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清多夢くらぶ

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博物館など

2019年10月31日
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カテゴリ:博物館など
​​​​​​​ ​東京国立博物館・トーハクには、陶器や磁器が日本の美術品として、幾つかのコーナーに置かれている。脇役的な存在にも見える。それでは工芸家の方に失礼になる・・。日本美術の流れの部で、「茶の美術」、「暮らしの調度」。ジャンル別部で、「陶磁」と「焼き締め茶碗の美」などのコーナーにある。​

 茶の美術(3室)は、日本の伝統文化を代表する茶の湯コーナー。掛け軸・花入れ・茶碗・水指など19件を展示。熊川茶碗「田子月」と織部扇形向付(美濃焼、5客)を鑑賞。​

 陶磁(13室)では、平安時代から江戸時代までの日本陶磁を眺めた。秋をテーマとした作品を中心に42件を展示。大きな伊万里焼の三点セット・色絵獅子鳳凰分有大壺や色絵桜楓文木瓜形鉢(仁阿弥道八作)など・・。​

 近代の美術(18室)では、明治・大正の工芸や彫刻、絵画48件を展示。明治5年の文部省博覧会に出展した作品もある。七宝焼の大瓶(梶佐太作、竹内忠兵衛作)が美しかった。室内中央に竹内久一作「執金剛神立像」が睨みをきかせている。​​​​​
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写真-1 熊川茶碗「田子月」と織部扇形向付と呉須赤牡丹香合。


写真-2 織部扇形向付・美濃焼、5客。


写真-3 伊万里焼の三点セット・色絵獅子鳳凰分有大壺。


写真-4 柿右衛門の水指と色絵桜楓文木瓜形鉢。


写真-5 近代の美術(18室)の七宝焼大瓶と黄釉さび絵梅樹。


写真-6 近代の美術室で睨みをきかせる執金剛神立像。






Last updated  2019年10月31日 13時54分06秒
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2019年10月26日
カテゴリ:博物館など
​​​​​​​​ トーハクの2階本館で、「日本美術の流れ」を観て回ることができる。そのなかで屏風や掛軸に描かれた絵画の一部を紹介します。国宝2室に「金光明再勝王経金字宝曼荼羅図」を展示。撮影禁止の部屋。​

 7室は、安土桃山から江戸時代の「屏風と襖絵」を展示。秋を感じさせる「武蔵野図屏風」と静寂館の漂う「網干図屏風」で足を停めた。​

 8室は、安土桃山から江戸時代の「書画の展開」コーナー。狩野派を多様な展開を遂げた絵画や書跡29件を展示。掛軸「月に秋草図(3幅)」と「石橋山・江島・箱根図(3幅)」を眺める。​
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 0室は、「浮世絵と衣装」コーナー。江戸時代の庶民の姿を描いた浮世絵など31件を展示。「當時全盛美人揃・兵庫屋内花妻」と「赤沢山の相撲」を鑑賞した。​​​​​
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写真-1 2階7室に展示されている「武蔵野図屏風」と「網干図屏風」。


写真-2 室町時代の四季山水図屏風。


写真-3 近代の屏風。川合玉堂の「渓山四時」。


写真-4 「月に秋草図」と「石橋山・江島・箱根図」。


写真-5 「當時全盛美人揃・兵庫屋内花妻」と「赤沢山の相撲」。






Last updated  2019年10月26日 20時49分41秒
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2019年10月18日
カテゴリ:博物館など
​​​​​ ト​ーハク本館の日本ギャラリー(常設展)で、日本文化・芸術品を鑑賞した。海外の入場者が多い。1階ジャンル別のコーナーなどで、「刀剣」が展示されている。照明の関係で、反り身の刃が光るとゾグッとする。​​

 「刀剣」は本館13室。年に2、3回ほど展示品が入れ替わるという。訪れた日、三日月形の焼刃が名の由来となった国宝「三日月宗近」や「岡田切吉房」の太刀など作品16口が展示。​

 
との違いについて。「剣」は両刃で真っ直ぐな形状。刺突の武器。一方、「刀(かたな)」は、片刃で反りの入った形状。斬激の武器。更に、太刀(たち)とは刃を下向きにした腰から吊る(佩く)。刀は刃を上に向けて腰に差すタイプとされる。

 トーハクには、国宝・重文の刀剣が60点以上所蔵されている。そのうち国宝の太刀は12口とされる。次回には、長船景光の代表作・国宝「小龍景光」鎌倉時代が蔵出しする。​​​
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写真-1 トーハク本館13室。国宝の太刀「身三日月宗近」


写真-2 日本の刀剣「相州国光」他。


写真-3 長船景光の作「小龍景光」鎌倉時代。


写真-4 鍔(つば)の装飾。獅子と牡丹など。


写真-5 三所物(みところもの)。水辺の鶴、貝に藻。






Last updated  2019年10月18日 06時00分08秒
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2019年10月08日
カテゴリ:博物館など
​​​​​​​​​​ トーハク・総合文化展の「日本のよろい」を覗いた。夏休みの企画らしく、「トーハクでサムライ気分・・」と題して、鎧を着る体験コーナーも用意されていた。フル装備では、とても自由に動き回れそうにもない。​

 日本のよろい(甲冑)は、身を守るものであるが、戦場での活躍をアピールするもの。人目をひくデザインや色鮮やかなものが多い。日本のよろいが世界の鎧と比べて美しいのは、鉄・銅・革・漆・絹糸など様々な材料と技術を集めた芸術品だから・・。鎧の4つの種類と部分名称の説明書きがあった。​

 大鎧(おおよろい)は、平安時代後期に登場したもので、馬に乗って戦う上級武士(騎馬武者)が見につけたもの。腰を守る草摺(くさずり)が4枚。胴丸は、歩いて戦う武士(徒武者)が来たもので、胴の合せが右脇にあり、草摺が8枚さがっている。​

 腹巻は、鎌倉時代の徒武者が着たよろい。胴の合せが背中にあり、草摺7枚が標準。当世具足(とうせいぐそく)は、安土桃山時代に登場する。全身をすき間なく守るよろい。「変わり兜」とセットになることもあるという。戦さが無かった江戸後期、ホコリを被った多くの鎧が武家屋敷に飾り置かれていた。​​​​​​​
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写真-1 トーハク総合文化展の「日本のよろい」を鑑賞。


写真-2 平安後期、騎馬武者が着た「大鎧(おおよろい)」。


写真-3 平安後期、徒武者が着た「胴丸(どうまる)」。


写真-4 鎌倉時代に登場した「腹巻」。


写真-5 安土桃山-戦国時代の「当世具足」と「変わり兜」。


写真-6 4体の試着用よろいを準備してあった。






Last updated  2019年10月08日 09時29分08秒
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2019年09月29日
カテゴリ:博物館など
​​​​​​​​​ 東京国立博物館(トーハク)本館で開催されていた「奈良大和四寺のみほとけ」。総合文化展(常設展)であるが、9月23日までの期間限定の企画展だ。4つの寺から15体の御仏像が東京まで出張してくれた。​

 奈良県北東部に所在する岡寺、室生寺、長谷寺、安倍文殊院の四寺(よじ)は、いずれも7世紀から8世紀に創建された古刹。安置されている仏像は、魅力的に富み、卓越した造形したものばかり。本館11室企画展は撮影禁止なのでガイドブックから、御仏の姿・表情をチョイスした。​

 石舞台古墳を見下ろす山に佇む岡寺からは、高さ5mの「如意輪観音菩薩坐像」、国宝「義淵僧正座像」。清流・室生川を流す深山幽谷に溶け込む室生寺から、国宝「釈迦如来坐像」、「十一面観音菩薩立像」。​

 大和と伊勢を往還する街道近く建つ長谷寺から、「十一面観音菩薩立像」、「阿弥陀如来立像」。飛鳥時代に創建された宗敬院を前身とする阿倍文殊院から、獅子に乗った総高さ7mに及ぶ「文殊菩薩坐像」が。現存する文殊菩薩像の中では最も大きいもので、日本三大文殊のひとつ。​​​​​​
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写真-1 トーハク正面玄関横に設置された企画展の垂れ幕。


写真-2 奈良大和四寺のみほとけ。入場チケットとパンフレット。


写真-3 岡寺の「如意輪観音菩薩坐像」、国宝「義淵僧正座像」。


写真-4 室生寺の「十一面観音菩薩立像」国宝「釈迦如来坐像」。


写真-5 長谷寺から、「十一面観音菩薩立像」、「阿弥陀如来立。


写真-6 安倍文殊院の「文殊菩薩坐像」。






Last updated  2019年09月29日 06時00分06秒
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2019年09月26日
カテゴリ:博物館など
​​​​​​​​ 特別展「三国志」において、三国ゆかりの出土品などの展示品に混じって、人形劇三国志で活躍した英雄・勇者の人形が配置されている。約1800年前の副葬品などに息吹を与える存在だ。​
 
 NHKテレビ番組の「人形劇アニメ」として、約25年前に躍動した人形。人形劇三国志は、1年半にわたり、68話が放映された。土曜日の18時から45分間、大河アニメの先駆け・・。​

 人形アニメ監督・川本喜八郎のもと製作された人形は、精巧に作られている。桃の節句や端午の節句に見られる和製人形技術の集大成だ・・。当時使用した「勇姿」の多くが「飯田市川本喜八郎人形美術館」にある。但し、毎年のように全国に出張する「美術文化財」でもある。​

 第1章室では、曹操・劉備・孫権がそれぞれのポーズで来館者を迎えてくれる。しばらく進むと、諸葛亮と孟獲が対で並んでいる。孔明が南西した際、「七縦七摛(しちしょうしちきん)」の故事がある。捕えては逃してやること7回繰り返して、南蛮王・孟獲を心から服従させたという。​​​​​
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写真-1 曹操孟徳と夏候淵妙才。夏候淳・淵兄弟は、曹操の挙兵からの親族。


写真-2 後漢ラストエンペラーの献帝(劉協)と魏初代皇帝・曹丕支桓。


写真-3 曹操が最も愛した息子・曹植子建と司馬イ仲達。


写真-4 劉備玄徳と関羽雲長。赤兎馬と青龍偃月刀は関羽の代名詞。


写真-5 張飛翼徳と趙雲子龍。劉備を支えた五大将軍。


写真-6 諸葛亮孔明と孟獲。七縦七摛の故事がある。


写真-7 孫権仲謀と周瑜公瑾 孫権の父・孫堅と周瑜は同い年。


写真-8 甘寧興覇と呂布奉先。周瑜・甘寧は、赤壁の戦に参戦。






Last updated  2019年09月26日 06時00分08秒
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2019年09月24日
カテゴリ:博物館など
​​​​​​​​ 強者(つわもの)たちが激戦を繰り広げた三国時代。最後に天下を治めたのは、司馬一族であり、司馬炎が建てた西晋(せいしん)王朝だった。そのことを物語るものとして、「​晋平呉天下大平​」磚(土レンガ板、縦30cm×横15cm)が展示。世界一短い三国志と紹介されている。​

 晋時代に活躍した人物に​王義之​(おうぎし)がいる。東晋の政治家で高名な書家。王義之ゆかりの土地での出土品も展示。「蝉文冠飾」、壺・カンなどが陳列。冠飾が何故、蝉(せみ)なのか・・。当時死者の口に蝉を含ませて、不老不死を願う風習があったという。​

 ​司馬イ・仲達​(179年-251年)は、曹操-曹丕-曹叡に仕えて、西晋の礎を築いた政治・軍略家。曹操は、仲達の知謀を警戒していたが,曹丕・曹叡は警戒心が薄かった。孔明は太く短く生き、仲達は太く・長く生き抜いた。日本の戦国時代における徳川家康に少し似ている。​

 エピローグ「三国の終焉」の展示コーナーは、横山光輝の漫画三国志の「​秋風五丈原​」で終わる。孔明の5度目の北伐で。魏・仲達と戦うも、五丈原で病死する(234年)。「死せる孔明、生ける仲達を走らす」との名文がある・・。全60巻単行本のうち、58巻が「五丈原への道」、59巻が「秋風五丈原」。​​​​​
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写真-1 世界一短い三国志とされる「晋平呉天下大平」磚。[南京市博物総館]


写真-2 王義之ゆかりの土地での出土品「蝉文冠飾」。


写真-3 獅子形盃や罐・壺。「西晋時代」


写真-4 横山光輝の原画「秋風五丈原」で特別展は終わる。


写真-5 単行本の表紙、58巻の司馬い、59巻の諸葛亮。






Last updated  2019年09月24日 10時36分14秒
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2019年09月23日
カテゴリ:博物館など
​​​​​​​​​ ​第2会場の第5章「曹操高陵と三国大墓」へ進む・・。三国時代の支配者たちは、葬儀に対して豪華を競うのではなく、質素・倹約を貴ぶようになる。三国間で熾烈な戦いが続いている時でもあり、賢者の振舞いであろうか・・。​

 2008年に河南省安陽市で発見された大きな墓は、実は魏武王・曹操の墓だと認定された。既に盗掘されていたが、大きな発見。副葬品のひとつ「魏武王常所用格虎大戟」との銘が入った石碑が決め手らしい。遺言にしたがって、金玉珍宝の副葬品は無いものの、故人を偲ぶ文物を展示している。​

 蜀の大墓では、地下の墓室と墓道との間に設けて「墓門」を展示。また400個ちかい銅銭を枝葉に飾った金のなる木「揺銭樹」と陶器台座を鑑賞できる。蜀の地域で、このような「金のなる木」は良く出土する。当地の信仰と深く関係があるようだ。​

 呉の大墓コーナーでは、「​虎形棺座​」があった。棺を載せるための台座を虎形にすることで、権力を誇示したようだ。副葬品「牛車」が展示。後漢の終わりごろから、馬車以外に牛車も登場する。特に呉の地域での出土例が多く、三国で最も普及したと考えられている。​​​​​​​
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写真-1 2008年当時の曹操高陵と実物大の墓室模型。


写真-2 呉の大墓から出土した副葬品、「鼎」、「白磁かん」や「金製獣文帯金具」。

写真-3 蜀の大墓の墓門。


写真-4 蜀の大墓から出土した副葬品、「揺銭樹」とその台座。


写真-5 呉の大墓の墓室と虎形棺座。


写真-6 呉の大墓から出土した副葬品、「牛車」と「人面文瓦」。






Last updated  2019年09月23日 06時00分06秒
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2019年09月20日
カテゴリ:博物館など
​​​​​​​​​ ​第2会場の第4章へ進む・・。漢王朝の中心地・黄河流域に勢力を張った「」。自然の恵み豊かな長江上流の平原を押さえた「」。長江下流の平野部と沿岸域に割拠した「」。異なる地域・風土は、それぞれ独自の思想や習慣をはぐくんだ。各地に出土する文物に、その特色が見えるという。​

 魏から出土したものに、「方格規矩鳥文鏡」がある。2-3世紀に作られた青銅鏡。紐を積牡為の孔が長方形。銘文には「銅は徐州より出る」とある。また複雑な装飾をもつ石の「五龍硯」を展示。​

 蜀の人々の暮らしぶりを伝えるものに、墳墓に副葬された人形、俑がある。蜀で流行したと思われる踊り姿の「舞踊俑」、楽器を演奏する俑などで、埋葬された人物が伺い知れる。​

 御は青磁の名産地であることを示すものに「神亭壺(しんていこ)」がある。272年江蘇省から出土。呉の上流層は、オリーブグリーンの焼物を好んだという。これが青磁の原点だとされる。​​​​​​​
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写真-1 「方格規矩鳥文鏡」。2-3世紀・魏、遼寧省博物館。


写真-2 「五龍硯」と「墨書紙」。2-3世紀・魏、沂南県博物館。


写真-3 「舞踊俑」と「奏琴俑」。2-3世紀・蜀、重慶中国三峡博物館。


写真-4 「車馬出行図磚」他。2世紀、四川博物館。


写真-5 「神亭壺」と「銅鼓」。南京市博物館。広西民族博物館。






Last updated  2019年09月20日 06時00分10秒
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2019年09月18日
カテゴリ:博物館など
​​​​​​ ​魏・蜀・呉による三国の鼎立は、後漢末期に形作られる。それぞれの国境で、戦いは熾烈を極めた。220年曹操が没した後、曹丕は皇位を奪うと、蜀と呉も建国する。第3章「三国の鼎立(ていりつ)」では、三国時代の武器や著名な合戦にまつわる文物を展示している。​

 208年の「赤壁の戦い」は、呉・蜀軍が勝利、魏が惨敗。10万本の矢の逸話がある。諸葛亮は、周瑜から矢10万本を調達する難問をうける。すると濃霧の日、藁人形を乗せた船団20隻を引き連れて、敵地に近づき、慌てて放つ大量の矢を船で受け止めて帰還した。一日で10万本の矢を得たという話・・。​

 219年の「定軍山の戦い」は、蜀軍が勝利、魏が敗走。魏の将軍・夏候淵が戦死。劉備が漢中を支配する。同年の「樊城の戦い」は、呉・魏軍が勝利。蜀の関羽が呉の朱然に捕らえられて没する。落胆した劉備は、223年に没する。朱然ゆかりの「童子図盤」を展示。​

 219年の「​石亭の戦い​」は、呉軍の勝利。曹丕(魏王)が絶大な信頼を置く曹休が呉の陸遜に惨敗する。​​​​
その曹休の印を展示。
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写真-1 「赤壁の戦い」をイメージした大量の矢。


写真-2 「弩」と「弩機」 河北省荊州、222年、河北省博物館。


写真-3 三国鼎立の地図と著名な合戦年表。


写真-4 ゲームシリーズに登場する張飛の蛇矛リプリカ。


写真-5 武器アラカルト。鉤鑲、撞車頭、撒菱、戟など。


写真-6 朱然ゆかり「童子図盤」と魏の重鎮・曹休の印。






Last updated  2019年09月18日 10時13分10秒
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