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2017.04.24
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事状身状の助かり方



教えて頂いたこと25



誰でも問題にぶつかり、今までに体験、経験しないことに出くわします。そこでどうしたらよいかということになり考え込みます。何故この問題があるのか、どうしてこの時期にあるのか誰もわかっていません。

問題が、人間関係であろうとも、嫁姑の問題であろうとも、金銭、財産の問題であろうとも、仕事上のことであろうとも、会社の上司との関係であろうとも、夫婦の問題であろうとも、家庭内不和であろうとも、登校拒否の問題であろうとも、男女の問題であろうとも、その問題を通じて親の意識に成長する為に、その問題はあります。いつか、何処かで通らなければならなくなっています。

ちょうど先生が生徒に試験問題を出したり宿題を出すのは、生徒をいじめる為ではなく、実力を付かせる為です。私達を親の意識へ成長させるため問題が出されます。親が子をいじめるために問題を出すはずはありません。より良く生きて活けるようにあるのです。

そして助けてくれ助けてくれと、マイナスの引き算のように、おもちゃを買って下さいとまるで子供の様にしてくれ、してくれと要求ばかりしています。マイナスの借金づくりの生き方です。これでは助けてくれと、言った分だけ助かりません。助けてくれと言うのは、自分が助かっていないからいうのです。子供の生き方であります。助かっている人は、有難うございますと言うはずです。

問題になることが起きた時には、その問題は、そのままにして、いじらないことです。それをどうのこうのといって、いじくり回して自己中心の考え方の渦の中に入ってしまい悩み続けてしまいます。

問題を解決する為には、今の持っている徳という運命貯金が足りません。その徳という運命貯金を増やしますと解決します。その為に徳を増やせばよいのです。

そういうこともせず問題を引っ掻き回すと、がんじがらめになってどうにもならなくなってしまいます。人間の力ではどうすることも出来ません。

植物に例えると、人間が種を蒔き、肥料をやり、除草だけ一人分だけの努力をするだけで、後は自然界の創造主が芽を出し、葉をつけ、花を咲かせ、実をつけるという九割のことをして下さいます。

だから一人分、つまり一割の努力で九割のことを親はしていて下さるのです。

このことから、問題はいじらず徳を増やすという努力、言葉でも、お金でも、体を使ってでも、他の役にたつ徳を増やして見ることです。

このような生き方をするとその様な現象が起きてまいります。助かっている人程、更に助けようとします。だから問題があっても助けたいで通りますから、益々助かって生きます。つまりプラスの貯金の生き方であります。親の生き方です。

この様にマイナスの要求ばかりしている生き方は、借金作りの生き方で、マイナスの不徳の生き方であり、段々沈んでいきます。

しかし他の為にとプラスの生き方は、貯金作りの生き方で、プラスの徳のある生き方になって行きます。マイナスの不徳の生き方をすると、類は類をもって集まると言うように「泣き面にハチ」「弱り目にたたり目」と言うことになって行きます。

しかし役にたってプラスに生きる生き方をする人は、どんどん徳が増えて、「笑うかどには福きたる」というふうになって行きます。

要するに問題があった時に、プラスの徳積の他にプラスを与える親の意識で通るのか、それともマイナスの不徳の愚痴、不足、不満の子供の意識で通るのか、それは、自分次第であります。

どうしてもプラスの徳積の他にプラスを与える親の意識で通る為には、日頃から他の為の役にたつ徳を増やしていく生き方をしなければ、親の意識にはなれません。また徳を積む生き方をすると、その徳のある分だけ悟ってきます。

その結果として、必ずプラスの喜びの生き方になっていくように造ってあります。これが事状・身状の助かり方になるわけです。






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最終更新日  2017.04.24 07:03:58
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2017.03.17

積極せきぎょく精神をつくるには(一)



中村天風講演記録



積極(天風はこれを"せきぎょく"と発音する)精神というものが、人生においてどれだけ大事なものであるかということは、つとに気づいていると信じますが、物質文明の余弊ともいうべき、現代人の多くはこの大事なことを大事だと考えてないほど、人生に対する注意力が、物質文明方面にばかり傾きすぎている傾向があるのであります。

それがために積極精神というものと、生命の力の密接関係というものを、専門のそういうことを知っているはずの、医学者たちも知らないんじゃなく、忘れてしまっているのではなかろうかという傾向がある。

我々は命というものを活かしている一番大事な役割を行っているのは何かということをまず考えてみよう。

お互いがこうして生きているということを大抵の人は何か当然のことのように思ってるかもしれないが、考えてごらんなさい、呼吸をして栄養物を吸収して、老廃物を排泄して、そして昼間起きていて夜寝ているというだけの、これだけの条件を遂行することによって生きておられるということの不思議さを考えなきゃいけない。

それを不思議だと思わないほど、今の人は不思議にこれを極めてなおざりに考えていて、生きていることを当然のように考えてるかもしれないが、もしも我々の命の中にある神経系統の生活機能にアンバランスな状態がでてきたらば、どんなことをしても我々はこの生命を確実に守っていくことはできないという結果がくるのであります。

その大事な神経系統の生活機能と心というものとには、密接な関係がある。易しく言えば、心が何の動乱も感じないで極めて平静な状態であるときに、初めて神経系統の生活機能も極めて調和とバランスの整った状態でその生命に対して働きかけてくれるんです。

けれど万が一、我々の心の状態に平静が欠かれて変動がくれば、神経系統の全体は、そのショックと衝動によってアンバランスな状態になる。そうすると生命の状態もそのアンバランスになった神経系統によって、やっぱりアンバランスになるんです。

たとえば、落ちても別に大して生命に危険を感じないような所に立っているときには、心は平然として誰でも立っていられます。けれども、もし落ちたらば木っ端微塵になるような断崖絶壁の上に立たされると、そのときに心が平静でありゃあいいけども、落ちたら死ぬだろうという恐怖心から、心に変動状態がくると、我ながらあやしいほど身体の重心を保つ神経系統の方面にアンバランスな状態がきて、何とも言えない不安なおののきが身体にくるでしょうが。

もっと手近な例は、何の気なしに一本、棒を引くとか丸を書くとかすりゃあ、我ながら定規をあてたくらい立派にかける腕をもちながら、いざ、真面目に何かの場合に役立てなきゃならんというような場合になると、まっすぐに引ける線が引けず、丸く書ける円形が描けないというようなことは、諸君もしばしば体験してやしないか。

お互いがお互い同士で雑談しているときには、相当口角泡を飛ばして話うるものの、さて何か一言しゃべってもらおうと、こういう演壇に立たされると何を言ってるんだかちっとも分からないような人がありゃあしないかい。

そういうような幾多の経験の上から考えてみても、心が虚心平気であるかないかがその結果に著しい相違をきたすということが分かってくるだろうと思う。



晴れてよし、曇りてよし富士の山



----虚心平気ということ

いかなる場合があろうとも、心の状態が事あるも事なきも同じ状態でなきゃいけないんです。

「晴れてよし曇りてよし富士の山」 これは昔の武術家の極意の歌ですが、三国一の富士山というのは、雨が降っていようが晴れていようが、天気の状態にはかかわりなく山そのものは泰然自若としている、という意味を詠ったものなんだが、人の心は実際かくのごとくあってこそ初めて本当の人間としての存在が確保できるわけなんです。

ところがさっきも言ったとおり、物質文明の余弊とも言うべきか、精神文化がおいてけぼりをくっている現代の人間たちは、何にも事のないときにはある程度まで虚心平気でおるかもしれないけども、一旦何か事があるというとたちまちその心は、もう自分でもどうにもしょうがないほど収拾しあたわざる混乱を、そりゃあもう、スイッチを入れた洗濯機のように、ガーッと心が消極的に興奮してしまうんであります。それがもう現代人のほとんど百人が百人の状態なんです。

これから私の教える方法によって、とにかく現在よりもはるかに自分自身が自分自身を考えるときに、何とも言えない頼もしさを感じる自分を創ることを、真剣に考えることを私はおすすめする。

昔の人は、この虚心平気の状態になることを、特に武術家や宗教家が心がけていた証拠には、彼らはその目的を達するためには、難行苦行というものをしたんであります。あるいは山にこもり、あるいは谷に住まい、木の実を喰らい、霧を吸って、普通の人間の到底耐えあたわざるような、肉体に種々の残酷ないろいろの行をさせてその苦しいこと辛いことを忍ばせることから、心の乱れを防ぎうるような心を作ろうという計画を実行したんです。

かく申し上げている私も、中年の頃インドの山の中でこの難行苦行をさせられたのであります。今世界的に有名な哲学になっているヨーガの哲学を、偶然の機会から研究するチャンスを与えられて、世界最高峰の位置たるヒマラヤの第三ピークであるカンチュンジェンガの麓で私は難行苦行をさせられたんだが、この難行苦行というのは、その後私が人生研究をして得た知識から考えると、科学の進歩しなかった時代の人間が、もっと詳しく言えばだ、精神科学のような特殊科学の進歩していなかった昔の時代の人間がそうするより他に方法がなかったからやった、いわゆるやむをえざる手段に他ならないのである、と私はインドで難行苦行をしている間に考えついたんです。

そこでインドから帰って後、普通の人間生活を営みながらつらつらと考えたのは、これだけ文化が進んで精神科学もすでに浸透してきた以上は、精神科学を応用して何か特殊な、こういう難行苦行からでなきゃこしらえられないという精神状態を、作りえないはずはない、作りうるはずだと、こう思ったんだ。

人間の心がいざというときに動揺しなければどれだけの効果が上がるかということは、平静な状態のときには心に乱れがないんだから、実際にすることに乱れがないことから良く分かるでしょう。

そこで、私の独特の発見による精神科学応用の積極精神の実際の訓練法を教えよう。

その第一番は、人間の精神性に個有する暗示の感受性能を善導する方法です。

お互いが生まれたとき分ら持ってきている心のなかに、自分じゃあ気が付かないかもしれないが、ちゃんと生まれたときから存在している暗示の感受習性、これを応用して、難行苦行をしなくても極めて簡単明瞭に、いついかなる場合があっても虚心平気でありあとう自分を作ることができる方法があるんです。

顔の写る小さい鏡に自分の顔を写して、写った顔の眉間のところを真剣な気分で見て、「お前は信念が強くなる!」とひとこと言うんだ。極めて真面目な気持ちじゃなきゃダメだぜ。これはね、何もそういう方面に対する消息を知らない人間は、ニワトリがダイヤモンド見ているより、もっともっと価値の認識ができないかもしれないが、私がまだ中年の頃、フランスでまさに世界的に有名な実験心理学者であるリンドラーという博士から教わった方法なんです。

夜の寝際が一番いい。今まさに自分がベッドに入ろうとする前、他人事ではないぞ、自分自身を正しく変革しようとするこの仕事くらい、真剣な仕事はないはずだ。鏡に写る顔の眉間のところを真剣な気持ちで見ながら「お前は信念が強くなる!」。特に「お前は」という第二人称を用いなきゃいけない。

普通の常識で考えると、写っている顔はオレの顔じゃねえか、オレの顔をお前とはこれいかに、と思うだろう。けれどよーく考えてごらん。写っている顔がオレの顔だからオレならば、写しているほうの本体は誰だ、そうなるだろう。

この本体から見ると、向こうのは映像なんだから、こっちの反映なんだから、本人から写ったものを見れば、「お前」じゃないか。これがさすがですよ、実験心理学者のリンドラーの考えている考え方は、普通考える考え方と違うんだよ。つまり自分がもう一人の自分によって矯正させようとする、これが計画の実行だと思えばいいんだ。

もういっぺん言う。鏡に映るおのれの顔の眉間のところを、真剣な気分を失っちゃあ、ダメだぜ。たった一回なんだから、「お前は信念が強くなる!」

もう他のことは何も言う必要ない。ただ「信念が強くなる!」そのひとことが、やがて諸君を自分でもこれがオレの心かしら、と思うほど、いざ鎌倉のときに非常な強固な信念となって、それが諸君に表れてくるぜ。



寝際の大切さ



何をするんでも、信念がなかったら心はガタつくんです。床に入る前に鏡を見たら、真剣な気持ちで自己矯正。いわゆるオートサゼスチョンに努力しなきゃ。それから床へ入ったら、一切、消極的なことを考えないこと。人間はね、よほど心が修養されてない人間でないと、寝床の中に入るととかく消極的なことを考えるべく余儀なくされるんだ。

世にいわゆるノイローゼというものがあります。ノイローゼというのは、寝がけに消極的なことを考えれば考えるほど、病状がより悪く進行してしまうんだ。夜、横になるというのは休むためなんです。休むために寝るときに、休まないで考えていたら、思考作用というものが衰えてどんどん消極的に、弱くなってくる。

私は結核になったとき、情けないほど弱い気持ちになってしまった。日露戦争の時に軍事探偵というお仕事を頂いて、毎日毎日荒野を駆け巡っていたころの強い心の私なんていうものは、かけらもなくなっちまったんです。もう毎晩寝床の中で考えることは情けないことばっかり。知らなかったから、そのころはこういうことを。

しかしお蔭さまでもって、研究の結果、寝がけにものを消極的に考えることが、より一層神経系統の生活機能に対して悪い影響を与える、その結果があれほど自分でも男惚れするくらい強い心を持ってたはずの自分が弱くなってしまったんだな、ということに気がついたんです。



中村天風未公開講演テープより




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最終更新日  2017.03.18 00:04:14
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2017.01.28
カテゴリ:カウンセリング

中年というものを、「河合隼雄先生の対話する人間」という本を読んで、考えてみました。    

 「中年」はこれまで心理学ではあまり注目されてきませんでした。働き盛りの年齢で、一番問題が無いように思われていたのです。ところが、最近になって自殺や抑鬱症の増加などに示されているように、クローズアップされてきました。「中年」に思いがけない「落とし穴」があります。それらをよくみてみると、平均寿命が長くなるにつれて、中年が人生の一つの転換期として意味をもっており、そこに落とし穴が隠されている事がわかってきました。 

 このような見方でみると、中年における病気や事故などは、マイナスの事でありながら、実は次の新しい発展に向かう為の踏台としての意味をもっている事が明らかになってきたのです。このような点から「創造の病」などという人もあるほどで、中年期に生じる、躓きから創造的な生き方をひらくべきだと思います。

 自殺というのは人生の危機を示す重大な事件です。十四、十五年前は、自殺という二十代の人の割合が高かったのですが、ところが最近は、特に男性は五十代にピークがあります。(老人の自殺を除いて考えると)実際にカウンセリングに、こられる方の中年のノイローゼが非常に多くなりました。いままで働きざかりでどんどん働いていた人が急に仕事がいやになる。あるいは、気分がすぐれず職場に行っているのだけれども本気で仕事が出来ない。非常に上手く行っていると思っていた夫婦関係が突然上手く行かなくなる。このような突然の落とし穴があるという認識が出てきました。人生のながれでみると、生れてから段々と成長し頂点に達するのが中年ころです。

 しかし頂点に達して素晴らしいなと思っているが、実はもう下降していくことがはじまっている。頂点という見方と、陰りが始まったと言う、二つの見方が出てきます。

 中年の落とし穴に入った場合、そこから何を獲得するのか。プラスを得て来るのか、マイナスに落ち込んでしまうのかという事が、非常に大切になります。

 ユングは面白い事を言っています。自分の所に相談に来た人の3分の1ぐらいは社会的に成功もしているし、能力もあるし何でも出きる人だ、と。何が悩みかと言うと、実は悩みが無いような所に悩みである。つまり、何もかも上手くいっているように見えながら自分の生きる本当の意味は何か、今何故生きているのか、そういう問題にぶち当たった人である、と言うのです。成功の真っ只中で自分を考え直すというよりも、普通は何らかの落とし穴に出会って考え直さざるをえなくなるのだと思います。

 例えば、仕事一筋で来た人が家族のよさを発見し、逆に家族が大切だと思っている人が、仕事の面白みを発見したりする。人生とは非常に豊かで、色々な生き方が有るのに、案外皆一つだと思っているのです。現代人は特にお金が好きですが、お金があるという事も素晴らしいのですが、ないというのも素晴らしいのです。中年までは少ないものを多くしよう。お金も出来るだけ稼ぎ、家も建てようという考え方で進んできますが、その延長戦上にずっと上がり続けて行く事はできない。そうすると中年になって価値の転換が必要であり、今までの自分の持っていた価値と違う見方を取りいれなければならないわけです。けれども相対応する価値と価値の間の谷間にストンと入り込んでしまった人が、そこから出て来るのは容易ではありません。何故かといいますと、落とし穴に落ち込んでしまった時に、今までの価値観だけにぶらさがっていると、モノが見えないのです。新しい価値観を開くと、自分のマイナスがプラスに転化する。ここのところに中年の勝負というものがあると思います。

 それは、家庭の中でも職場でも色々なカタチであらわれて来ます。家庭のなかでいうと夫婦の凄い喧嘩になったり不和になったり、夫婦はよくても今度は子供が色々な問題を起こしたり。職場では思いがけず転勤などを言い渡される。自分は良く出来ると思っているのに、上司からの評価は上手くいっていないといった具合に色々な事が起こるわけです。それをマイナスと言えば全てマイナスです。

 ところがこれが「中年の発達心理学」の入り口なのです。ここから本来的な意味の発達、内的な発達が訪れる。目には見えないけれども、自分の人生をもう一つ違う目で見る。そうすると他の人の生き方も目で見る事が出来るようになり、今までよりも人生が凄く豊かになって行きます。

 私は抑鬱症の方が来られると、抑鬱症がどうしたら治るのだろうかという事のなかに、この人はどういう仕事をしてきたのだろうかと考えます。中年期に目標が達成されるという時は、注意が必要です。ある目標が達成されたという時は、必ず次の課題が出て来るのです。それについていけずに抑鬱病になる方が非常に多いのです。中年である事の練習をどうするのか。私は非常に忙しい生活をしていても、時々は何もしない時間を持つ事が大切ではないかと思います。例えば仕事の合間になにもしないでボーッとしている時間を持つ。誰とも話しをしない時間、あるいは話しをしていてもお互いに沈黙して2人でいられるような時間を持つ。こういう事が非常に大切だと思います。いまの時代はあまりにも次から次へと、する事が追いかけて来る。この事に反省がいるのではないかと思うのです。こういう事を我々に考えさせる機会は、家族との関係にも、仕事の関係にもあります。それから自分の体との関係にもあります。

 例えば風邪を引いて休まなければならない事があります。そうすると、この忙しい時に風邪を引いては、たまらないと思うのですが、それは体のほうが、お前はする事に重みがかかりすぎているから、もう少し「あるほう」をやったらどうかと忠告しているのではないでしょうか。体の病気が「すること」に対して我々の評価の高すぎに対して、いっぺんゆっくりと休みなさい、そこにただいるというだけではないかという事を教えようとしているのではないかと、中年期の方にはアドバイスをしたほうが良い場合が多いように思えます。

 現代という時代では、仕事にしても家庭にしても、何らかの創造の病に匹敵するような困難な事が生じてくると思います。それをイヤな事であるとか、つまらない事であると思わずに正面から受け止めて、そこから新しい創造が出来て来るのではないでしょうか。

【少し本論から外れますが、担当させて頂いている先生のなかで、辛い時にそこから抜け出す心掛けとして、患者さんにお伝えになっている事で、非常に参考になったものを掲載させて頂きます。人の人生の喜びは、此れだけ出来てよかったという観念を収穫することです。例えば、お金も自分だけの為に使うのと、よかったというものを収穫するために使うのでは、同じ使うという行為でも内容が違って来ます。病気や頭に来た事などの問題を解決する事に、人間は成長為に努力させられるようになっているようですよ。嫌なものから逃げても同じような事が必ず戻って来るようです。お客さんで、会社が嫌だから変わった人は必ず新しい会社でも、同じ不満をつのらせているようです。嫌だったと思う観念が、嫌な所に戻しその思いを返させようとしているように感じるほど多くの事例があります。不満から変わる方法としては、例えば人は旅行をして文化や歴史を学んでも僅かな時間に忘れてしまいます。奇麗だった・美味しかったという思い出は忘れません。

 人生旅行も同じで思い出しか持ってかえれないようです、と言う事は物質だけに囚われず、本質的に助け合う事が最大の観念の改善ポイントとなると思います。嫌だという思いは、自分の視点が強い場合に多く見られます。

 「してもらいたい」から生れているようです。「何をしてあげるか」実は自分の成長に一番早道はこの事だと思います。人間性のアップには・知性・理性・知識のバランスが必要であるようです。助け合い、奪い合わない事をベースに、自分自身をよく考えてみる事お勧めします。私、阪本はいつも反省させられる事ばかりです。】

 本論に戻ります・人の心の深みから出ている、自分の生きている事に意味を持っている。そういうものに対して真剣に考える事を、私は宗教性という言葉で呼んでいますが、例えば自分の心の中で非常に寂しい思いをしたならば、誰にも言えないその寂しさをみすえる。あるいは今まで面白かった仕事が面白くなくなったりすると、その原因は自分では簡単にはわからない事ですが、そういう不可解なものを逃げずに、正面から見すえて、それに当たって行く。それらの背後に死という事があると思います。

 つまり死という、今体の存在そのもののが、なくなって行く事に向かい合って行く。こういう意味の宗教性を考えなかったら、老いる準備は出来ないのではないかと思います。それにしても、我々は失敗をせずに何かが変わるという事は無いようです。失敗や困難を創造の病として受け止めて、中年を乗り越えていかれる事を、苦しまれている方に導いて下さい。それは次の、老いあるいは、死への準備につながっていくのではないかと思うのです。




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最終更新日  2017.01.29 09:51:55
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2017.01.12

  気分転換の必要性

教えて頂いたこと24

 

昨日の自分と、今日の自分とでは一日分違います。「出発発展の理法」によって何事も常に昨日までの古い形や状態を脱皮して、今日は新しい形や状態に変化して行っていきましょう。

肉体的・物理的には常に変化発展しているにもかかわらず、自分の精神面だけが、何時までたっても自己のマイナスの観念から変化せずに停滞していたのでは、日々の生存の価値はありません。その為にはプラスに向かって思い切った出発発展が必要です。

自己の古いマイナスの観念を切り換えて、思い切った転換を「出発発展の理法」に沿って行わなければなりません。

-の意識は停滞・後退・自己消滅への道です。

1 因縁・罪の子の観念 

2 この世は苦の娑婆・相性が悪い・・悪魔がいる

3 現世御利益・世間体・この世的 

4 恨み・つらみ・嫉み・憎しみ・嫉み・悲しみなどのマイナスの意識です。

 

マイナスの意識が出てきたら、意識してそのことに囚われず、楽しさを感じれる自分になるために、気分を変えて行きましょう。




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最終更新日  2017.01.13 07:11:39
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2016.10.16
カテゴリ:生き方


                                             少年を打ったもの 

許しという演題で紹介された話


 
 学校や家庭で、もっと愛やゆるしが表現されるようになるなら、競争よりも協調を大切にする社会が実現するでしょう。愛とゆるしは奇跡をもたらすと信じたとき、本当に奇跡が起きます。1998年、ダイアンと私はガーナの首都、アクラの「生き方を変えるヒーリングセンター」に招かれ、西アフリカを訪れました。アクラ滞在中、センター責任者のメアリー・グロッティーが、次のような話しをしてくれました。

 メアリーは首都から二時間ほど離れた小学校で先生をしています。彼女は怒ったりケンカをしたりせずに友だちとコミュニケーションをとる方法について、生徒に根気よく教えていました。「ゆるすことが大切だ」といつも強調していたために、「ゆるしの先生」とあだ名がついたほどです。
 この学校には、手に負えないほどわんぱくな十歳の少年がいました。誰かれかまわずケンカをふっかけ、彼が行くところ必ず何かが壊されるというありさまでした。しかし、彼は自分の行動に対して、まったく悪びれもしないのです。
 ところがある日、ついに担任の先生のお金を盗もうとしたところを見つかります。校長先生はここぞとばかりに全校集会を開きました。この学校の慣例では、このような場合、少年は全生徒の前で杖(つえ)で打たれることになっていました。見せしめにしたあと、放校処分にするのです。
 全校の職員と生徒が、杖打ちがおこなわれる体育館に集まりました。少年が姿を現したとき、メアリーは立ち上がり、「ゆるそう!」と叫んだのです。「ゆるそう!ゆるそう!ゆるそう!」
 生徒たちは叫びつづけ、その声は体育館全体を揺るがして響きわたりました。
 少年はみんなをじっと見ていましたが、やがてしゃがみ込み、すすり泣きはじめました。体育館の雰囲気は一変したのです。
 結局この少年は杖で打たれずにすみました。もちろん、放校処分にもなりませんでした。その代わり、彼はゆるされ、愛情をいっぱいもらったのです。その日から、彼がケンカをしたり、盗んだり、何かを壊して、人に迷惑をかけることは、いっさいなくなりました。
 校長先生が全校集会を開いて少年を打つと決めたとき、「厳しすぎる」と考えた先生たちも、たくさんいました。その校長先生もゆるされ、この一連の出来事によって、もっと愛に満ちた雰囲気を育む新しい種が、学校に植えつけられたのでした。

 ゆるす能力を高めるキーワードは、「意欲」です。ゆるしを実践するときは、自分自身に「私はすべての恨みや、一見もっともな怒りを、自分のなかの再考の真実にゆだねる」のです。「ゆるそう」という心が、ゆるしへの鍵。 「ゆるせる」か「ゆるせないか」ではなく、「ゆるす」か「ゆるさない」かを、自分が選択することが大事なのです。
 安らかな現在と未来のために、自分の心と体の健康のために、自分の幸せのために、・・・「ゆるす」ことを決意し、「ゆるそう」と努力できればいいのです。 人間には、自分の考えを選択するという素晴らしい能力があるのです。 「ゆるさない」という不幸になる考え方に気づき、「ゆるそう」「考え直そう」「幸せになる考え方を心がけよう」などと自ら考えられるようになれれば良いのです。 「ゆるそう」という意欲をもち続ければ、きっと「ゆるせる」ときがくるのです。ゆるせば、全ての望みがかないます。ゆるせば、目覚めのときに、目がキラキラと輝き、新しい一日は喜びに満ちたものになります。




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最終更新日  2016.10.16 12:22:56
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2016.08.08

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  循環の理

教えて頂いたこと23

意識は、その人それぞれによって皆、違います。その意識を高める為に、若い時に問題を与えられる人、中年期に問題を与えられる人、晩年に問題を与えられる人、いずれにしても、その人の一番より良い時期に、魂の成長する問題が与えられるといいます。

それは悩みではなく、其の人が努力すれば必ず解決できる問題です

このような問題、言い換えれば、事状(あえて事情といわない)とか身状(身情といわない)の問題が誰にでも与えられます。

自分の意識を高めるための問題であり、決して他のせいではありません。

問題を解決するに当たり、この大自然界を構成している原理、原則があります。この力と働きは、事実であり、もろもろの言葉で表現しても、それは言葉であり、事実ではありません。

こういうことから、いくらこのような理法を知ってもより良くはなりません。

そのような生き方をしなければ、そのようにはなりません。このような事が判って、理法を生命に刻まなければなりません。

循環の理

この『循環の理』は誰にでも当てはまる原理・原則。掟であります。私達の生きているこの地球は、春夏秋冬と自転、公転をしています。血液も心臓から出て、心臓に帰ってきます。種を蒔くと芽が出て、葉が現れ、花を咲かせ、実を付け、やがて枯れてまた種になっていきます。人間も息を吸ってまた息を吐き、寝ては起き寝ては起きます。言葉も「させて→頂きます」「行って→いらっしゃいませ」と循環しております。輪廻転生という言葉も、生まれ変わるという意味です。この様に循環しております。

悪い種を蒔いて自己中心の生き方をすれば、まわりまわって、その種が我が身に帰ってくることが判っていません。何故なら自分たちの行いが、目には見えないから循環してくるということが判らないでいます。

循環の理』によりプラスの種を蒔くと、その結果プラスの結果が現れてきます。しかし、マイナスの種を蒔くと、循環してきてマイナスの結果になります。









最終更新日  2016.08.08 21:50:56
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2016.08.07

能動変化

教えて頂いたこと 22 

 全てのものに原理・原則があります。10の原理・原則の中の、第一番目の能動変化の原則についてお伝え致します。 

 あらゆるものは発展しています。人生の中では自分がどう努力していくのかが、最も大切なことです。生命とは能動変化です。

 自分がいかにいたらなかったかを悟れた時、それが本当の進歩なのです。仮に10年たって自分がいたらないかを知ったことで、ようやく謙虚になれたとします。それは本当の意味で悟れたということになるのです。

 他の人の生き方の為に、「その人の為になる種」を撒く行いこそが、最高の幸せを当人にもたらすはずです。






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最終更新日  2016.08.07 21:10:19
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2016.05.07

役割機能の原則

教えて頂いたこと20

 

 全ての存在は役に立つために存在しています。役割を失ったときに自然淘汰されます。役割機能は他に対してのみ存在し、自己の内部に対しては有していません。

愛の本質は与えることです。与えること。何かしてあげようとする気持ちが大切です。

 

 ああしてくれない。こうしてくれない。その様な気持ちになりがちです。してあげる喜び、生きる喜びを与えてあげてください。励ましてあげる。苦労話も喜びとしてする。このようにして生活をすると必ず、何かが変わっていきます。





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最終更新日  2016.05.07 23:28:44
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カテゴリ:キャンプ


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ゴールデンウイークは家族で萩アクティビティパークオートキャンプ場に。



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サイトの流しの上にはポンタを。



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夜は予想以上に冷え込みました。今回は車のFFヒータの着火音に不具合を感じました。そろそろメンテナンスしてもらう必要がありそうです。



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気分転換にキャンプは最高です。






最終更新日  2016.05.07 23:23:21
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2016.03.21

 幸せは・本人が自ら幸せだと感じなければ、

 永遠に幸せにはなりません。

教えて頂いてこと19 


己の恐怖心は現実の経験から生まれたものです。幸せだと感じれる能力を30パーセント開発したら、物凄く人生が変わってきます。いくらでも幸せだと感じれる事があるはずです。

幸せだと感じられなければ永遠に幸せにはなれません。素晴らしいと思わなければ素晴らしさはありません。嫌だなっと思っている限り、永遠に嫌だなっと思ってしまいます。

不平不満は自分の事だけを考えているからです。他のために感動を与えてみましょう。生命の財産となって、感動・幸せの出来事としてプレゼントが必ずあります。


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最終更新日  2016.03.21 17:54:04
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祐 yu@ Re[1]:萩アクティビティパーク(05/07) ダッチへ わ~久しぶり。キャンプしたいね…
ダッチ@ Re:萩アクティビティパーク(05/07) yuさんファミリ-お元気ですか? ご無沙汰…
祐 yu@ Re[1]:生口島で蛸天丼(08/26) 道明先生へ 広島担当も終盤だと思い、経験…
オコゼマン@ Re:生口島で蛸天丼(08/26) もう10年以上も今治に通っているのに、…
祐 yu@ Re[1]:八味丸(11/21) 先生 貴重なコメント有難うございます。…
オコゼマン@ Re:八味丸(11/21) お久し振りでございます。 八味丸の小腹不…
祐 yu@ Re[1]:花火大会(09/08) しんちゃんへ 不動産屋さんに連れてきても…
しんちゃん@ Re:花火大会(09/08) 自宅からこんな花火が見れるなんて羨まし…
祐 yu@ Re[1]:北海道旅行(08/20) かよちゃんへ 有難う。元気にしてるよ(*…
かよぴ@ Re:北海道旅行(08/20) お久しぶり~!! 皆様お元気そうで!良か…

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