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母の乳がん(日記3)

乳がん~術後から退院まで


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5月3日
母を訪ねた。
いまのところまあまあ順調に回復している。
すっかり顔色もよくなっている。
昔なら手術のとき全摘してしまった神経を1本残しているので
背中に少しぴりぴり感があるらしいが
傷口の痛みはあまりないようだ。
ベッドで横になっているとDrがきて
「寝てたらダメ!!どんどん動いて!!歩きまわって,リハビリも頑張って!」
入院してるのに寝てて叱られるとは…(^^;)
食事も術後食から普通の食事になる。


5月5日
傷口からリンパ液を排出するためのドレーンをずっとつけていたが
液量も減ってきたので予定通り外れた。
出歩くのも身軽になるし、キモノ式の寝巻きもやめて
普通のパジャマにできるので気分も楽になるだろう。
いまのところほぼ事前の治療計画通りに進んでいるのでほっとする。
連休でほかのかたの手術がなかったせいで
個室にも長くいられてゆっくり養生してもらえてよかった。
(父は入院中ずっと個室を希望していたけど
重病や術後の人優先なのでふつうは2,3日しかいられない)
もう身の回りのことはすべて自分でできるので
明日は相部屋に移ることになっているが、
3,4日そこでガマンしてもらおう。
いまは投薬もないので、リハビリを続けながら検査結果を待つことになる。
わたしも少し安心して帰宅。

5月6日
留守中に,資料請求していたワコールのRemanmaのカタログが届いていた。
乳がん手術した女性のための下着やパッドのラインだ。
ちゃんと水着用のパッドなどもある。
全摘ではなかったので当面は必要ないかもしれないが。
京都本社に試着販売できるところがあるので
必要になった場合はここから出向いてもらえるだろう。
もしもリンパ浮腫になった場合、
治療してもらえる専門病院が徳島にあることも調査済み。
ならないことに越したことはないが
備えがあれば安心だろうと。。
遠くにいるわたしにできることはこうやって情報収集することくらいだもの。

5月7日
夜父から電話。
手術中に行った病理検査ではリンパへの転移はなかったが
念の為摘出したリンパ腺を細胞検査に出してくれていた。
40ほどの検体について検査を行ったが
ひとつもガン細胞は認められなかったそうだ。
ほっとした~~
これで、ほかへの転移の可能性はぐっと低くなった。
再手術は避けたかったので何よりだった。

昨日抜糸もすませ、傷の回復も順調なようだ。
Drいわく、
「もうおってもすることないけん、退院してよ」
というわけで
明日退院することになった。
10泊11日、術後だけでいえば8泊9日。
がん手術でこれですむんだから医学は発達したものねえ。
今後ホルモン剤を使うこともあり
母の希望で、明日の朝
子宮ガンの詳しい検査をすませてから退院することになった。
退院後一週間ほどしたら、放射線治療の予約をするとのこと。
今後もスムーズに治療が進み,
もう2度とメスをいれなくて済むように祈るばかりだ。

5月8日
午後から無事退院。
前月末に手術ということで入院は月をまたがったが
(高額療養費のことを考えるとちょっとクヤシイ)
そう長い入院ではないので費用は一括支払い。
入院当初費用のことも少しだけ心配したが
だいたい予想の範囲内だったようだ。

心配症の母は、がんが告知されてから入院までの間に
手持ちのへそくりから現金化して100万用意して父に渡してたらしい。
いくら手術するっていったって
健康保険もあるんだからそんなにかかるわけなかろう(笑)
父も笑っていた。

しかし昭和30年代などにがんにかかると
健保も加入している人ばかりではなかったため
ものすごくお金がかかり、
抗がん剤も試用程度で保険も利かず、
入院もかなり長期にわたり
治療のため田んぼを売ったなんていうのはよくあった話らしい。
しかも当時はまさに不治の病に近かったわけだし…
(ばーちゃんに聞いた)
いまは高額療養費制度があるので医療費の負担は少ないし
両親は夫婦型のガン保険にいっしょに加入していたので
診断給付金や入院にはそこそこ給付があるし
また母自身が貯蓄代わりに入っていた養老保険からも
微々たるものだが給付があるそうだ。
これらもあるので
老後の蓄えを取り崩さずとも治療費はまかなえるだろう。
とりあえずは治療費の心配はせずに治療に専念できたのは
今の時代だからこそだろう。
子としては今の社会保険制度に感謝せねばならないだろうね。。

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