GTM

母の乳がんとわたし(日記1)

乳がん~告知から入院まで


2003年4月18日
4月18日夜,父から電話あり。
春休みに帰省したとき、乳房の脇の側が痛いといっていた母,
今月に入り数回検査の結果,
乳がんが判明。
きょう夫婦でDrと1時間ほど面談
入院までに全摘するか温存手術をするか決めるよう言われ
現在相談中とのこと。
1.5センチあまりの大きさだとか。
3年前に検査をしたらしいがそのときには発見されなかったのだろうと。

28日に入院,30日に手術だが学校もあるし来なくていいとくぎを差される。
この連休が飛び石であることが心から悔やまれる。
なんとか29日には日帰りで行けるよう夫に頼むことにする。

自分も気持を落ち着けようと
ネットで少し乳がんのことを調べる。
国立がんセンターのHPだけでなく、
乳がんの場合は膨大な数の女性が
ご自分の体験をネットで公開している。
比較的若い人が多いがとても参考になる。

両親の報告通りだとするとⅠ期のがんになる。(2センチ未満)
父は、たとえ乳房をすべて失っても
長生きして欲しいし
放射線治療をしなくていい全摘のほうに少し傾いている様だが
わたしは温存のほうが母にはむいていると思えた。
そのほうが後の生活が楽なのではないかと思える。
しかしそばにいられるわけでないので
両親が相談して決めることだ。

もういちど電話して母と話す。
やはり相当落ち込んでいる。
Ⅰ期ときいてほんとうに安心したと伝える。
最近手術をした知人の母が元気なのも話す。

夫が帰宅後報告をする。
連休の合間に休むのはむずかしいはずだが
30日に休暇をとってチビの面倒を見てくれることになった。
月曜日に上司と相談次第だが…
そうできれば29日に徳島に行き
30日の手術が終わってから戻ってくることにする。
30日はまさしの誕生日。
誕生日にそばにいてやれないのはもちろん初めてだが
徳島に行く前にこころから話をしておこう。
どんなに君を愛しているか
それと同じようにどんなに自分の母親が大切かを。

4月19日
朝思いつき,楽天ブックスで基礎的な乳がんの本を探す。
一問一答的な本が見つかったので購入。
実家へ届くようにする。
きっと週明けには届くだろう。
知識を得ることで少しでも不安が消えてくれればいい。。
実家近くの書店では医療関係の本はたいした品揃えではないだろうから。
ネット書店が思わぬ役にたつ。
わたしは29日に実家へ行ったときに読もう。

4月20日
昨夜の電話で聞くと、きのうのうちに祖母と叔父(母の弟)に報告,
15年前に乳がんの手術をして
いまは元気な伯母(父の姉)に相談に行ったとのこと。
楽天家の祖母は「今の医学ならとっちゃえば大丈夫だよね」と
娘のガンにもさほど動揺していなかったようだ。
さすが。すこしほっとした。
伯母は2期で全摘手術をしており
幸い転移もなく今は元気だが当時は筋肉も深くえぐる手術だったので
傷跡も見せてもらいさらに心はゆれたようだ。

4月21日
お見舞いのほか、交通費など不意の出費に備えて
家計と別にすこしまとまったお金を用意しておくことにした。
夫はすべてわたしに任せてくれているが
いちおう自分名義の預金を解約して使うことにする。
こういう微妙な感じ,働いていたことのある専業主婦の人なら
なんとなくわかってもらえるかなぁ。。
夫が知ったら、なんて水臭いとおこりそうだが。

薬局に寄ったとき、術後のためにドライシャンプーを買う。
清拭剤は要るかどうかわからないのでやめた。
介護用品コーナーをじっくり見るの自体はじめてだ。

ネットを中心に乳がん関連の記事をとにかく読む。
だいぶ頭に入ってきた。

4月22日
午前中1時間ほど家で一人になれたので母と長電話をする。
身体を動かしている方が気がまぎれるので
畑のことや、留守中のために家の中を整理したりしているとか。
もともと彼女はかなり心配性なので
精神的なダメージの方が心配だ。
手術の覚悟はできているものの
転移の不安や、術後の右腕についての不安が大きいようだ。
やはり母の年代にとっては「がん」という言葉自体が
わたしたちよりもずっとずっと重く響いてしまうのだろう。
娘としてわたしが今できるのは
母が少しでも落ち着けるように話をすることくらいしかないのだろうか。

4月25日
毎日母に電話をしているがきょうは父の誕生日なので
こどもに電話をさせた。
しかし父は知人の選挙運動にかかわっていて毎日多忙の様子,
まだ帰っていなかった。
父も何かしていたほうが気がまぎれるのかもしれないと思ったりした。
母はものすごく心配性なのでいまは手術そのものではなく
転移の不安にさいなまれているようだ。
頭痛とか腕がだるいとかそういうことが
すべてガンのせいに思えてしまうらしい。。
わたしは調べれば調べるほど温存手術を勧めたくなるが
そのことで、母が再発の不安にずっと悩まされるのなら
全摘でもしかたがないかとも思える。
母は肌がとてもきれいだが
そのぶん敏感肌なので放射線を当てるのも不安なのだろう。
28日入院,それまでに決めればよいということだ。

4月28日
いよいよ入院。
朝電話すると父が出た。気のせいかものすごく憔悴しきった声。
きのうまで選挙で多忙にしていて,
かかわっていた方は無事当選したので
きっと夜遅くまで事務所にいたのかな?
そのせいだといいけど。。
こういうときたいてい男性の方が気弱になるものだ。
ひょっとしたらこちらのほうを
より心配しなければいけないかも。。
確か掲示板にもそのようなことを書いてくださったお友達がいらした。。
気をつけないと…

相部屋だと耳栓を買って持っていこうと思っていたが
父に聞くと、手術後は個室にしてくれるよう頼んでいるとのこと。
それなら耳栓は不要だろう。
入院後病室を聞いて明日行くことにする。
もっていくこまごまとしたものなど準備する。

4月29日
手術前日。
本来きょうが入院でもよかったのだが
カレンダーの都合で28日入院となったので
病院では夜まで特にすることはない。
午前中に両親はDrからあらためて手術の詳しい説明を受け
外出許可を取って自宅へ戻り
入浴をしてゆっくりしてもらう。
わたしはDrの説明を受けたあと着いた。
Drにもらった説明資料や治療計画に目を通すと
大量に手書きの図や表が書きこまれていてとてもわかりやすい。
術後も7日ごろまでの治療計画が渡されていて
ほぼ完璧なインフォームドコンセントだろう。
両親もDrを信頼し任せる気持が強くなってきたようだ。
これはとてもいいことだよね。。
たまたま同じ病棟に従姉が看護師として勤務しているのも
とても心強い。

続き


© Rakuten Group, Inc.