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清多夢くらぶ

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江戸・東京

2020年02月05日
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カテゴリ:江戸・東京
​​​​​​​ ​関東厄除け三大師のひとつ​​​西新井大師​​​を訪ねて、名物の草団子を食する。山門がリニューアルされていた。山門位置が境内側へ移動しており、門前広場が広くなっている。​

 西新井大師の正式名称は、五智山遍照院總持寺。創建が天長3年(826年)とされる。開祖は空海。御本尊は、十一面観音菩薩と弘法大師。境内に大師によってもたされた「​加持水の井戸​​」が保存。この井戸が本堂の西側に所在しているので「西新井」が由来となった。​

 山門は天保4年頃に建立された総欅造りの楼門。昨年11月、約1年半をかけて、​保存改修工事​​を終えたばかり。そのため山門の屋根が赤銅色に輝いていた。銅板3000枚(30cm×36cm)が奉納されたという。​

 改修工事であるが補強も施されている。移動した基礎部に杭基礎とし、山門内部に鉄骨フレームが組み込まれている。​耐震性が向上​​した。​​​​
足立区の有形文化財の大切なひとつ。木造建物になので、防火・消火体制も気になった・・。
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写真-1 赤銅色の銅葺屋根が眩しい。


写真-2 山門を守る仁王像。


写真-3 改修工事後前の山門の姿。


写真-4 西新井大師の大本堂。


写真-5 三匝堂と境内の像。


写真-6 加持水の井戸、山門に組みこまれた耐震装置。






Last updated  2020年02月05日 06時00分07秒
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2020年01月23日
カテゴリ:江戸・東京
​​​​​​ ​トーハクで特別公開「​高御座と御帳台​」を拝観した。混雑を避けて、平日の開館前に行く。しかし15分前であるが100名以上が並んでいた。無料観覧なので、より気楽に立ち寄るようだ。​

 本館1階の特別5室に、具合良く収まっている。​四方ガラス張り​であるが、ゆっくり回って観ることができる。無フラッシュの撮影ならOK。スマートフォンをかざす行列となる。小生は2周ほど回る。​

 高御座は、大きな御神輿(高さ6.5m、重さ8トン)のように見えた。​壮麗な八角堂​だ。細部までに多種多様な装飾が施されており、建築物というより美術工芸品だ。黒漆塗りと金箔の鳳凰が印象的。​

 百年前に造られたもので、10月の「即位礼正殿の儀」のために大幅に修繕して京都から運搬したという。東京での公開は1月19日に終了した。解体して京都へ戻る。そして3月1日から​京都御所​で同じように特別公開される。​​​​
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写真-1 開館時刻の9時30分のトーハク本館前。


写真-2 特別5室に納まった「高御座と御帳台」。


写真-3 「御神輿頂部」で舞う金箔の鳳凰。


写真-4 諸儀式の写真や威儀物なども展示。


写真-5 高御座の細部つくり。


写真-6 退館時にも待列が途切れない。






Last updated  2020年01月23日 06時00分10秒
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2019年12月10日
カテゴリ:江戸・東京
​​​​ ​東京JPタワー・KITTEのアトリウムに、水玉が宙に浮いていた。水引を使った新クリスマスツリーのイルミネーションだ。千個以上を使用した水引にLEDが組み込まれ、高さ16mにデザインされている。12月25日まで点灯している。
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 水引は、祝儀袋の外袋の飾りに使用する日本の伝統工芸のひとつ。和紙の「こより」に水糊を引いて固めて作ることから「水引」。最近、色々にデザインされ、アクセサリーとしても愛用されている。

 丸の内エリアでは、スターウォーズに関するクリスマス・オブジェが登場している。丸ビル1Fマルキューブには、「銀河へ向かって伸び行く」ツリーが。丸の内オアゾビルには、フォースを感じる光のスペースが用意されていた。

 映画「スカイウォークの夜明け」が12月20日から公開。42年に渡り、語り継がれた戦いの歴史が完結するという。​​​


写真-1 丸の内KITTEのアトリウムに設置されたイルミ・ツリー。


写真-2 千個以上の水引にLEDが組み込まれている。


写真-3 水引のデザイン。


写真-4 丸の内駅舎に木漏れ日が差す。


写真-5 スターウォーズ関連の光のオブジェ。






Last updated  2019年12月10日 06時46分10秒
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2019年12月08日
カテゴリ:江戸・東京
​​​​​ 東京駅丸の内駅舎から皇居に伸びる、行幸通りのイチョウが黄金色に色付いた。4列の並木である。和田倉門交差点までの幅員73m×延長約200mで、都が管理する道路。2010年に歩道兼馬車道としてリニューアルされた。中央の広い道は、憩の場所または各種イベント会場になる。​

 ご存知、「都の木」はイチョウ。シンボルマークとして、ポスター、バス停などよく見かける。ミドリ・イチョウとして知られている。しかし、昭和41年以前は、「ソメイヨシノ」だったようだ。都民の投票を反映してイチョウになった。神奈川県や大阪府の木もイチョウだったと思う・・。​

 御影石を敷き詰めた幅30mの馬車道は、「信任状奉呈式」に使用される。これは、新任の全権大使が天皇陛下に奉呈する儀式。現在使用されている儀装馬車は、大正時代に製造されたもの。漆塗りの車体(長さ4.5m×高さ2.24m)は、美術品としても逸品。​​​
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写真-1 行幸通りの馬車道と東京駅方面。


写真-2 普段、中央部は憩いの場所。


写真-3 和田倉門交差点方向を見る。


写真-4 馬場先濠方面を望む。


写真-5 結婚式のカップルとDJ-ポリスさん。






Last updated  2019年12月08日 06時00分13秒
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2019年12月07日
カテゴリ:江戸・東京
​​​​ ​東京夕夜景を江戸川の頭上から観る。JR総武線・市川駅の直ぐそばのタワービルの屋上がアイ・リンクタウン展望施設として開放されている。アルバイトなどで都内に出かけた際、たまに寄り道する場所だ。少し、遠回りにはなるが交通費は、ほぼ同額。​

 45階にある展望所からは、地上150mのパノラマが望める。江戸川越しに、富士山と東京スカイツリーをツーショットが見られる場所。訪れた日、富士山の中腹に雲が棚引く光景があった。​

 アイ・リンクからの夜景は、「夜景百景色」、「日本夜景遺産」に登録されている。しかし、三脚が使用できないため、写りの良い写真にならない。ごくたまに、ライトダウンと三脚使用可の場合があるようだ。12月はイルミネーション月とも言われて、各町・各施設で光の演出を行う。機会があれば寒い中でも、街に出ようと思う・・。​​​
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写真-1 アイ・リンク展望所からの夕夜景。


写真-2 夕日と富士山頂とスカイツリー。


写真-3 ビルの灯りチラチラ・・。


写真-4 横に流れる白い線は隅田川。



写真-5 江戸川を渡る総武線電車とアイ・リンク展望所。






Last updated  2019年12月07日 06時00分12秒
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2019年12月05日
カテゴリ:江戸・東京
​​​​​​ 皇居東御苑の南側を少し歩いただけで、多くの石垣に出会うことができる。江戸時代の遺産である。幕末の江戸城明け渡し(1868年)から150年以上が過ぎた。無血開城し、新政府側がそのまま使用したので、多くの建物、土台および資料等が保存されている。​

 大手門から皇居東御苑南側を時計回りで、桔梗濠、蛤濠、蓮池豪、白鳥濠など配置され、それぞれに石垣が築かれている。重機のない時代、大量の巨石を運び、積み上げた労力は並大抵でない。世界的な偉業でもある。当時、江戸前の入江湿地帯に巨大な城郭を創出たしたことになる。​

 戦国時代から江戸初期に急速発達・広まった石垣築造の技術。攻城戦を想定して、必死に知恵を絞り、石垣や多聞が造られた。石垣積みのパターンは、6つと言われている。積み状態2方法(乱積と布積)×加工3方法(野面、打込接、切込接)の組合せとされる。

 上記6つの石積みを頭の隅に置いて石垣を観ると、先人の苦労を少しだけ共用できるかも・・。当時の作業状況や工事を差配した奉行や実際に石を積み上げた職人達の汗に想いを馳せた。​​​​
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​写真-1 江戸城本丸跡の天守台。この上に高さ51mの天守閣があった。​

写真-2 蓮池濠の石垣。その上に富士見多聞が構えている。


写真-3 石垣の隅は算木積み。反りは日本刀にも通じる。


写真-4 大手三の門の石垣と百人番所。


写真-5 薄木と桜と紅葉と石垣。






Last updated  2019年12月05日 06時00分13秒
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2019年12月02日
カテゴリ:江戸・東京
​​​​​​​​ 大嘗宮を見るためには、セキュリティーチェックを受けて坂下門から入苑する。乾通りの通り抜けとは異なり、宮内庁庁舎前を右折して、中の門を経て本丸広場へ上る。大嘗宮を見学した後は、二の丸庭園を経由して大手門から退苑した。​

 坂下門は、正月の一般参賀や桜と紅葉時期に皇居通り抜け際にも使用される入口。江戸時代、大奥のあった西の丸の通用門だった。坂下門外の変があったのは、桜田門外の変から2年後の1862年2月とされる。時の老中安藤信正が尊攘派の浪士に襲われ負傷している。彼は幕末、奥羽越列藩同盟に加わり、降伏・謹慎する。​

 富士見櫓を見上げるのは初め・・。通常は本丸広場から側面を観ることになる。三重櫓の富士見櫓は、明暦の大火(1657年)で焼失した天守閣の代用となった建物。この櫓からは両国の花火や品川の海が見えたという。​

 大手門は、1606年に造られた江戸城の玄関。桝形形式の城門の警備は、鉄砲30丁、弓10、長柄20という厳重なものだったとか。大火、震災、空襲などその都度消失するも、昭和42年に再建される。​​​​​
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写真-1 富士見櫓の南西面を見上げる。


写真-2 その昔、西の丸(大奥)の通用門だった坂下門。


写真-3 富士見櫓南東面、天守閣の佇まい。


写真-4 東御苑の出入口の大手門。


写真-5 巽櫓と桔梗濠。






Last updated  2019年12月02日 06時00分11秒
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2019年11月26日
カテゴリ:江戸・東京
​​​​​​ 皇居東御苑に設営された、一夜の宮殿・大嘗宮(だいじょうきゅう)が一般公開になった。大嘗宮は、天皇陛下が即位後、初めて新穀を供えられ国家安寧と五穀豊穣を感謝・祈願するために造成された。14日夜に「悠紀殿供撰の儀」そして15日未明「主基殿供撰の儀」が無事に執り行われた。​

 大嘗宮は、本丸芝広場の北寄りに建てられた。約30棟の木造の建物が並ぶ。要した大量の木材は国産品。主要産地は長野県・静岡県・北海道等だという。樹皮のまま使用している部位もある。​

 延床面積が2,600m2、すべて平屋だ。大勢の宮大工が参集し、7月下旬から工事を始めた。造営工事は大手ゼネコンが約9.6億円で請け負った。一般公開は、12月8日まで。その後解体されるが、これら建材は、お焚き上げされないという。長年、CO2を吸収してくれた樹木である。有効に利用されることを願う。​​​​
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写真-1 東御苑の丸の内芝生広場に設営された大嘗宮の建物。


写真-2 正面入口にあたる南神門。鳥居は樹皮丸木が使われている。


写真-3 大嘗宮を西と北側から観る。


写真-4 正面向かって右に悠紀殿、左側に主基殿を配置。


写真-5 大嘗宮の中庭と見頃を迎えたツワブキの花


写真-6 大嘗宮の位置と模型。






Last updated  2019年11月26日 06時00分09秒
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2019年10月05日
カテゴリ:江戸・東京
​​​​​​​ ​昼下がり13時半過ぎ、築地場外市場街でランチする。「トーハク」を廻って、お腹が減った。地下鉄日比谷線で築地駅まで約12分(165円)の距離だ。ランチタイムのピーク時刻を外して、海鮮丼を食する。​

 築地場外市場街、飲食や雑貨など、さまざまなジャンルの店鋪が犇(ひし)めく。主要な寿司店41軒や海鮮丼店23軒、寿司海鮮丼以外の食事店46軒などがある。ランチ激戦区だ。小生らは、少し広めの店鋪に入り、マグロ丼と北海丼を注文した。マグロの厚みに舌鼓する。​

 海外の観光客は、屋台風の小さな店がお好き。リーズナブルな価格が支持されているのか・・。更に人気の食べ歩きがある。「食べ歩きは良いが、歩き食べはNG」としているが。ワンコイン500円程度以下で人気の食べ物ベスト3は、1位:1貫のマグロ寿司、2位:串付玉子焼き、3位:黒毛和牛コロッケとされる。​

 波除通りの南面・千社額棟に「築地にっぽん漁港市場」が軒を連ねている。北海道、新潟、静岡、高知、長崎からの産直だ。6時から9時までが仕入れ業務。9時から14時までが販売タイム。また棟内の一画に「にっぽん漁港食堂」も併設されていた。​​​​​
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写真-1 午後15時頃の築地場外市場・波除通り。


写真-2 築地場外市場入口と「もんぜき通り」。


写真-3 千社額棟と築地にっぽん漁港市場。


写真-4 「もんぜき通り」の玉子焼き店と海鮮ひつま看板。


写真-5 築地東通りで遅いランチ。






Last updated  2019年10月05日 05時54分59秒
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2019年10月02日
カテゴリ:江戸・東京
​​​​​​​ ​築地市場が豊洲へ移転して早1年。残された築地場外市場と市場解体跡状況を眺めて来た。外国人の多さが目立つ。国内でラグビーのワールドカップが開催されている影響もある。築地場外市場街は、雑多な屋台方式の店舗が多い。更に、日本人が少ないため異国(アジア系)情緒が漂う・・。

 かつての築地市場の活気を後世に残そうと、「築地魚河岸」が2016年にオープンしていた。小田原橋棟と海幸(かいこう)橋棟の2棟からなる。水産物と青果物の仲卸を主体に約60店舗が入居。3階フロアーには魚河岸食堂もある。​

 築地魚河岸海幸橋棟の3階屋上は、寛ぎと見晴しを提供する屋上広場。そして解体整備中の市場跡地を観る事ができる。築地魚河岸の営業は7時から15時まで。しかし一般のひとが入れるのは9時から14時とされる。​

 場外市場街は、食のワン―ランド×グルメ三昧と知られ、海外観光客が絶えない場所。お隣の23ヘクタールの跡地広場は、東京五輪の輸送拠点になる。更にIR(含むカジノ)について、東京都は検討姿勢を崩していない。横浜市のように言うかも知れない。東京銀座隣りの巨大な空き地が気になる秋・・。​​​​​
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写真-1 築地魚河岸魚幸橋棟から築地市場跡地を見る。


写真-2 築地魚河岸屋上広場と2棟連絡橋。


写真-3 銀座の隣に広大な広場が出来つつある。


写真-4 1年前の築地市場と築地大橋。


写真-5 築地本願寺は、築地市場と同じ時期に再建された。






Last updated  2019年10月02日 06時00分08秒
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