奥秘伝書・四柱推命術』に出会って、内容が分かり易く専ら勉学に励んだ。それがキッカケとなり、加藤大岳氏の著した『推命秘解』や、『易学大講座』全八巻をはじめ、易関連の書を次々と買い漁ったものである。

 鴨書店や香草社を通じて、熊崎健翁著による、推命書や姓名判断書、易書、佐藤六龍氏の一連の運命学書など、いろいろな著者による書籍を購入していった。興味を持った占術には、佐藤六龍氏の『四柱推命術活用秘儀』『四柱推命術極秘伝』『秘解・測字占法』『干支秘法』『奇門命理』『四柱推命術』や、佐藤文栞著『紫微斗数推命術』『干支六壬占法』、西村・松下共著『奇門遁甲推命術』、大熊光山著『五行易口訣』、それに、書名は覚えていないが古書の『天源陶宮術』、原田向陽著『数理計算式・音解姓名判断講義(全3巻)』、『張耀文口述・奇門命理』、伊藤美秀著『指紋の神秘』富田著『気学傾斜看法』など片っ端から購入して研究に励んだ。
 
 大変興味深い姓名判断の書があった。高橋三郎著『名前のつけ方』という書で、中でも、姓名の画数を四柱推命術に応用した『三元姓名術』で、姓名の天格・地格・人格・総画を四柱推命術の蔵干表に当て、変通星や12運に応用した独特の占法を編み出したものである。面白くて、よく当たるので夢中で研究したものである。著者は今は亡く、出版元もとうに消えてしまっているので、生年との関連を加えて、新たに作り直して世に問いたい気持ちで構想を練っている。

 尚、私の好きな書の一冊に西川満著『人間の星』があるが、これは算命術の書で興味深く読んだ。巻末に数十ページに亘る星の早繰表があるが、何のことはない、四柱推命術の60干支が元になっており、天冲殺を出すために数十ページもの早繰表をつけなくても、2ページの干支暦と空亡表で十分である。干支暦は、四柱推命術の書には大抵、数十ページに亘り掲載してあるが、或る推命書では100年分の干支暦を僅か2ページで纏めてあり、月干支や節入り日、それに1日干支も書き添えてあるので、これで事足りるのだ。只、巷間出回っている若手の書いた算命術の入門書よりも、西川満著の書籍の方が数段、風格が高く参考になる。

 昭和39年には、西洋占星術にも興味を持ち、門馬寛明氏や十菱星斗氏の著書をキッカケとして、独学。その後、潮島郁幸著による新刊『最新占星術』が発刊されることを知り予約して取り寄せ、氏の主宰する会にも入会して、潮島郁幸氏より直々に3度お手紙もいただいた。
後に、植田氏の『現代占星学』も取り寄せた。

 その後、武田玄考氏の『命理学』(四柱推命術)を知るところとなり、理解しにくいところは武田氏に何度も手紙を出し、懇切丁寧な返事を幾度もいただいたり、また、昭和45年頃だったと思うが、朝田啓郷著『推命学の革新』も発刊直後に取り寄せ、これもまた、朝田氏の主宰する「推命」の機関紙の購読もした。
 
 そう言えば、初代の宇佐見斎氏の丁寧なお手紙をいただいたし、数霊の金子彰生氏、破壊数の書で著名な田上晃彩氏ともお手紙で何度もご教示いただいた。夫々お亡くなりになられたが、これらの書信は、私にとっては大事な宝である。 

 余談であるが、運命占術の独学と共に、昭和40年頃であったか、雑誌で早稲田式速記通信教育の広告を見て興味を持ち入会。当時、ダンプの運転手をしていたが、運転席の横に講座を置き、仕事の合間に手にとっては、速記文字を覚えたり、夜は速記文字の書き取りなどの習得に励んだ。途中で止めてしまったが、基本文字の書き取りはすぐ飽きがきて、専ら、高度な省略法を覚えることに徹した。その甲斐あって、後年、タウン情報誌 「ディスカバー広島」の編集長に迎えられた時、取材で役に立ったし、産経新聞に就職して10有余年に亘る取材活動にも大いに速記が役立ったものだ。

 さて、今でも悔やまれるのは、昭和36年に神戸の古書店で買った2冊がセットになっている和装の紫薇斗数術の専門書であるが、ある日、親戚の伯父に見つかり「お前がこんな専門書を読むのは10年早い!」と、伯父に取り上げられてしまったのである。が、此の伯父は熊崎健翁の推命術や姓名判断を研究しておられたので、私から取り上げた紫薇斗数術の専門書がすっかり気に入ったようで、時々、家に遊びに行くと、この書を開いてビッシリと書込みされていたので驚いたものである。私自身は、阿部泰山氏の天文紫薇学よりもこちらの紫薇斗数術の専門書を気にいっていただけに残念な思いが今でも残っている。
 
 推命に関して云えば、中村文聡氏の『推命判断秘法』が好きだ。唯、同氏の『気学精義』は平易な文章で書かれているが、同会法はほとんど当たっていなかった。また、『葦氏推命学講義』も気に入っている。

 昭和42年に佐藤六竜著の『開運の占い方』という占いの入門書が出たが、中をみて驚いた。なんと、昭和36年に神戸の古書店で買った『天命判定術』を佐藤氏流にアレンジしたのが載っていたのである。これは、生年月日を元に星を出し、その三つの星の組み合わせで個人の特質を知り活用する占術であるが、『天命判定術』のような専門的なものでなく、あくまでも平易に書かれた入門程度のものである。

 そう言えば、私の気に入っている運命書に、河村真光著の『密教占星法実践』と同じく『密教占星法応用』がある。これは、今、流行の宿曜27宿占星術のことであるが、宿曜占星術をマスターするのであれば、この2冊は是非とも目を通すことである。

 以上、沢山ある蔵書の内から、幾つかの運命占術書を採り上げたが、過去、出版された運命占術の専門書や最近のものまで含めて、ほとんどは購入した。此の40有余年の間に運命占術の書籍代に費やした金額は半端なものではなく、相当な額になる。高級外車が一台買えるぐらいで、運命占術関連の書籍は、広島では私のところが蔵書数では一番であろうと自負している。

 ところで、町工場の砥石製造工員から始まって、鉄工所の旋盤工見習い、あられ製造の菓子工場、印刷工場、建材会社ではダンプの運転手、カラオケ(ジュークボックス)の営業社員、事務機器の一発販売のセールスマン、舶来時計の営業マン、学研の百科事典の職域営業マン、ブリタニカ百科事典のセールスマン、経営者向けの雑誌販売員等、事務機器の営業所長、また、共同出資の事務機器の役員等々、数々の転職(20以上!)を経て、昭和49年には広告関連の会社に就職。
 それも、編集の経験が皆無の私に、初出社早々に新設された『ディスカバー広島』の編集長を拝命し、驚天動地したものだったが、スタッフ6名を与えられ、暗中模索の末に創刊号の月刊誌が出来上がった。フリーペーパーのタウン紙『ディスカバー広島ステーション』をはじめ、7紙も発行することになり、カメラマンを伴っての観光地の取材や、レコード会社の支店や営業所、映画の封切り館との交渉と、広島に来る歌手やタレント、映画スターなどの取材などで飛び回る毎日。充実していた日々であった。
 
 初っ端から編集長権限で、本誌をはじめ、姉妹紙全部に占いのページを設け、通信鑑定にも応じていたが、毎夜遅くまで編集長室に閉じ籠もり、原稿の作成や依頼された通信鑑定の作成に取り組んだが、あまりの激務に体を壊し、治療のため退職せざるを得なかった。当時は、タウン誌の草創期で、姉妹紙などは活字よりも手書きのほうが味があるということで、人気も出て、広島テレビからも出演依頼がきたが、体調を崩していたので、断った。結局、私が退職したため、原稿を書ける者がいなくなり、コピーライターを雇うこともなく廃刊したのだった。
 
 尚、ペンネームのパール・やまぐちのパールは、ドイツの指揮者のパウル・マイゼン氏を取材したことからパウルをもらい、パールとしたものである。一般的には“パール・やまぐち”を使っているが、現在、中国新聞社のタウン紙であるフリーペーパーの週刊『Cue』の占いコーナーでは、“パウルやまぐち”としている。

 その後、回復して職探しが始まるのであるが、昭和49年のこと。幸いにも産経新聞が9楷建のサンケイビルが完成したのを期に、中途採用募集があり、ダメ元で応募したのであるが、タウン誌の編集長であったことや、速記が出来ること、それにあまりにも多くの転職でいろいろな経験をしていることなどが幸いし、多くの応募者を押しのけて採用されたのでる。
 10有余年在籍し、中四国・九州と幅広く取材や営業に飛び回り、最後は支局員七名を抱える支局長にまでなれた。在籍中に取材した人物は一万人を超え、中には親交を結んだ人物も何人もいる。

 在籍中には、陶芸家や書家、画家、華道・茶道家の企画や特集を立案。また、省庁の局長や地方の公安調査庁、警察署長、各大学の理事長や学長、中国地方に散在する酒造会社や農協、特定郵便局長、大手企業の支店長や営業所長、国会・県会議員、政治結社・右翼団体、宗教教団のトップ等々、沢山の特集を組み飛び回ったが、その特集の一つに占い師や霊能・霊媒師も企画。中・四国・九州と広範囲に取材したが、ほとんどの占い師や霊能者には失望したものである。取材の過程で多くの占い師に鑑定してもらったが、あまり当たることはなく、占術のレベルも低かった。しかも、見料は高く呆れることもしばしばであった。
 福岡では、内画法を発案して著書も出しているK氏にも会ったが、あまり感心しない言動に失望したが、大半の占い師のレベルが低いことには驚いた。

 ところが昭和56年、大學の特集を企画し、理事長や学長、名誉教授たちを取材。その中に、広島大學歯学部の松島竜太郎名誉教授を取材して驚いた。何と、運命占術や秘術・秘伝・秘儀を長年に亘り研究されており、しかも、生まれ変わりや霊界・死後の世界、宇宙の真理などに造詣が深く、興味深いお話を承ったのである。
  教授の波長に合ったようで、すっかり気に入られ、以後、取材の合間をみては教授の部屋やご自宅にお邪魔することになり、改めて運命占術の教えを受けたり、秘術・秘伝・秘儀を教導していただくことができた。
 これらの秘術や秘伝・秘儀を会得するためには、物欲・金銭欲・色欲があってはダメで、一大決心をし、自分の死後、遺体を広島大学白菊会に献体の手続きを済ました後、物欲、金銭欲を断ちきり、幾度もの断食や滝行などの厳しい修行の末に遂に会得することが出来、また、10年程前には色欲も捨て去った。

 現在、自営業の傍ら、全国各地から寄せられる運命鑑定や前世探査に応じているが、昭和36年に神戸にいなかったら、運命学に興味を持つことはなかったであろうし、松島竜太郎名誉教授とお会いすることもなかったであろう。
 今日までの私の人生の歩みは、松島竜太郎名誉教授からいただいた運命鑑定書に書かれている運命の通りに歩んでいるし、私自身が作成した鑑定書でもほぼ同様で、何時、人生の幕を閉じるかも判っている。


【第二部】     ◆秘術・前世探査開運法について◆
 
 前世を看る方法には占星術によるもの、イスラエルやギリシャに伝わる秘術・秘儀によるもの、中国の道教による厳かな儀式によるものなど、幾つもあります。秘術・前世探査開運法は、過去(前世)を知って、その才能や生き方を現世にどう生かすかにかかっています。一般的な占いや当てモノとは違いますので、一喜一憂されないように。また宗教とも関わりがありません。秘術・前世探査開運法で、あなたの魂の遍歴とルーツを知られたら、新たな可能性にチャレンジしながら才能をより伸ばし、現在そして未来を切り開いて欲しいのです。何千年という人類の歴史は、魂の遍歴の歴史でもあります。毎日のように人間は生まれ、一人ひとりが他人とは異なった生き方をし、そして死ぬという普遍の事実にして、永遠の生命。永遠なる魂の行方・・・。

 人の魂は永遠に不滅です。一人ひとりの魂には幾度も生まれ変わりを繰り返した長い歴史を持っています。あなたは、いつごろ、何処の国で、どんなふうに生きていたのか。それも、具体的に“誰”の魂を受け継いで現代に生きているのか。その結果、どのような人生を送ることになるのか、どのように人生を送ったらよいのか。

 仏教では「輪廻転生」という生まれ変わりを説いています。人間には肉体と魂があり、死ぬと肉体から魂が離脱します。しかし、肉体がこの世から消滅しても魂は永遠に生き続け、過去(前世)から現在、未来(来世)へと何度となく人間の肉体に宿り、生まれ変わりを繰り返します。魂は輪廻転生というシステムにしたがって遍歴(転生)を重ね、その人生を通して欠点を克服し、自分の長所を磨いていく、というのが輪廻転生の考え方です。

 歴史小説を読んでいて、あるいは歴史ドラマを見ていて、その中の登場人物に憧れたり、共感を覚えることがあります。「その時代に生きたかった」「その国や地方に生まれたかった」と思うこともあります。人は前世から現世に生まれ変わる時に、あらゆる前世の記憶が意識の深い部分に押し込められてしまいます。そのため「前世ではなんという名前で、何処に住み、どんな生活を送ったか」といった具体的な記憶はほとんど思い出すことができません。しかし、何かのきっかけで無意識のうちに、魂の記憶が過去の生き方や時代などを思い出すことがあります。

 私たちが歴史小説や歴史ドラマなどの特定の人物や特定の時代に強い興味を感じたり、憧れるのは、こうした魂の記憶の甦りであり、その物語の登場人物その人だったり、その人物の身内や親戚であったり、親友であったり、また、その人物の影響を受けた取り巻きだったりした頃を懐かしんでいるからだといえます。また、魂は何度生まれ変わりを繰り返しても、そのベースには常に一貫した性格をもっているといわれています。先祖や祖父母、両親の遺伝子が私たちの容貌や性格に現れているのと同じように、魂の遺伝子も私たちの中に受け継がれ、それと同時に、魂の性格はその人の現在の生き方などにも大きな影響を及ぼします。

 自分の前世を知ること。つまり、その魂の流れ(遍歴)を知ることは、心の奥深くで眠っている自分の本質を知ることであり、自分でも知らなかった才能や可能性を発見することでもあります。ですから、秘術・前世探査開運法は、新しい自分を発見する秘術であるのです。

 町田寛氏は、生年月日のデータを元にした魂脈研究の第一人者です。私の会得しているイスラエルに古くから伝わる、『秘術・前世探査開運法』は、氏の“魂脈”の研究の上に、顔写真と名前のデーターを加えて瞑想し、幽体離脱。時空を遡って、歴史上の人物からその人の魂のルーツを探し出します。登場する人物は10人前後ですが、多い人になると何と17、8人もの人物が判明します。
 
 瞑想から覚醒まで大体30分から40分程度ですが、料金を頂いて看る場合は、魂のルーツや遍歴の過程で登場する人物たちの共通項を見つけ、更に、運命占術の考星術や天源術、淘宮術、オリエンタル銀河占星術などを駆使して総合鑑定します。ですから、四柱推命術や西洋占星術以上の的確な審察(鑑定)が出来、また、人生の道標として、今後の生き方の杖ともなり、これでこそ真の開運法と言えます。

 さて、あなたの魂のルーツは「誰」でしょうか。徳川家康でしょうか。それとも豊臣秀吉でしょうか。もしくはエリザベス一世でしょうか。それともアイザック・ニュートン? たとえば豊臣秀吉がルーツだとしても、ダイレクトに秀吉と繋がる人もいれば、何人かの遍歴を経て、秀吉の魂にたどり着く人もいます。これら歴史上の人物の魂の遺伝子とエネルギーが、自覚の有無を問わず、現在のあなたの性格や才能、生き方に何らかの影響を与えているのです。その影響は前世の才能・知識を生かした職業や地位であったり、特技・趣味であったり、様々な形で現れます。秀吉を魂のルーツとする人で言えば、大出世運とか知略にたけた外交的手腕、または、迅速果敢な行動力を受け継いでいる人もいますし、そうかと思えば、秀吉の開放的な明るい性格のみを受け継いでいる人もいます。

 魂もその時代の影響を大きく受けているため、未だ眠っているかも知れない才能を発揮するチャンスに恵まれず、今後、その力を発揮する時が来るかも知れません。要はあなたの中に眠っている魂のエネルギーを目覚めさせ、切磋琢磨することによりパワーアップを図り、それを“この”現世にどう生かすか”にかかっています。既に、或るサイトに於いて会員の中から20数名の方々の前世探査をしてまいりましたが、今後も体の調子の良い時には、前世探査を“生き方の杖”として、また道標として活かしたいと思われる方希望者には、自営業の傍ら、時間の許す限り、看て差し上げることにしております。但し、最初は、あなたの魂のルーツである歴史上の人物の中からお一人を選び、あなたと同じ兄弟魂か分魂と併せお教えします。まずは、その人物に関する書籍をじっくりと精読されることが先決です。そして、2、3ヶ月を経過した後に、残りの魂のルーツもお教えします。

 ところで、歴史に名を残した偉大な人物が魂のルーツと知られて、驚かれる方も多いでしょうが、別に驚くことはありません。歴史に名を止めた人物の多くは、地方の恵まれない家に生まれ、刻苦勤勉・辛酸を舐めながら大成しています。また、実際に幽体離脱して、その人物を探し出して体の中に同化してみると、世間で語り伝えられている人物像とは違い、青少年時代は良くない行為もしていたり、鼻つまみ者で人に嫌われていた人物も多いことが判りました。それと、どんなに偉い人物でも裸になれば私たちと変わるところはなく、皆一緒です。只、そういった人物でも、天の時・地の利・人の和を得ば、今まで眠っていた才能が花開くということです。

 人は皆、幾度もの輪廻転生に於いて様々な経験を積み重ねて、魂の向上を目指しています。ある過去生に於いては偉大な業績を残した人物であったり、天皇や后であったり、武将であったり、そうかと思えば、有名な作曲家や小説家であったり、画家や詩人であったり、または医学者、哲学者・聖職者であったりと人様々です。反対に、平凡な人生で終わったり、芽が出ず貧困のうちに人生を終えた生、生涯一度も結婚せず独身で通した生や短命で終えた生、といろいろな生を体験し、良いことも悪いことも全て魂に刻みこんできたのです。また、日本人だからとか、今、男(女)だから過去生も日本人であったとか男(女)であったとは限りません。或る時代では何処かの外国に生を享けることもありますし、また、女(男)として生まれてくることもあるのです。
 
 誰でも生まれる前に、自分の守護天使と相談して“人生の設計図”を作成し、その設計図に書き込んだ人生を経験するに最も相応しい国や両親を選んで生まれてきます。それに、自分が少しハードルを高くして、今度はこうした試練や困難を経験してみようと作成したのですから、人生における困難や試練は乗り越えることが出来るように設計しています。

 少しでもより良い生き方を望むなら、冷静になって常日頃のご自分の思考や感情、人に対してみせる表情や態度・言葉などをよく振り返ってみることです。それと、食事に偏りがないかも考え直す必要があります。昔から、「食事の摂取により運命が決まる」と言い伝えられているほど、食事の在り方一つで運勢に及ぼす影響は大きいのです。開運に向かうためにも、口に入るものはよく咀嚼することが大事ですし、栄養のバランスがとれた食事を心がけたいものです。決して、暴飲暴食や偏食してはいけません。宗教のことにしても、信仰心を持つことは大事なことですが、今のほとんどの宗教には人を救う力はありません。また、少数の神社仏閣を除いて、大半の神社仏閣には神仏は不在です。

 大戦中に無数の人々が亡くなりましたが、国も自治体も国民も大方が戦没者への慰霊供養を疎かにしていますし、敗戦後の60年近くも平和を享受できたにも関わらず、平和を維持することがどれほど大変なことであるかを考えようともせず、すっかり平和ボケして危機意識の薄れた今の日本、また、戦争によりどれだけの戦没者が亡くなられたかに思いを馳せることのない今の日本人、自己中心的で自分さえ良ければという自己中心主義、また、環境を破壊し生態系を狂わせエゴ剥き出しの日本人、簡単に人や生き物を傷つけ殺生することに何の痛痒も感じなくなった人たち、国や地域を愛する心を失った日本人等々、これでは神仏も去っていくのは当然のことです。
 
 神仏が望まれることは、毎日を誠実に、感謝と笑顔、それに利他の精神で暮らすことに尽きます。そうした人であれば、心眼が開き見えないものも見えてきます。生き物や植物が放射しているオーラや妖精をみることも出来るようになるのです、私のように。

 人に対しては決して暗い表情やマイナスイメージは与えないようにすることです。誠実に毎日を生き、明るく笑顔で、何事に対しても、感謝と有難うの気持ち示すこと。そうすれば徐々に周囲の見る目も変わってきて、力になってくれる人も現れるものです。いずれにしろ、“山より大きなイノシシは出ない”ということです。

           - ◇ - ◇ - ◇ -





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〔第三部〕  ★130年有余の歴史を有す比治山陸軍墓地ガイド★

私、やまんちです
私、やまんちです。

墓地復興に尽くされた岩田日出子女史
全国から召集されて宇品に集まった兵隊さんたちの世話をし、“兵隊おばさん”として親しまれた広島比治山陸軍墓地再建の功労者の岩田日出子女史。

朝日新聞で墓地の実情を伝えた記事
朝日新聞より比治山陸軍墓地についての取材を受け、話したことが記事となるが、こんな大きな扱いになるとは正直驚いた。

鎮魂の奉仕作業に精を出す飛子氏の新聞記事
会社経営や福祉、その他多くのお世話で東奔西走しておられる飛子大郎氏であるが、高齢にも拘わらず、20数年に亘り、毎日の清掃・供花・供水を欠かさず続けておられる。産経新聞で紹介される。

故飛子大郎氏(平成13年6月ご逝去)
広島市当局は、墓地の維持管理の責務があるにも拘わらず、平和都市ヒロシマに旧日本軍の墓地が在ることについて恥とするのか風化させようとしていた。が、飛子大郎氏は維持管理に多額の維持費用と労力を使い、20数年に亘り、奉仕してこられた。残念にも平成13年6月に92歳で逝去された。
産経新聞のこの記事は、私が氏の人柄や墓地の歴史について取材に応じて述べたもの。

鎮魂の清掃奉仕スナップ
比治山陸軍墓地にて自衛隊OBによる鎮魂の清掃奉仕。

フランス人兵士墓地(7名を埋葬)
墓地内にあるフランス人兵士の墓地(7名の兵士が眠る)。

奉賛会の飛子大郎・金子一真両副会長と
管理小屋にて墓地奉賛会の金子一真副会長と飛子大郎副会長。

亀井静香国会議員が比治山陸軍墓地に参拝。中央は飛子大郎氏
亀井静香国会議員が参拝。中央は飛子大郎氏、右は金子一真氏。

中川秀直議員後援懇親会に飛子大郎氏と参加
国会議員の中川秀直氏と飛子大郎氏(平成11年、中川秀直後援会の懇親会でメンバーとバスで高知グランドホテルへ。夜の宴会では中川氏と舞台でカラオケ! 尚、中川氏とは昭和47年に広島国際ホテルで会い、或るイベントの協力をお願いし、以後、パーティーやその他でもお付き合いいただいている。 

池田行彦衆議院議員の政治活動報告会にて
池田行彦衆議院議員の政治活動報告会にて。終了後、池田行彦議員と膝詰めで比治山陸軍墓地の存続と存在意義の要請をする。(平成12年3月)


能勢和子衆議院議員と追悼式にて
合同追悼式終了後、能勢和子衆議院議員と。

自衛隊第13師団祝賀会に飛子大郎氏と出席
陸上自衛隊第13師団の実地演習を観覧後、祝賀会に招待され、飛子大郎氏と出席。(実地演習は毎年見ているが、今回は招待席であるだけに、目の前に展開する光景は戦場さながらの凄い迫力に度肝を抜かれる)

増原義剛衆議院議員と後援会事務所にて
増原義剛衆議院議員と後援会事務所にて(平成12年)。

比治山陸軍墓地合同追悼式国旗掲揚場面
比治山陸軍墓地合同追悼式にて、自衛隊の吹奏に合わせ君が代と国旗掲揚。

広島比治山陸軍墓地合同追悼式
平成16年度 広島比治山陸軍墓地合同追悼式祭壇。

岸田文雄奉賛会長の合同追悼式式辞
岸田文雄奉賛会長(衆議院議員)の合同追悼式 式辞

初のフランス人兵士墓地慰霊祭(中国新聞)
広島で戦病死したフランス兵士の追悼にて、大使が感謝の言葉(平成17年7月6日)。翌日の中国新聞の記事。

本にする原稿の執筆中
管理小屋にて、墓地略誌の原稿執筆中のやまんちです。

管理小屋で原稿執筆中に狸が遊びに来る
野生のタヌキの親子(5匹)のうち、母ダヌキが管理小屋に入ってきて、原稿執筆中の私の足元にきてじゃれる写真のうちの一葉。

仏蘭西文学研究
日本仏学史学会発行の月刊論文誌『仏蘭西文学研究』に、広島比治山陸軍墓地のことが採り上げられ、参考文献として私の著書が引用される。

墓地の現状を訴えた手紙が全文掲載された。
比治山陸軍墓地の現状を手紙で投函したところ、この日本郷友連盟の月刊冊子に4ページに亘って全文掲載される。

第4作目『・・・130年の軌跡』を執筆中
目下、第四作目となる『広島比治山陸軍墓地130年の軌跡』を執筆中。

【第四部】 ◆アルバムで綴る私の半生◆ 
 
産経新聞に在籍。支局長の時。
産経新聞に在籍していた時。支局長時代(昭和58年頃に撮影)

産経新聞在籍時代(日本三景の宮島にて)
産経新聞時代(昭和51年 支局の慰労会で日本三景の宮島へ)。
向かって右から2人目が私、左隣は私を可愛がってくれた先輩の楠和夫氏であるが、産経退職後、時事評論家となり、各地での講演依頼は多くの聴衆に感動を与えた。右端は和田皓そう先輩(HN かむくらこうちゃん)で、現在、広島美土里町の神楽の普及に努めている。

のど自慢大会にて「明治一代女」を唄う
広島県建材協会の懇親会にて500人を前に、素人のど自慢大会で『明治一代女』『むらさき小唄』など3曲を唄う(昭和44年)。

こんな時代もあったのだ(昭和45年夏)
やまんちにも、こんな時代があったのだ(ダンプの運転手時代)

こんな時代もあったのだ(昭和44年夏)  やまんちにもこんな時代があったのだ!

昭和45年の大阪万博で(ホテル屋上にて) 昭和45年、大阪の万博にて(ホテルから)

広島で唯一の月刊タウン誌(編集長)。
昭和47年、広島で唯一の月刊タウン誌を発行(編集長&コピーライターとして、姉妹紙のフリーペーパー7紙を作成し、多忙を極める)。

タウン情報誌の編集長時代
タウン情報誌の『ディスカバーヒロシマ』(編集長を拝命するが、本誌をはじめ、祇園町や五日市町など姉妹紙を7紙も発行していたので忙殺され、体を壊し治療に専念するため退職のやむなきに至る(昭和47年頃)。

『ディスカバーヒロシマ』に掲載の占い頁。
趣味で研究していた占いを載せたところ好評で、通信鑑定にも応じるようになり、占術師としてもデビューすることになった。尚、ペンネームの“パウル・山口”は、ドイツの指揮者のパウル・マイゼンが来日した折に取材したのがキッカケである。

広島駅で利用客に配布。
広島駅乗降客に毎月配布していた姉妹紙のタウン紙(昭和47年)。

自営業の遠赤健康シートチラシ 1
自営業の遠赤健康シートのチラシ
山口商事の遠赤健康シート出展ブース
平成11年2月、ホテル「センチュリー21広島」に於いて、通産省がバックアップする(社)中国ビジネス協議会主催によるマーケティングマッチング事業に40社が参加。小社はベンチャー企業ではないが、遠赤健康シート一筋で10年の実績が認められ出展することができ、県内外からの出場者で賑わい、小社も即売と新たな得意先ができた。

山口商事の遠赤健康シート出展ブース
遠赤健康シートのカット卸では、全国でも小社の山口商事のみ。

運命鑑定の案内チラシ
パール・山口運命占術研究室案内チラシ

パール・山口占術研究室案内
パール・山口占術研究室案内チラシ 2

やまんちの家族です(平成2、3年頃)
私の家族です(平成2,3年頃に撮影)。

或るN・Bの大会にてステージ上で社長と。
或るネット・ビジネスの中・四国大会が、愛媛県今治市のグランドホテルで催され、ステージ上で社長と握手受ける。

私の女房です(宇部の常盤公園にて)。
私の妻を紹介します(平成17年3月・宇部の常盤公園にて)

宇部の常盤公園にて長女と孫(羽音)。
長女と初孫です(平成17年3月・宇部の常盤公園にて)

初孫の波音(はのん)、女の子。
初孫の波音、女の子です。

SNSのエコー前社長の小久保徳子さんと 
SNS「エコー」の前社長の小久保徳子さんと(平成17年10月 広島にて)

左は、SNSのエコーの副社長の蒲原さん
同窓会サイトの「指とま」と、姉妹サイトのSNS「エコー」の副社長の蒲原さんと(平成17年10月 広島にて)

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あなたは知っていますか?
2006年03月25日
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カテゴリ:やまんち日記
 長男の音楽活動(グループ名 「ブルーコットン」 メンバー5人)については以前にも書いたが、先月、2枚目のCDを出すことになり、2月8日にレコーディングのためスタジオ入りした。 
 
 昨年初めて出したCDが好評のため2枚目の制作に踏み切ったのだが、岡山市を拠点として倉敷市や福山市などで月に何度かライヴをやっており、京都の方からも声がかかっているとか。しかも、何とブルーコットンの音源が着ウタとして先々月の1月7日から配信されている。
 
 いずれ東京に拠点を移すらしく、そうなるとメジャーとなるのも夢ではないだろう。毎日、夕方から深夜までしんどいアルバイトをして、日中は音楽活動(作詞・作曲、ドラムの練習、ライブ活動)で多忙なため、実家に戻ることはなく寂しい限りだが、もしかすると、いずれテレビで息子の元気な姿を見ることができるかも知れない。親として、息子の夢や目標が実現に向かうよう神仏に祈るのみである。

http://bluecotton.cc/framepage3.html
着ウタ「ブルーコットン」のアクセスの方法

≪Docomo≫
iMenu→メニューリスト→着信メロディー/カラオケ→JPOP
→着信メロディーGIGA→料金プラン選択(「GIGAレインボー300」を選択)
(GIGAレインボーに入って、歌手別検索で見つける)

≪au≫
トップメニュー→ホビー&カルチャー→着信メロディー→
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→音楽→『GIGA WAVE』






最終更新日  2006年03月25日 20時54分33秒
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