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清多夢くらぶ

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アドリア海他クルーズ

2018年08月16日
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​​​​​​​ ​スキアヴォーニ河岸の東側には、ホテル・レストランが軒を連ねる。赤茶色の外壁に白い窓縁の建物がホテル・ダニエリ。14世紀末に建築されて総督官邸を改修した五つ星ホテルで、ロビーの豪華絢爛さ客の目を引く。近くの河畔のS.ザッカリア船着場は、水上バスやゴンドラで賑わう。​

 ホテル・ダニエリと水路挟んで、西隣りのH.ロンドラ・パレスの裏手にサン・ザッカリア教会がある。ベネチア・ルネッサンス様式のサフォードがある教会。ヘッリーニの作品「王座の聖母と諸聖人」が有名。ロンドラ・パレス前の広場は、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の騎馬像があり、集合場所としていた。​

 エマヌエーレ2世は、クリミア戦争(1853~1856年)後の乱れた状態からイタリアを統一したサルデーニャ国王。クリミア戦争の頃、日本では薩摩藩で国産初の蒸気船が進水したばかり。因みに黒船来航は1853年。クリミア戦争を終えた列強各国が日本に目を付け始めた。​

 ​​S.ザッカリア船着場​​から水上バス・ヴァポレットに乗り、旧市街を離れた。フェリーターミナルで預けた スーツケースを受け取り、ベネチア空港から帰国する。今回で、「アドリア海紀行」は終了です。長い間、お付き合いありがとうございました。​​​​​
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写真-1 スキアヴォーニ河岸の東側を望む。


写真-2 赤茶色のホテル・ダニエリと豪華絢爛なロビー。


写真-3 グレース水路とベネチアの斜塔。


写真-4 サン・ザッカリア教会と「王座の聖母と諸聖人」。


写真-5 ロンドラ・パレス前のエマヌエーレ2世の騎馬像。


写真-6バイオリンのヴィヴァルディが働いたピエタ教会。






Last updated  2019年01月12日 10時34分06秒
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2018年08月15日
​​​​​​​​ サン・マルコ広場河岸の対岸の島に浮かぶ「​サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会​」。コリント様式の真白い円柱と白壁が優雅にみえる。サン・マルコ広場付近から見ると最も美しくなるように設計されている。「水辺の貴婦人」と言われるゆえんである。​

 海の上に浮かぶ要塞のように見える。教会建物で埋まったS.G.マッジョーレ島。サン・マルコ広場から水上バスに乗ると数分で渡ることができる。聖ジョルジョとは、悪の化身とされるドラゴンを退治した伝説の聖人。​

 教会内部は、中央にクーポラのある幅広の3廊式。ホワイトとベージュ色が基調で落ち着いた雰囲気の礼拝堂。祭壇に向かって、右側にティントレット作「最後の晩餐」。左側に「マナの収拾」の大絵画が飾られている。​

 S.ジョルジョ教会は、マンガ「ジョジョの奇妙な冒険(作者・荒木飛呂彦)」にも登場する。ひと頃、愛読者の聖地巡礼地のひとつであった。日本の漫画好きに縁がある島と教会だ・・。​​​​​
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写真-1 サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の北側にヨットハーバがある。


写真-2 サン・マルコ小広場付近からS.ジョルジョ.M教会を望む。


写真-3 水辺の貴婦人と称される真っ白なサフォード。


写真-4 サロン的な雰囲気が漂い、明るい教会内部。


写真-5 ティントレット作の「マナの収拾」と「最後の晩餐」。


写真-6 鐘楼からの展望とヨットハーバ付近。






Last updated  2019年01月12日 10時34分57秒
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2018年08月12日
​ ベネチアの大運河とジュデッカ運河の合流、その三角州にレンガ造りの低層建物と白いドームの教会が建っている。サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会である。サン・マルコ広場近くの河岸から良く見え、その美しい姿から「​大運河の貴婦人​」と呼ばれる。​
 
​ サルーテ教会の中央クーポラ内部は、自然光を取り入れて明るい。天井や壁には、力作の大絵画が10点以上飾られている。ティツィアーノ作「聖マルコと諸聖人」やティントレット作「カンナの結婚」など。入場は無料。但し、絵画等の撮影は禁止。案内本の写真をアップする。​
 
​ かつて海運国として栄えた頃、三角洲の尖端には、「​海の税関​」があり、船荷の荷揚げ場であった。今は古いレンガ造りの建物を改修して、現代美術館「プンタ・デッラ・ドガーナ」となっている。日本の安藤忠雄氏が改装を手がけたという。​
 
​ 大流行した​ペストの終焉​を聖母マリアに感謝して造られたサルーテ教会。人口の1/3近くがペストで死亡したと言われる。これにより国力が弱まり、共和国の滅亡に繋がったとも・・。教会基礎は、大量の木杭によって支えられている。ペスト犠牲者と「気杭」が眠るラ・サルーテである。​
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写真-1 大運河とジュデッカ運河とが合流する旧サルーテ埠頭。


写真-2 「海の税関」の塔には、黄金の球体を支えるアトラス像。


写真-3 モダンアートの美術館「プンタ・デッラ・ドガーナ」。


写真-4 ジュデッカ運河とサルーテ教会。


写真-5 カナル・グランデと「大運河の貴婦人」。


写真-6 サルーテ教会の内部と絵画「カナの結婚」。






Last updated  2019年01月12日 10時49分24秒
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2018年08月09日
​​​​​​​​ サン・マルコ地区からアカデミア橋を渡るとドルソドゥーロ地区。アカデミア橋は、大運河に架かる4つの橋で、唯一木製で出来ている。しかし良く見ると、荷重を支えているのは鉄製の桁だ。ドルソドゥーロ地区は、アカデミア美術館があることで知られている。​

 アカデミア美術館は、ルネッサンスのベネチア派を代表する巨匠の作品を集めた殿堂。2年ぐらい前に、東京・新国立美術館で「ベネチア・ルネッサンスの巨匠たち展」が開催されている。日伊国交樹立150周年を記念した特別展(作品数60点)。​

 ベネチア派の絵画は、その大きさに驚く。長さ8m超える大型作品が並ぶ。特に印象的に残ったのは、カルバッチョ作「リアルト橋から落ちた聖遺物の奇跡」とジェンティーレ作「サン・マルコ広場の祝祭行列」。​

 約500年前のいにしえの絵画と、直前に観光してきたばかり風景がラップする。当時の時代風俗も伺われる。大運河に浮かぶゴンドラには、屋根が取り付けられていた。​​​​​
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写真-1 大運河口に架かるアカデミア橋。


写真-2 アカデミア橋を渡ると、其処はアカデミア美術館。


写真-3 ジョルジョーネ作「嵐」。


写真-4 カルパッチョ作「リアルト橋から落ちた聖遺物の奇跡」。


写真-5 「レヴィ家の饗宴」と「サン・マルコ広場の祝祭行列」。


写真-6 「サン・ロレンツォ橋から落ちた聖遺物の奇跡」。






Last updated  2019年01月12日 10時49分51秒
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2018年08月07日
​​​​​​​ ​ベネチアを代表するものにゴンドラがある。かつては市場からそれぞれの館へ品物を運ぶ手段だった。今は観光客専用で、建物の間を縫うようにゆったりと進むアトラクション。リアルト橋を巡って回ってくるのが一般的なコース。昼間なら30分で80ユーロ程度。​

 ゴンドラは、11世紀に現れたという。その後、船の形が進化して、17世紀頃に現在の形になる。全長11mの非対称の形状と船乗り(ゴンドリエーリ)が重心を取りながら進める漕法。全長の半分しか水に接しないように設計され、水深の浅い運河に適した舟とされる。​

 日本でも大正期にはベネチアのゴンドラが広く知られていた。吉井勇作詞・中山晋平作曲の「ゴンドラの唄」がある。「命短し 恋せよ乙女 朱き唇 褪せぬ間に・・」と唄い継がれている。最近では、ライオンの歯磨きのCM曲に登場している。​

 ゴンドラの先端に、「フェッロ」と呼ばれる鉄製の飾りがついている。総督がかぶったコルナ帽の形とされる。ゴンドラは最盛期1万隻あったが、現在は500隻ほど。人気コースは混み合う。ベネチアの道路には信号がないが、水路にもない。交通安全は船乗り次第のようだ・・。​​​​​
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写真-1 水路が張り巡らされている水の都・ベネチア。


写真-2 カナル・グランデに出て来たゴンドラ。


写真-3 コヴァン運河と石造り建物そして連絡橋。


写真-4 狭い路地裏の水路をゆっくり進む。


写真-5 「溜息の橋」がある水路を進むゴンドラ。


写真-6 ゴンドラの装飾、フェッロ、ペッティなど。






Last updated  2019年01月12日 10時50分12秒
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2018年08月06日
​​​​ S字で流れるカナル・グランデ(大運河)の、ほぼ真ん中に架かるリアルト橋。延長3.8kmの大運河に架かる4本の橋で最も古い。橋長48m×幅22mのアーチ橋で、別名「​​白い巨象​​」と呼ばれた。サン・マルコ広場の時計塔の下を抜け、メルチェリエ通りを北西に400mほど歩くと橋に到る。​

 橋名の由来となったリアルト地区は、海抜が比較的高い。浸水被害が少ないため、人々が早くに住み始めたエリア。貿易の街として発展するに従って、この地区が商業の中心となる。商取引する人が良く渡る橋になったので、「​富の橋​」とも言われた。​​​

​​​ ​シェイクスピアの戯曲「​ベニスの商人​」は、貿易商の多いこの街を舞台に、16世紀作られた。人肉裁判と恋の喜劇の物語は有名だ。血を流さずに生身の肉を切り落とすことができないことを逆手にとって、高利貸を負かすことになる。​

 リアルト橋の上からは、大運河を行き交う船や町の賑わいを見下ろすことができる。陽が暮れ、ライトアップされた「白い象」と岸辺の灯が水面に揺れる風景は「ザ・ベネチア」。ポストカードを添える。​​​
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写真-1 ベネチア観光スポットベスト3のカナル・グランデとリアルト橋。
[ポストカード]


写真-2 大きなアーチと屋根を持つ、白いリアルト橋。


写真-3 リアルト橋の上から大運河の下流を望む。


写真-4 リアルト橋の上から大運河の上流を望む。


写真-5 リアルト橋の近景。


写真-6 リアルト橋付近の夜景。[ポストカード]






Last updated  2019年01月12日 10時50分40秒
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2018年08月04日
​ ​「世界一美しい広場」とナポレオンが称賛したというサン・マルコ広場。西・南・北に壮麗な建物囲まれて、大回廊内の広場だ。サン・マルコ寺院を背にすれば、奥行き157m×幅82mの空間が広がる。​
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 広場を見下ろすのは、高さ100mの大鐘楼。16世紀に建設され、見張り台と灯台だったという。1902年に倒壊したが、10年後に再建されている。エレベーターで見晴し台に上ぼると、サン・マルコ広場や美しいベネチアの町並みを一望できる。​

 広場北側の旧行政館は、12世紀の建物。行政官らの執務室と住居が入っていた。南側の新行政館は、手狭になったため17世紀に建てられた。西側、サン・マルコ寺院正面の建物は、「ナポレオンの翼壁」と呼ばれ、ナポレオン制覇後の19世紀に造られた。​

 新行政館側に世界で最も古いカフェがある。1800年代の装飾が今も残っているカフェ・フローリアン。映画「旅情」において、キャサリン・ヘップバーンがコーヒーを飲むシーンが有名。昔、テレビ番組「日曜洋画劇場」で見た人も多いと思うが・・。​​​​
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写真-1 サン・マルコ広場と大鐘楼。


写真-2 広場西側の「ナポレオンの翼壁」とコッレール博物館入口。


写真-3 屋上にあるブロンズ像が鐘を鳴らして、時を告げる。


写真-4 上:北側の旧行政館。下:南側の新行政館。


写真-5 カフェ・フローリアン前のテラスとキャサリン・ヘプバーン。


写真-6 サン・マルコ広場の鳥瞰と案内図。


写真-7 サン・マルコ広場の夜景。[ポストカード]






Last updated  2019年01月12日 10時51分02秒
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2018年08月03日
​​​​​​ ​5つのドームが十字に配置された壮麗な建物、サン・マルコ寺院。ベネチアを代表する建物。「ベネチアとその潟」を構成する世界遺産として1987年に登録。観光客の参観列が途切れることがない。寺院内部の鑑賞は、9時半から17時まで。

 寺院正面の頂上部分に、聖人マルコ像が立つ。その下に有翼の獅子が並ぶ。建物は東ローマ帝国の首都、コンスタンティノープルの大聖堂を模して、ビザンチン様式で建てられた。その後、多様な建築様式が取り入れ、現在のような姿になる。​

 建物正面に5カ所の扉があり、それぞれ上部にアーチ・モザイクが装飾されている。モザイク画は、聖マルコの遺体を運び出す伝説を主に描いている。最も古いのは、向かって左側のアーチ・モザイク。​

 司教祭壇が置かれるようになったのは、ナポレオン支配の19世紀。従って大聖堂とも呼ばれる。煌びやかな装飾が目を引く寺院内部。特に祭壇の衝立「バラ・ドーロ」は、多量の金と宝石で飾られている。その他に、十字軍の戦利品も多く置かれている・・。​​​​
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写真-1 サン・マルコ寺院を大広場から見る。


写真-2 サン・マルコ寺院を小広場から見る。


写真-3 北出口とアーチ越しの寺院と共和国時代の国旗。


写真-4 正面サフォードの上、4頭の馬像が広場を見守る。


写真-5 聖マルコに纏わるモザイク図。左端の画が13世紀の作品。


写真-6 五つのドームと寺院内部。






Last updated  2019年01月12日 10時51分24秒
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2018年08月01日
​​​​ サン・マルコ小広場に隣接して運河に面し、東西に伸びる河岸をスキアヴォーニ河岸という。スキアヴォーニとは、クロアチアなどからベネチアに貨物を運んできたダルマチア地方のスラブ人の名前から来ている。ベネチア共和国時代の荷揚げなどで、活気があった場所だ。​

 ドゥカーレ宮の裏手を流れる水路(カノーニカ水路)から王の庭園までを、スキアヴォーニ西河岸と仮に呼ぶ。その中心がサン・マルコ小広場。2本の円柱(有翼の獅子と聖テオドーロ像)とゴシック建築の建物に東西を囲まれている。​​​
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 ​小広場東側の建物がドゥカーレ宮。連続するアーチ円柱が美しい。ベネチア共和国の政治中枢で、総督の住居でもあった。創建が9世紀、14世紀にゴシック様式に改築された。​

 カノーニカ水路に架かり、スキアヴォーニ河岸通りの橋がバリア橋。この橋から名物の「溜め息橋」が見える。白い大理石からなる窓のある橋。ドゥカーレ宮から牢獄に贈れる囚人が最後に見たのは、美しい景色だったのだろうか。または見送る関係者の姿か・・。​​​
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写真-1 スキアヴォーニ河岸の西側とサン・マルコ小広場。


写真-2 多くの人々が行き交うスキアヴォーニ河岸通り。


写真-3 サン・マルコ小広場と2本の円柱。


写真-4 ドゥカーレ宮と元老院の間の天井画。


写真-5 カノーニカ水路に架かるバリア橋と「溜め息橋」。






Last updated  2019年01月12日 10時51分48秒
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2018年07月31日
​​​​​​ フェリーターミナルからベネチア中心部への移動は、ヴァポレット(​​水上バス​​)を利用。クルーズ船が入港する際に通ったルートを、もう一度小さな船で戻ることになる。​

 ベネチアの街は、バス・乗用車の乗り入れが禁止されている。そのため街の移動は、徒歩とヴァポレット(​水上バス​​)が主体だ。ヴァポレットは、日本の路線バスにあたる。水上タクシーとして、モーターボートのモトスカーフィがある。狭い水路を進むのがゴンドラクルーズになる。​

 サンタ・ルチア駅/ローマ広場からは、ベネチア本島を蛇行する​カナル・グランデ​​(大運河)を経由してサン・マルコ広場へ行くこともできる。小生らは、サン・マルコ広場へ直行するヴァポレットに乗る。ピエタ教会付近の停留所で「下車」して、街歩きを始めた・・。​​​​
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写真-1 サンタ・クローチェのフェリーターミナルに横付け。


写真-2 ヴァポレットに乗り、ポエジア号の脇を抜ける。


写真-3 ジュデッカ運河からジェズアーティ教会を観る。


写真-4 サンタ・マリア・デッカ・サルーテ教会。


写真-5 運河からサン・マルコ広場方面を望む。


写真-6 ヴァポレットを降りたピエタ教会付近の停留所。






Last updated  2019年01月12日 10時35分28秒
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