2059654 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

清多夢くらぶ

全21件 (21件中 1-10件目)

1 2 3 >

びわ湖周行

2020年12月31日
XML
カテゴリ:びわ湖周行
​​​​​ 彦根城で最も眺望の良い場所として知られている​着見台​。本丸の東端に突き出た一画で、もとは着見櫓が立っていた。見張りと戦に備える櫓。此処からは、名勝・玄宮園、佐和山、彦根市街、そして琵琶湖を一望できる。​

 湖を渡る風が通り抜ける展望台から竹生島も見えた。景色を楽しんだ後、彦根城を下りると、京橋から南西方向に小江戸風の通りが350mほど伸びていた。白壁と黒格子で統一された町屋を再現している。グルメ・お土産店が軒を連ねる「夢京橋キャスルロード」だ。平成10年頃に整備されたという。​

 キャスルロードを散策して、ドラ焼き「​ひこどら​」をお土産にして彦根城下をあとにする。米原駅発17時のひかりに乗車すると、19時には無事に東京駅に着いた。一連の「琵琶湖周行記」は終わりになります。新型コロナ第三波の感染拡大前の旅行だったので幸いであった。​​​
​​​​​​

写真-1 彦根城着見台から北東方向・伊吹山を望む。


写真-2 眼下の佐和山口多聞櫓。


写真-3 石田三成の居城があった佐和山。


写真-4 北側を望むと竹生島や長浜が見える。


写真-5 歴代の藩主が愛した池泉回遊式庭園「玄宮園」。


写真-6 夢京橋キャッスルロードの町並み。






Last updated  2020年12月31日 06時00分07秒
コメント(0) | コメントを書く


2020年12月28日
カテゴリ:びわ湖周行
​​ ​彦根城は、琵琶湖から眺めると、船の形をした石垣の要塞に見えたことだろう。南北に長い尾根を整地して、石垣を築いた連郭式平山城。南から「鐘の丸」、「天秤丸」、「本丸」、「西の丸」が直線的に連なっている。大量の石材を短期期間に集めて築いた石垣の尾根でもある。​
​​​
 城づくりの基本設計を「縄張り」という。徳川家康は、戦略的要地である彦根築城を「公儀普請」とし、幕府の総力で造ることとした。公儀から3人の普請奉行を派遣して、近隣の7国の大名が工事を担う。徳川の威武を近江に打ち立て、西国代表に睨みをきかせるためだ。​

 江戸初期は、居城移転が相次いで行われた。必要に迫られて建築資材の再利用が盛んになる。彦根城はその最たるものではないか。佐和山城の石垣に限らず、安土城、長浜城、大津城の石材をリサイクルしているようだ。​

 リサイクルと言って、天守や櫓と石垣とは、移築方法が質・量で異なる。クレーンが無い時代、安全に石垣を解体・運搬する技能集団がいたのだろう。石垣を構成する岩質も多様だ。墓石もあった・・。​​​
​​​​​​

写真-1 大量の石を積み上げた彦根城石垣。


写真-2 本丸の石垣。


写真-3 墓石も使われた算木積みと登り石垣。


写真-4 美しい天秤櫓石垣。


写真-5 チャート露頭が太鼓門前と大堀切・階段。


写真-6 天守石垣(牛蒡積み)と湖上から城郭を望む。






Last updated  2020年12月28日 06時00分06秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年12月25日
カテゴリ:びわ湖周行
​​​​​​ ​滋賀が誇る国宝・彦根城。江戸時代を通し譜代大名の井伊家の居城として築かれた平山城。その天守は、高さ21mと小ぶりながら複数の構造が調和している。唐破風造りの地上3階、地下1階の建物で、昭和27年には天守が国宝に指定されている。​

 もともと彦根には石田三成の居城・佐和山城があった。1600年の関ケ原の合戦で、武功をあげた井伊直政が18万石で入封した。しかし、石田三成の居城をヨシとしなかった。変わりに琵琶湖に近い彦根山に彦根城を築くことを計画。井伊直継の代となって完成する。佐和山城から南西1.5kmの距離だ。​

 城郭のなかで目立つのが左右対称の多聞櫓。その櫓の中央に「落し橋」を設け、かつ両端が三重櫓となっている。これらの造りが天秤のように見えることより天秤櫓(てんびんやぐら)の名が付いている。落し橋は、敵の侵入を防ぐ仕掛のひとつ。​

 鎌倉・室町時代から彦根(佐和山城)は、有力守護・大名がせめぎ合う要衝。戦国時代には六角氏から浅井氏に支配が移る。小谷城の重要支城となる。小谷城落後、丹羽長秀、石田三成が治めた。そして徳川の時代彦根城は、天下普請と称して多くの大名が参加して出来上がった城。​​​​
​​​​​​

写真-1 彦根城天守と「ひこにゃん」。


写真-2 京橋口から天守を望む。


写真-3 大手門橋と多聞櫓への廊下橋(落し橋)。


写真-4 左右対称に造られた天秤櫓。


写真-5 時報鐘と太鼓門櫓。


写真-6 三層の屋根と華頭窓のある天守。






Last updated  2020年12月25日 06時00分06秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年12月22日
カテゴリ:びわ湖周行
​​​​​​ ​びわ湖テラスを下った後、湖西(こせい)湖岸をバスで移動。JR湖西線が通り、旧街道「西近江路」と重なるエリアをゆく。かつて湖上交通の要衝として発展した今津には、竹生島への連絡船が発着する港がある。自然に恵まれたビューポイントが点在している。季節で様々な顔を見せる湖景色がある。​

 琵琶湖岸に立ち続ける近江最古級の白鬚神社が近江高島駅の南にある。朝夕に幻想的なシーンが見られるという。鳥居越しに、「沖ノ島」が見える。湖中に突然現れたという伝説がある鳥居は、滋賀を代表する景観のひとつ。日本遺産に認定されている。​

 近江今津駅から北9Kmに絶景のドライブロードがある。約500本のメタセコイヤが約2.4kmにわたって続く道。円錐形のメタセコイヤ並木と直線的に伸びる道路とが創り出す景観が素晴らしい。四季折々の表情を楽しめる並木道だ。マキノピックランドの駐車場を利用できる。​

 長浜港のホテル・グラツィエでランチを摂る。長浜の郷土料理「焼鯖そうめん」を食べて、いざ彦根城へ・・。​​​​
​​​​​​

写真-1 琵琶湖西岸線をゆく。


写真-2 高島海岸の白鬚神社の鳥居。


写真-3 今津付近から竹生島を望む。


写真-4 マキノビーチと今津港。


写真-5 マキノピックランド近くのメタセコイヤ並木。


写真-6 長浜港のホテルと焼鯖そうめん。






Last updated  2020年12月22日 06時00分06秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年12月19日
カテゴリ:びわ湖周行
​​ ​琵琶湖西岸に連なる比良山地の打見山(標高1108m)へはロープウェイを利用。高低差782m、延長1783mの「びわ湖バレイロープウェイ」に乗る。大型キャビンは定員121名であるが、半分の定員で運行。秋日和に恵まれ、紅葉の山肌とびわ湖を観る約5分の空中散歩を楽しむ。​

 比良山地は、近江八景の一つ「比良の暮雪」で知られる景勝地。最高峰は、北よりの武奈ケ岳(標高1214m)。打見山、比良岳(標高1051m)、蓬莱山(標高1174m)が連なる山地は南比良と呼ばれる。南比良の麓​​
に、湖西線・志賀駅がある。​

 対岸に位置する守山市側からは、朝日を受ける比良山地を見る事ができる。比良山地が美しくなるのは、冠雪の山並みだという。歌川広重の魚栄版「比良の暮雪」は、積雪の比良山中から琵琶湖を描いている。スキーで滑りたくなる坂道だ。​
​​​​​​

写真-1 比良岳の東斜面と北小松方面を望む。


写真-2 秋日和の空中散歩。


写真-3 びわ湖バレイロープウェイ。


写真-4 ロープウェイ越しの蓬莱山。


写真-5 山頂エリアマップと冬の比良山地。


写真-6 広重・近江八景「比良暮雪」。






Last updated  2020年12月19日 06時00分06秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年12月17日
カテゴリ:びわ湖周行
​​​​​​​​ びわ湖周行の宿泊基地は、大津湖岸に聳えるプリンスホテル。このホテルは、地上133m×38階の高層建物。500室以上の全室が琵琶湖に面している。丹下健三氏による設計で、1989年に開業している。​

 鉄道網が発達している大津市。電車を利用すると、近くの名所を訪ねることができる。ホテルとJR大津駅とを無料シャトルバスが運行している。1時間に2便あるので、さほど不自由を感じない。​

 大阪・札幌のGo Toトラベルの一時除外が11月25日から始まって久しい。小生らは、それ以前のツアーでGo Toを利用した。地域クーポン券は、持て余し気味だった。近江牛をお土産(クール便)して消化した。​

 12月17日まで東京発着のGo Toトラベルの使用自粛(年齢制限)要請があった。中途半端な判断のように思えた。そして、12月15日突然28日からGo Toトラベルが​全国的に中断​となった。医療に従事する人にとって、息抜きできれば良いのだが・・。一方、旅行者を相手にする業界は大ピンチだ・・。​​​​​
​​​​​​

写真-1 におの浜の夜明けと高層ホテル。


写真-2 びわ湖大津プリンスホテルと湖岸線。


写真-3 ホテル38Fのスカイラウンジ。


写真-4 スカイラウンジからの眺望。


写真-5 ホテル内フロアと客室。


写真-6 ホテル付近の鳥瞰写真とびわ湖花噴水。






Last updated  2020年12月17日 06時00分07秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年12月15日
カテゴリ:びわ湖周行
​​​​​​ ​琵琶湖の西域、比良山地・打見山に天空のカフェがある。2016年にびわ湖テラスが出現した。標高1100mからびわ湖一帯を望める絶景スポットに間違いない。眼下に琵琶湖大橋、海のような湖と大空を一望できる木製デッキが設置されている。​

 関西で知られていたスキー場「びわ湖バレイ」を再開発して、リゾート感を味わえる場所を創り出した。打見山と蓬莱山の二つのエリアに分かれ、徒歩またはリフトで移動できる。天空の食堂(ダイニングレイクビュー)も営業されている。特別の人とゆっくりと寛いで、料理とスイーツを食べる処か・・。​

 びわ湖テラスの特徴は、ウッドデッキと水盤であろうか。水盤床には濃淡の少し異なる​青色タイル​が張られている。テラスの水盤が湖と空に一体化させるねらいがあるようだ。海外の山岳リゾートにいる雰囲気がある。​

 グランドテラスから続く小径を進むと、小さなハート形の展望台が設けられている。「​湖空の鐘​」を鳴らせる恋人の聖地があった。​​​​
​​​​​​

写真-1 びわ湖バレイ/びわ湖テラス。


写真-2 ロープウェイ山頂駅の直ぐ近くに「びわ湖テラス」がある。


写真-3 湖空の蒼い水盤。


写真-4 びわ湖テラス・グランドテラスからの眺望。


写真-5 テラスカフェの建物と展望台(恋人の聖地)。


写真-6 びわ湖テラスの施設案合図。






Last updated  2020年12月15日 06時00分06秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年12月12日
カテゴリ:びわ湖周行
​​​​​​​びわ湖に流れ込む川は数多くあるが、びわ湖から流れ出る川はただ一つ。それが瀬田川。宇治川に名前を変え、木津川、桂川と合流し、淀川となってやがて大阪湾に注ぐ。明治になるまで、瀬田川には唐橋の一箇所しかなかった。従って軍略・政治的に重要な要衝であった。​

 唐橋の名で呼ばれるようになったのは鎌倉時代。当時、唐風(中国風)に架け替られたので、いつしか唐橋となった。現在は、全長224mの鉄筋コンクリート製に様変わりしている。中ノ島を挟んで、小橋52m、大橋172mで繋がっている。上下流に国道1号、名神高速道路が瀬田川に架かっている。​

 昔、唐橋を制する者は、天下を制すると言われた。東国から都へ上洛するには唐橋を確保することが不可欠だった。そのため日本の歴史を動かす戦いがあった。例えば、672年壬申の乱(大友皇子-大海人皇子)、1180年治承の乱(源平合戦)、1336年建武の戦い(足利軍と朝廷軍)。​

 唐橋は夕景(せきしょう)の名所と知られている。歌川広重が近江八景「瀬田の夕照」が有名。当時の中州は、今は中ノ島。橋の北東に見えるのは、近江富士(三上山)。​​​​
​​​​​​

写真-1 瀬田川に架かる唐橋(小橋)。


写真-2 唐橋大橋からびわ湖方面を望む。


写真-3 唐橋の歩道部と受け継がれている疑宝珠。


写真-4 歌川広重の近江八景「瀬田の夕照」。


写真-5 昔の唐橋の位置と近江富士。


写真-6 行き交うボートと石碑。






Last updated  2020年12月12日 06時00分07秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年12月08日
カテゴリ:びわ湖周行
​​​​ 宿泊ホテルの東側に隣接する大津湖岸なぎさ公園の由美浜。由美浜には砂浜の「​サンシャインビーチ​」があり、南北に伸びている。早朝、由美浜を散歩すると、岩根山(十二坊)方面から朝日が昇って来た。その左手前には、近江富士が見える。​

 なぎさ公園のなかで、「三角おむすび」のような広場がびわ湖に突き出ている。湖から見ると扇の形状しており、イベントを開催する市民プラザ広場。扇の広がった縁に駐車する車が並ぶ設計となっている。大きな扇子をイメージしたのだろう・・。​

 市民プラザのエリアが下水処理施設(処理能力95,000m3/日)のようだ。建物の屋上をグランドに仕上げている。そして、​屋上公園​としてテニスコート2面、多目的広場2箇所を整備して、一般開放している。健康的で寛げる場所がある由美浜、いや「扇浜」だ。​​​
​​​​​​

写真-1 夜明け前のびわ湖。


写真-2 しだいに山並みが見えてきた。


写真-3 由美浜に光の道が繋がった。


写真-4 朝照のびわ湖と釣り人。


写真-5 サンシャインビーチと近江大橋。


写真-6 ホテル38階から市民プラザと屋上公園を望む。






Last updated  2020年12月08日 17時58分14秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年12月05日
カテゴリ:びわ湖周行
​​ 「びわ湖周行」の宿は、大津プリンスホテル。びわ湖の湖畔、におの浜に位置する。「におの浜」は、東西500m渡り、「なぎさ公園」が伸び、プロムナード(遊歩道)が整備されている。朝と夕には散歩する人やジョギングする人々で賑わう浜だ。​​​​​

 ホテルおよび「におの浜」からは比叡山の山並みが見える。朝日が当たる。その方面には近代的なビルやマンションが建ち並んでいる。人口35万人の大津市の中心街は、日当りが良好な場所にある。​

 「におの浜」の名は、水鳥のカイツブリが由来か。カイツブリの和名が鳰(にお)。その昔、びわ湖は「におの海」と呼ばれるほど鳰とりが多かったようだ。カイツブリは、あまり深くは潜水できないが、巧みな潜水術をもっている。豊かな淡水湖で、小魚、甲殻類、貝を捕食するハンターでもある。​

 「におの浜」に近い駅は、京阪線膳所駅(ぜぜえき)。この駅から南東に約2km進むと粟津駅に到る。粟津には旧東海道沿いに、約500mの松並木があり、旅人の休憩場所ともなっていた。歌川広重の近江八景「粟津の晴嵐」には、松林と比叡山が描かれている。​​​
​​​​​​

写真-1 におの浜から比叡山方面を望む。


写真-2 なぎさプロムナードとカイツブリ。


写真-3 におの浜とびわ湖。


写真-4 びわ湖大津プリンスホテル。27階に宿泊。


写真-5 ホテルから渚公園と比叡山を見る。


写真-6 広重の近江八景「粟津の晴嵐」。






Last updated  2020年12月05日 20時37分22秒
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全21件 (21件中 1-10件目)

1 2 3 >

PR


© Rakuten Group, Inc.