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母の乳がん(日記2)

乳がん~手術


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4月30日
手術当日。午前9時から。
母は手術直後の姿を他人に見られたくないという希望が強かったので
お見舞いや手伝い,父一人では不安だろうと声をかけてくれた
申し出を父はすべて断った。
きょうからは広めの個室が確保できたので
父と、心配で家にいられないという高齢の祖母と、
祖母を連れてきてくれた叔母の4人で待つ。
祖母がとても明るくしっかりしているので安心した。

手術の予定は3時間ほどで、
術後管理のため1時間ほどICUで麻酔がさめるのを確認してから
病室に戻ってくることになっていた。
しかし麻酔が効きやすい体質のようでなかなか意識が戻らず
皆でやきもき…
手術が終了した時点で呼ばれ,手術室のわきで
父とわたしは手術の経過についてまだ手術着姿のDrから説明を受けた。
「説明があります」といわれていったら
Drはいきなりトレイの上に手術で摘出した部分と保存用のサンプルを載せてる。
気弱な人ならぎょっとするね。
これを見せながら説明してくれた。

ガン細胞は、術前診断では1.5センチとかいっていたが
実際に摘出してみると長辺は2センチほどあった。
二期ぎりぎりということか。
ガン細胞は1センチほどになるには7,8年もかかるが
成長速度は加速度がつき、
すぐに数センチの大きさになってしまうらしいので
早く手術ができたのは幸いだろうと思う。
結局、念の為多めに切る温存手術を選択したので
切除部分は乳房の3分の一くらいの体積になるだろうか。
母はかなり大きい乳房だったのでかなりの大きさ。
乳腺の1/4を切り取るクアドランテクトミーという術法だと思う。

幸い術中に病理のDrがしてくれたリンパのサンプル検査ではマイナスで
リンパに転移の可能性は低くなって一安心。
抗がん剤の治療はなるべく避けたい。
あとはホルモンレセプターの検査の結果
効きやすそうであればホルモン治療を併用することになる。
わたしが質問する前にDrが説明してくれた。

母が病室に帰ってきた。
やはり麻酔の覚めが悪い。
話しかけると答えるが目は開かない。
それまでは張り詰めていたけれど
酸素の管を鼻にいれて傷口にもドレーンをつけて
眠ったような母を見るとガマンできなくなって
涙,涙になってしまった。
まだこれから。。
病気に負けずに長生きしようね。

この時期夫が突発的に休みを取れるのは
1日が限界だったので後ろ髪をひかれながら夜帰宅。

5月1日
個室には電話がついていて直接連絡が取れるのがありがたい。
朝電話すると、朝食はベッドの上に起きあがってすこしだけ口にしたようだ。
ひと安心。
付き添いの父に降圧剤を飲むのを忘れないよう釘をさしておく。

昼食後に電話すると、予定通り父と交代して叔母(母の妹)が
休みを取ってきてくれていた。
叔母の仕事は訪問介護。介護のプロだから今の時期一番安心だ。
母とも電話で話せた。
叔母に手伝ってもらいはじめてトイレに行った事。
食べ物が体に入っていないので
夕べはすこし戻したこと。
昨日と違い朦朧とした様子はなく安心した。
鎮痛剤のコントロールがうまくいっているのか傷口の痛みもあまりなく
酸素と点滴,導尿管は外れたようだ。
傷口のドレーンは4,5日つけたままになるだろう。


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