パール・やまぐちの運命占術と秘術の前世探査開運法の公開、比治山陸軍墓地案内

☆ 陸軍墓地に想う ☆

◆陸軍墓地に想う◆

この「陸軍墓地に想う」は、私の第三冊目の『広島比治山陸軍墓地ガイド副読本』(B5判 160頁 比治山陸軍墓地を守る会刊行)より転載したもの、。
陸経校同窓会誌「若松」第173号に掲載された士候五・西方達也氏による寄稿文です。陸軍墓地について一般の方にもご理解いただきたく、転載しました。尚、少し言い回しを和らげるため手を加えております。

陸軍墓地は墓地規則により衛戍地ごとに設置され、戦没者の分骨・分髪を個葬墓に収められていましたが、戦争の拡大により戦死者が多くなったので、昭和16年9月、陸軍省達により忠霊塔による合葬方式に改められました。国難に殉じた戦没者の墓は、生き残った防人が守ってきたのです。しかし、敗戦は全てを無にしてしまい、進駐軍は日本の軍国主義を徹底的に一掃しようと、その思想的拠り所であります神道の抹消を試みたのでした。地方の護国神社や陸軍墓地も抹消の対象となり、戦後の10数年間、関係者は墓地や護国神社を如何にして護るかの、秘かな苦労が続いたのです。歩兵第63連隊史には、「終戦という冷厳な事実に於いて、進駐軍はその占領政策に厳しい態度をもって臨んだが、戦没者についても、国をはじめ地方公共団体が主催する祭祀を一切禁じたほか、昭和22年には松江市長に対して『好まざるものの存在なり』として、陸軍墓地の撤去を指令した・・・」と記してあり、この様な状況下、松江市長ほか関係者の言語に絶する苦労の末に、現、緑山苑への移転が決まり、411柱の遺骨と、その後の約1千体の遺骨を慰霊塔に安置し、63連隊の軍旗祭の10月10日を卜して落慶入魂式が厳修されました。

また、東京の千鳥が淵墓苑の機関紙『千鳥が淵』の231号・232号には、広島比治山陸軍墓地について、次の通り記されています。
この墓地(注・広島比治山陸軍墓地)は明治5年、広島鎮台開設と共に比治山の南台に建設され、明治初年の内乱(佐賀・萩の乱、西南の役)以来、満州事変の間に戦没した4千余柱が個葬墓として葬られた。全国で最大、最古の陸軍墓地であった。昭和16年9月、陸軍省達により各地の忠霊塔による合葬方式に改められた、。このため、
(イ)支邦事変以降の遺骨は仮納骨堂に一時収納。
(ロ)明治、大正年間の個葬墓4千余柱は、昭和19年初めから撤去を始め、同年4月1日に終了したと伝えられている。
遺骨と合葬名簿を仮納骨堂に奉納中に終戦となった。昭和22年、進駐軍は、個葬墓が撤去され、また1万余柱を収めた仮納骨堂も、原爆のため倒壊して荒廃していたため、廃棄されたものと誤認したのか、ABCC(原爆傷害調査所=現・放射線影響研究所)の敷地とすることを申し出た。当時の浜井広島市長の情理を尽くしての反対にも関わらず、昭和24年、遂に着工の運びとなった。このため仮納骨堂の遺骨は、現在の「中の広場」に石塔を建てこれに移葬した。此の忠霊墓碑は、雨流が納骨堂に入り遺骨が損傷する等の惨状を呈するに至ったので、昭和31年から昭和35年にかけて、比治山陸軍墓碑復興会等により、比治山陸軍墓地を再建しいた。昭和38年「広島比治山陸軍墓地保存協賛会」を結成し、毎月10日に月例法要を、春秋には大法要を行い今日に及んでいる。尚、陸軍墓地に隣接した日出台には、かって広島陸軍病院に入院中に死亡した清国(日清戦争)、仏国(北清事変)、独国(日独戦争)の各国軍人の墓地が現存しており、日本軍人戦没者の墓同様に、地元の人々によって慰霊供養されているという。

以上二つの陸軍墓地の再建の苦難の道を紹介しましたが、全国の陸軍墓地にはこれと同じような苦難を経て、今日に至っている墓地も多くあります。調査の結果、7つの衛戍地の墓地の所在が不明であり、数箇所の墓地は管理者が不明ですし、また管理や慰霊についても、県や市が行っているところ、郷友連支部、或いは寺が所管を任されているところ、民間団体で守っておられるところなど種々ですが、幾つかの陸軍墓地は荒廃しているのではないかと憂慮されています。何よりも一番憂慮されることは、陸軍墓地に対する一般の関心の低さです。旧軍人であった私達でさえ、このことに関心を持たなかったのですが、世論の支持なしには何事も行えないことも確かです。
「千鳥が淵墓苑」は、大東亜戦争の無名戦没者の墓であり、陸軍墓地は支邦事変以前の戦没者のお墓です。「只、古いだけ」とか「地方にある」だけの理由で見捨てられてよいものでしょうか。戦後の進駐軍の圧力の中で、必死となって墓地を守って下さった方々の遺志を継承する証を示すべきでしょう。

現在の陸軍墓地の問題点を整理してみると次の通りです。
一、陸軍墓地の用地は、一部の県等に移管されたところもあるが、大部分は大蔵省財務局所管である。行政当局としても性格を明確にし、管理態勢を整える必要があると思う。二、かって軍籍に身を置いた私達の対処法は如何にあるべきか。
一については然るべき方にお任せするとして、二の問題については、世論構成の手初めの手段としても
夫々の団体で然るべき検討をお願いしてもらいたいと思います。そして個人としても、関心を行動に移して頂き、近くの陸軍墓地に同志を集い、参拝していただいて、線香を手向けてもらいたいのです。何かを感じて頂けたでしょうか。


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